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14.例の現場
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実莉は休日を利用して、住宅街に訪れていた。ここは学校の近くでもなく、繁華街から離れた場所だ。用がなくては訪れるような場所ではない。近くにショッピングモールがあるわけでもない。寂れた商店街が近くにあるが、ほとんどの店は閉店しており、閉められたシャッターにはスプレーで落書きがされていた。
開発途中で、工事が延期になったのか、取りやめになったのかは不明だが、工事現場が放置されている。その界隈は、整備されていない、汚れた感じがする寂しい場所だった。裕福な人は寄りつかない、そんな空気が立ち込める場所。
工場や、小さな町工場、鉄の香り、サビの香り、荒んだネズミ色の壁、たくさんいるわけではないが、路上で生活している人もちらほら見える。
そんな場所に建つ、古いアパートの前で、実莉はぼんやりと立ち尽くしていた。数ヶ月前に、ここで騒動があった。その時、自分がこの場所にいた理由は、本当に偶然だった。用があったのだ、このアパートではなかったが。別のアパートに用があった。
飯塚直哉の自宅があるアパートに用があった。彼は、亡くなったクラスメイトの一人、それと同時に、私が密かに想いを寄せていた男子だった。彼は、私の気持ちになど気づく事はなかった。多分、最後まで。
遠くから見ていただけだった。彼の素行があまり良くないのは知っていた。私とタイプの違う人だという事も分かっていた。雄平と直哉は、クラスでは目立つ存在だった。よく似た2人だが、直哉は幼い頃から知っていた。小学生の頃までは同じ学区だった。
だけど、ある時、直哉は転校した。学区が変わり、私は高校で偶然再会したが、彼は昔とはかなり変わっていて、最初に見た時は直哉だと気づかないぐらいだった。
家庭の事情で引越ししたのは分かっていたが、彼の変貌ぶりは、私と彼の空白の期間に彼に何らかの変化を与える出来事があったという事が容易に想像できた。
見た目も性格も歪んでしまっていたが、私にとって、直哉は直哉だった。そんな彼が、悲惨な事故に巻き込まれて他界した。私は感情を抑えきれず、大声で泣いてしまった。理性を保つ事なんて、無理だった。
彼の葬儀中も上の空で、現実か夢かを区別できないぐらいに、私は憔悴していた。彼のアパートに行って、何かがしたかったというわけではない。自然と足が、彼の家に向かって行っただけだった。
彼のアパートを訪れても、結局どうしていいかわからず、数分間、アパートの前で膝を抱えて座っていただけだった。辛さが和らぐわけでもなく、むしろ現実を目の当たりにして精神的に、更に負荷がかかっただけ。そんな帰り道の出来事だった。
今、私が立っている目の前のアパートに人だかりができていた。警察やら救急車やらが集まって騒然としていた。まさに人だかりだった。周辺住民も野次馬の如く集まっていた。しばらくすると、アパートの2階の部屋からストレッチャーに乗せられた男性が運ばれて来たが、体の大部分を損傷していたのか、見えたのは一瞬で、すぐに救急車に乗せられて、その場を走り去って行った。
それからまたしばらくして、ストレッチャーに乗せられた人が2人運ばれてきた。この2人は最初の人よりも軽症なのか、意識があるように見えた。一人は「園村基樹」、もう一人は「姫月英玲奈」だった。
野次馬の中に目撃者がいたのか、一人の老婆がしきりに「化け物が」とか「オオカミが」と叫んでいた。それ以外の人達も同じような事を口にしていて、異様な雰囲気に包まれていた。姫月英玲奈の母親なのか、一人の化粧の濃い中年の女性が、警察官に何かをしきりに訴えていた。
