上 下
14 / 35

14.例の現場

しおりを挟む
 実莉は休日を利用して、住宅街に訪れていた。ここは学校の近くでもなく、繁華街から離れた場所だ。用がなくては訪れるような場所ではない。近くにショッピングモールがあるわけでもない。寂れた商店街が近くにあるが、ほとんどの店は閉店しており、閉められたシャッターにはスプレーで落書きがされていた。

 開発途中で、工事が延期になったのか、取りやめになったのかは不明だが、工事現場が放置されている。その界隈は、整備されていない、汚れた感じがする寂しい場所だった。裕福な人は寄りつかない、そんな空気が立ち込める場所。

 工場や、小さな町工場、鉄の香り、サビの香り、荒んだネズミ色の壁、たくさんいるわけではないが、路上で生活している人もちらほら見える。

 そんな場所に建つ、古いアパートの前で、実莉はぼんやりと立ち尽くしていた。数ヶ月前に、ここで騒動があった。その時、自分がこの場所にいた理由は、本当に偶然だった。用があったのだ、このアパートではなかったが。別のアパートに用があった。

 飯塚直哉いいづかなおやの自宅があるアパートに用があった。彼は、亡くなったクラスメイトの一人、それと同時に、私が密かに想いを寄せていた男子だった。彼は、私の気持ちになど気づく事はなかった。多分、最後まで。

 遠くから見ていただけだった。彼の素行があまり良くないのは知っていた。私とタイプの違う人だという事も分かっていた。雄平と直哉は、クラスでは目立つ存在だった。よく似た2人だが、直哉は幼い頃から知っていた。小学生の頃までは同じ学区だった。

 だけど、ある時、直哉は転校した。学区が変わり、私は高校で偶然再会したが、彼は昔とはかなり変わっていて、最初に見た時は直哉だと気づかないぐらいだった。

 家庭の事情で引越ししたのは分かっていたが、彼の変貌ぶりは、私と彼の空白の期間に彼に何らかの変化を与える出来事があったという事が容易に想像できた。

 見た目も性格も歪んでしまっていたが、私にとって、直哉は直哉だった。そんな彼が、悲惨な事故に巻き込まれて他界した。私は感情を抑えきれず、大声で泣いてしまった。理性を保つ事なんて、無理だった。

 彼の葬儀中も上の空で、現実か夢かを区別できないぐらいに、私は憔悴していた。彼のアパートに行って、何かがしたかったというわけではない。自然と足が、彼の家に向かって行っただけだった。

 彼のアパートを訪れても、結局どうしていいかわからず、数分間、アパートの前で膝を抱えて座っていただけだった。辛さが和らぐわけでもなく、むしろ現実を目の当たりにして精神的に、更に負荷がかかっただけ。そんな帰り道の出来事だった。

 今、私が立っている目の前のアパートに人だかりができていた。警察やら救急車やらが集まって騒然としていた。まさに人だかりだった。周辺住民も野次馬の如く集まっていた。しばらくすると、アパートの2階の部屋からストレッチャーに乗せられた男性が運ばれて来たが、体の大部分を損傷していたのか、見えたのは一瞬で、すぐに救急車に乗せられて、その場を走り去って行った。

 それからまたしばらくして、ストレッチャーに乗せられた人が2人運ばれてきた。この2人は最初の人よりも軽症なのか、意識があるように見えた。一人は「園村基樹」、もう一人は「姫月英玲奈」だった。

 野次馬の中に目撃者がいたのか、一人の老婆がしきりに「化け物が」とか「オオカミが」と叫んでいた。それ以外の人達も同じような事を口にしていて、異様な雰囲気に包まれていた。姫月英玲奈の母親なのか、一人の化粧の濃い中年の女性が、警察官に何かをしきりに訴えていた。

 私は人だかりが少し解消した時に、その現場のアパートの階段の近くに何かが落ちているのを見つけた。拾い上げたら、それはスマホだった。ピンク色したスマホ。誰の物かは分からない。咄嗟にそれを拾い、警察に渡そうとしたが、……何故か分からないが、私はそうしなかった。

