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18.暗闇の衝突
しおりを挟む結賀崎実莉と話した日の夜の事。わたしの記憶の中で、今だに色濃く根付いている不快感が急に大きくなった。基樹とわたしのすぐ傍で、間違えようもない、あの女のニオイが立ちこめる。
禍々しい「瘴気」のような、独特の空気感。わたしは基樹に伝えるより先に、彼の体の主導権を奪い、薄暗い路地裏へと急いだ。
『イグラシアス!どうした!?』
「ついに現れたか……あの女狐!」
空気が重い。光がほとんど届かない、暗闇の中にあの女のニオイを纏う者が、静かに立ち止まっていた。我々がここに現れるのを、わかっていたとでも?
「ラファトゥマなのか?」
暗闇の中から、華奢な体の人物がゆっくりとこちらに向かって来た。近付くにつれて、その人物の姿がより克明にわたしの眼に映し出される。
『お前は……!』
先に反応したのは基樹だった。その瞬間に基樹に体の主導権を奪い返された。
「……何でお前がここにいるんだ」
『この少女は……』
「わざわざそっちから会いに来てくれるなんて思わなかったわ。手間が省けた……」
「オレをずっと監視でもしてたのか?」
「オレね……」少女はニヤリと薄い笑みを浮かべて、わたしたちを静かな眼差しで、威嚇していた。
「お前が、黒幕だったのかよ?」
「許さないわ……」
「許さねえのは、こっちのセリフだよ」
「私が雄平と直哉の仇を討つ……」
少女は人とは思えない速度で、一気に我々との距離を詰めてきた。
「蛭子ォォッ!!!」
「園村アァァッ!!!」
右腕を獣の体に変化させた基樹の長い爪は、蛭子悠希絵の体を切り裂いた、……ように見えたが、基樹の右腕は途中で止まっていた。
「い、イグラシアス……!なんで邪魔をするッ」
『待て!基樹、落ち着け!!』
正面にいたはずの蛭子は、瞬時に真横から現れ、手にしていた包丁を基樹の脇腹にめがけて突き出してきた。すんでのところで身をそらし、コートの腹部を切り裂かれただけで済んだ。
「殺してやる!園村アァッ!!」
「ふざけるなぁッ!」
『駄目だ!基樹!』
基樹は体を反転させ、蛭子悠希絵の体を真横から撫で斬りにした。次こそは制御が間に合わず、少女の体は半分に切り裂かれ、上半身と下半身は分裂し、道路に崩れ落ちた。
『な、なんて事を……!!』
「ザマァみろ!母さんの仇を討ってやったぞ!!」
歓喜に震えて、歪んだ笑みを浮かべる基樹。だが、次の瞬間、背中側から、左肩に鋭利な刃物を突き刺され、基樹は唖然としていた。
「……な、なに!?」
上下が分断されて、道路に横たわっていたはずの蛭子悠希絵の姿は、そこには無く、数メートル先に移動していた。腹を抱えている。腹部から、ジワリと赤い液体が滲んではいるものの、体は分断されておらず、よろめいて、額から大量の脂汗のようなものを滴らせてはいるが、生きている。
手に握っていた包丁は、基樹の左肩に突き刺さっている。まるで夢でも見ているかのようだ。瞬間移動をしたとでもいうのか?斬撃からの距離の取り方が異常すぎる速度だ。目で追うことすら出来なかった、わたしですら分からなかった。
「クソがアアッ!!」更に前進しながら、体を完全に狼の姿に変貌させた基樹。
「やっぱり、アンタが直哉を殺した化け物だった!あの子の言った通りだ!やっぱりアンタだったんだ!!」
「なんで……なんで蛭子がオレの母さんを殺した!?お前はオレを憎んでいたのか?」
「何を言ってるのかさっぱりわからないけど、アンタが2人を殺したのは間違いないだろッ!」
「小さい頃からバカにしやがって!お前はいつもオレを見下してた!ガキの頃から、……ちくしょう!!」
「さっきから、誰に向かって喋ってんだよ!このキチガイがッ!」
「殺してやる、殺してやる、殺してやる!!」
基樹は鋭い爪で、蛭子悠希絵の喉元に向けて手を伸ばす。
『やめろ!!基樹!違う!違うんだ!!奴じゃない!この女は、ラファトゥマじゃないッ!!』
わたしは渾身の力で基樹の攻撃の軌道を僅かに横にずらした。そのため、首に爪が直撃するのは避けられたが、蛭子悠希絵の首の横をかすめた事で、プシッと首の横から鮮血が飛び散り、彼女はその場に倒れ込んだ。
「何なんだよォ!なんで邪魔するんだよぉ!?」
『違うんだ!ニオイはその女から出ている訳じゃない!違ったんだ、基樹!その女にはラファトゥマは憑いていない!転生者憑きじゃないんだよ!!』
わたしが叫んだ(基樹にしか聞こえないが)瞬間、路地の奥の方から、サイレンの音とともに女性らしき人間の叫び声がした。
「こっち!こっちですッ!人が襲われてます!!」
「早く誰か来てくれよッ!あの子が死んじまう!!」
『基樹……ここまでだ!』
「だ、だって、あいつが、か、母さんを!」
『ここまでだッ!!!行くぞ!!』
わたしは無理やり主導権を奪うと踵を返して、走り出す。わたしの目の前から突風のような風が吹き抜けた。その瞬間に、わたしの耳元に、囁くように、小さな声が聞こえてきた。
――さすが犬だな、鼻が利く。ヒャハハッ――
「……キサマアアッ!!」
わたしは路地裏を全速力で駆け抜け、追いかけてくる治安部隊(警察)を振り切って、夜の闇に姿を消した。
それが、その時、わたしができる、精一杯だった……。
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