私は人だかりが少し解消した時に、その現場のアパートの階段の近くに何かが落ちているのを見つけた。拾い上げたら、それはスマホだった。ピンク色したスマホ。誰の物かは分からない。咄嗟にそれを拾い、警察に渡そうとしたが、……何故か分からないが、私はそうしなかった。
もう一つ、気づいた事があった。大勢の人がいた時には気付かなかったが、警察官や救急車が、その場を離れていくと、集まっていた野次馬達は次第に散り散りになっていき、その人はその場にしゃがんでいたようで、ずっと気づかなかったが、その人がゆっくりと立ち上がった時に、びっくりして息が止まりそうになった。
クラスメイトが、人だかりの中にもう一人いたのだ。その時、彼女はまだ私に気づいていなかった。私は手に握っていたピンクのスマホを急いで鞄にしまった。
その娘は、同じクラスの蛭子悠紀江だった。蛭子は、その場でぼんやりとしていた私に気付いたようで、私に近づいてきた。そして、こう話しかけてきた。
「なんで、結賀崎さんがここにいるの?」
「え?あ、いや、別に……偶然通りかかって」
「偶然……」
私は「飯塚直哉の家に行っていた」と、素直に言えなくて、言い淀んでしまった。
「ひ、蛭子さんこそ、どうしてここに……?」
「偶然よ」
「……ぐ、偶然なんだ。私と一緒だね」
何故か私は、別に後ろ暗い事なんてないのに、不自然でぎこちない返事をしてしまった。
「また、野生動物が関わっているみたいよ」
「……確かに、そんな事、言ってたね」
このアパートの前でのぎこちない会話。腹の探り合いみたいな不自然な会話を繰り返していたことを思い出す。私は園村基樹が、この件になんらかの関係があると思っている。今はもう、誰も住んでいない、204号室。かつては姫月英玲奈が住んでいた場所。
ここにきたからと言って、真相がわかるわけでもないのに、私は何かにすがる様に、このアパートの前まで足を運んだ。
そう言えば、その時の蛭子悠紀江との会話で違和感を感じた事があったような……。しばらく考えていたら、なんとなく思い出した。おかしな事を言っていたのだ。
「あの女の人、気の毒ね。なんとなく見た事がある人だった気がするけど、あれだけ酷い怪我だと、多分、助からないわね……」
開発途中で、工事が延期になったのか、取りやめになったのかは不明だが、工事現場が放置されている。その界隈は、整備されていない、汚れた感じがする寂しい場所だった。裕福な人は寄りつかない、そんな空気が立ち込める場所。
工場や、小さな町工場、鉄の香り、サビの香り、荒んだネズミ色の壁、たくさんいるわけではないが、路上で生活している人もちらほら見える。
そんな場所に建つ、古いアパートの前で、実莉はぼんやりと立ち尽くしていた。数ヶ月前に、ここで騒動があった。その時、自分がこの場所にいた理由は、本当に偶然だった。用があったのだ、このアパートではなかったが。別のアパートに用があった。
飯塚直哉の自宅があるアパートに用があった。彼は、亡くなったクラスメイトの一人、それと同時に、私が密かに想いを寄せていた男子だった。彼は、私の気持ちになど気づく事はなかった。多分、最後まで。
遠くから見ていただけだった。彼の素行があまり良くないのは知っていた。私とタイプの違う人だという事も分かっていた。雄平と直哉は、クラスでは目立つ存在だった。よく似た2人だが、直哉は幼い頃から知っていた。小学生の頃までは同じ学区だった。
だけど、ある時、直哉は転校した。学区が変わり、私は高校で偶然再会したが、彼は昔とはかなり変わっていて、最初に見た時は直哉だと気づかないぐらいだった。
家庭の事情で引越ししたのは分かっていたが、彼の変貌ぶりは、私と彼の空白の期間に彼に何らかの変化を与える出来事があったという事が容易に想像できた。
見た目も性格も歪んでしまっていたが、私にとって、直哉は直哉だった。そんな彼が、悲惨な事故に巻き込まれて他界した。私は感情を抑えきれず、大声で泣いてしまった。理性を保つ事なんて、無理だった。