 もう一つ、気づいた事があった。大勢の人がいた時には気付かなかったが、警察官や救急車が、その場を離れていくと、集まっていた野次馬達は次第に散り散りになっていき、その人はその場にしゃがんでいたようで、ずっと気づかなかったが、その人がゆっくりと立ち上がった時に、びっくりして息が止まりそうになった。

 クラスメイトが、人だかりの中にもう一人いたのだ。その時、彼女はまだ私に気づいていなかった。私は手に握っていたピンクのスマホを急いで鞄にしまった。

 その娘は、同じクラスの蛭子悠紀江ひるこゆきえだった。蛭子は、その場でぼんやりとしていた私に気付いたようで、私に近づいてきた。そして、こう話しかけてきた。

「なんで、結賀崎さんがここにいるの?」
「え?あ、いや、別に……偶然通りかかって」
「偶然……」

 私は「飯塚直哉の家に行っていた」と、素直に言えなくて、言い淀んでしまった。

「ひ、蛭子さんこそ、どうしてここに……?」
「偶然よ」
「……ぐ、偶然なんだ。私と一緒だね」

 何故か私は、別に後ろ暗い事なんてないのに、不自然でぎこちない返事をしてしまった。

「また、野生動物が関わっているみたいよ」
「……確かに、そんな事、言ってたね」


 このアパートの前でのぎこちない会話。腹の探り合いみたいな不自然な会話を繰り返していたことを思い出す。私は園村基樹が、この件になんらかの関係があると思っている。今はもう、誰も住んでいない、204号室。かつては姫月英玲奈が住んでいた場所。

 ここにきたからと言って、真相がわかるわけでもないのに、私は何かにすがる様に、このアパートの前まで足を運んだ。

 そう言えば、その時の蛭子悠紀江との会話で違和感を感じた事があったような……。しばらく考えていたら、なんとなく思い出した。おかしな事を言っていたのだ。

「あの女の人、気の毒ね。なんとなく見た事がある人だった気がするけど、あれだけ酷い怪我だと、多分、助からないわね……」


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

こんこん公主の後宮調査 ~彼女が幸せになる方法

朱音ゆうひ
キャラ文芸
紺紺(コンコン)は、亡国の公主で、半・妖狐。 不憫な身の上を保護してくれた文通相手「白家の公子・霞幽(カユウ)」のおかげで難関試験に合格し、宮廷術師になった。それも、護国の英雄と認められた皇帝直属の「九術師」で、序列は一位。 そんな彼女に任務が下る。 「後宮の妃の中に、人間になりすまして悪事を企む妖狐がいる。序列三位の『先見の公子』と一緒に後宮を調査せよ」 失敗したらみんな死んじゃう!? 紺紺は正体を隠し、後宮に潜入することにした! ワケアリでミステリアスな無感情公子と、不憫だけど前向きに頑張る侍女娘(実は強い)のお話です。 ※別サイトにも投稿しています(https://kakuyomu.jp/works/16818093073133522278)

【完結】貴方の子供を産ませてください♡〜妖の王の継承者は正妻志望で学園1の銀髪美少女と共に最強スキル「異能狩り」で成り上がり復讐する〜

ひらたけなめこ
キャラ文芸
【完結しました】【キャラ文芸大賞応援ありがとうございましたm(_ _)m】  妖の王の血を引く坂田琥太郎は、高校入学時に一人の美少女と出会う。彼女もまた、人ならざる者だった。一家惨殺された過去を持つ琥太郎は、妖刀童子切安綱を手に、怨敵の土御門翠流とその式神、七鬼衆に復讐を誓う。数奇な運命を辿る琥太郎のもとに集ったのは、学園で出会う陰陽師や妖達だった。 現代あやかし陰陽譚、開幕! キャラ文芸大賞参加します!皆様、何卒応援宜しくお願いいたしますm(_ _)m投票、お気に入りが励みになります。 著者Twitter https://twitter.com/@hiratakenameko7