彼の葬儀中も上の空で、現実か夢かを区別できないぐらいに、私は憔悴していた。彼のアパートに行って、何かがしたかったというわけではない。自然と足が、彼の家に向かって行っただけだった。
彼のアパートを訪れても、結局どうしていいかわからず、数分間、アパートの前で膝を抱えて座っていただけだった。辛さが和らぐわけでもなく、むしろ現実を目の当たりにして精神的に、更に負荷がかかっただけ。そんな帰り道の出来事だった。
今、私が立っている目の前のアパートに人だかりができていた。警察やら救急車やらが集まって騒然としていた。まさに人だかりだった。周辺住民も野次馬の如く集まっていた。しばらくすると、アパートの2階の部屋からストレッチャーに乗せられた男性が運ばれて来たが、体の大部分を損傷していたのか、見えたのは一瞬で、すぐに救急車に乗せられて、その場を走り去って行った。
それからまたしばらくして、ストレッチャーに乗せられた人が2人運ばれてきた。この2人は最初の人よりも軽症なのか、意識があるように見えた。一人は「園村基樹」、もう一人は「姫月英玲奈」だった。
野次馬の中に目撃者がいたのか、一人の老婆がしきりに「化け物が」とか「オオカミが」と叫んでいた。それ以外の人達も同じような事を口にしていて、異様な雰囲気に包まれていた。姫月英玲奈の母親なのか、一人の化粧の濃い中年の女性が、警察官に何かをしきりに訴えていた。
私は人だかりが少し解消した時に、その現場のアパートの階段の近くに何かが落ちているのを見つけた。拾い上げたら、それはスマホだった。ピンク色したスマホ。誰の物かは分からない。咄嗟にそれを拾い、警察に渡そうとしたが、……何故か分からないが、私はそうしなかった。
もう一つ、気づいた事があった。大勢の人がいた時には気付かなかったが、警察官や救急車が、その場を離れていくと、集まっていた野次馬達は次第に散り散りになっていき、その人はその場にしゃがんでいたようで、ずっと気づかなかったが、その人がゆっくりと立ち上がった時に、びっくりして息が止まりそうになった。
クラスメイトが、人だかりの中にもう一人いたのだ。その時、彼女はまだ私に気づいていなかった。私は手に握っていたピンクのスマホを急いで鞄にしまった。
その娘は、同じクラスの蛭子悠紀江だった。蛭子は、その場でぼんやりとしていた私に気付いたようで、私に近づいてきた。そして、こう話しかけてきた。
「なんで、結賀崎さんがここにいるの?」
「え?あ、いや、別に……偶然通りかかって」
「偶然……」
私は「飯塚直哉の家に行っていた」と、素直に言えなくて、言い淀んでしまった。
「ひ、蛭子さんこそ、どうしてここに……?」
「偶然よ」
「……ぐ、偶然なんだ。私と一緒だね」
何故か私は、別に後ろ暗い事なんてないのに、不自然でぎこちない返事をしてしまった。
「また、野生動物が関わっているみたいよ」
「……確かに、そんな事、言ってたね」
このアパートの前でのぎこちない会話。腹の探り合いみたいな不自然な会話を繰り返していたことを思い出す。私は園村基樹が、この件になんらかの関係があると思っている。今はもう、誰も住んでいない、204号室。かつては姫月英玲奈が住んでいた場所。
ここにきたからと言って、真相がわかるわけでもないのに、私は何かにすがる様に、このアパートの前まで足を運んだ。
そう言えば、その時の蛭子悠紀江との会話で違和感を感じた事があったような……。しばらく考えていたら、なんとなく思い出した。おかしな事を言っていたのだ。
「あの女の人、気の毒ね。なんとなく見た事がある人だった気がするけど、あれだけ酷い怪我だと、多分、助からないわね……」
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