エロゲソムリエの女子高生~私がエロゲ批評宇宙だ~

新浜 星路
キャラ文芸
エロゲ大好き少女佐倉かなたの学園生活と日常。 佐倉 かなた 長女の影響でエロゲを始める。 エロゲ好き、欝げー、ナキゲーが好き。エロゲ通。年間60本を超えるエロゲーをプレイする。 口癖は三次元は惨事。エロゲスレにもいる、ドM 美少女大好き、メガネは地雷といつも口にする、緑髪もやばい、マブラヴ、天いな 橋本 紗耶香 ツンデレ。サヤボウという相性がつく、すぐ手がでてくる。 橋本 遥 ど天然。シャイ ピュアピュア 高円寺希望 お嬢様 クール 桑畑 英梨 好奇心旺盛、快活、すっとんきょう。口癖は「それ興味あるなぁー」フランク 高校生の小説家、素っ頓狂でたまにかなたからエロゲを借りてそれをもとに作品をかいてしまう、天才 佐倉 ひより かなたの妹。しっかりもの。彼氏ができそうになるもお姉ちゃんが心配だからできないと断る。

美しすぎる引きこもりYouTuberは視聴者と謎解きを~訳あり物件で霊の未練を晴らします~

じゅん
キャラ文芸
【「キャラ文芸大賞」奨励賞 受賞👑】  イケメン過ぎてひねくれてしまった主人公が、兄や動画の視聴者とともに事故物件に現れる幽霊の未練を解きほぐす、連作短編の「日常の謎」解きヒューマンストーリー。ちょっぴりブロマンス。  *  容姿が良すぎるために散々な目にあい、中学を卒業してから引きこもりになった央都也(20歳)は、5歳年上の兄・雄誠以外は人を信じられない。 「誰とも関わらない一人暮らし」を夢見て、自宅でできる仕事を突き詰めて動画配信を始め、あっという間に人気YouTuberに。  事故物件に住む企画を始めると、動画配信中に幽霊が現れる。しかも、視聴者にも画面越しに幽霊が見えるため、視聴者と力を合わせて幽霊の未練を解決することになる。  幽霊たちの思いや、兄や視聴者たちとのやりとりで、央都也はだんだんと人を信じる気になっていくが、とある出来事から絶望してしまい――。  ※完結するまで毎日更新します!

花舞う庭の恋語り

響 蒼華
キャラ文芸
名門の相神家の長男・周は嫡男であるにも関わらずに裏庭の離れにて隠棲させられていた。 けれども彼は我が身を憐れむ事はなかった。 忘れられた裏庭に咲く枝垂桜の化身・花霞と二人で過ごせる事を喜んですらいた。 花霞はそんな周を救う力を持たない我が身を口惜しく思っていた。 二人は、お互いの存在がよすがだった。 しかし、時の流れは何時しかそんな二人の手を離そうとして……。 イラスト:Suico 様

古からの侵略者

久保 倫
キャラ文芸
 永倉 有希は漫画家志望の18歳。高校卒業後、反対する両親とケンカしながら漫画を描く日々だった。  そんな状況を見かねた福岡市在住で漫画家の叔母に招きに応じて福岡に来るも、貝塚駅でひったくりにあってしまう。  バッグを奪って逃げるひったくり犯を蹴り倒し、バッグを奪い返してくれたのは、イケメンの空手家、壬生 朗だった。  イケメンとの出会いに、ときめく永倉だが、ここから、思いもよらぬ戦いに巻き込まれることを知る由もなかった。

OL 万千湖さんのささやかなる野望

菱沼あゆ
キャラ文芸
転職した会社でお茶の淹れ方がうまいから、うちの息子と見合いしないかと上司に言われた白雪万千湖(しらゆき まちこ)。 ところが、見合い当日。 息子が突然、好きな人がいると言い出したと、部長は全然違う人を連れて来た。 「いや~、誰か若いいい男がいないかと、急いで休日出勤してる奴探して引っ張ってきたよ~」 万千湖の前に現れたのは、この人だけは勘弁してください、と思う、隣の部署の愛想の悪い課長、小鳥遊駿佑(たかなし しゅんすけ)だった。 部長の手前、三回くらいデートして断ろう、と画策する二人だったが――。

処理中です...