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27.塁①

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 そいつは人の姿をしてはいるが、人と形容するには程遠い形相でオレを威嚇している。その姿はまさに野生の獣、しかも手負いの一番危険な状態である。

「……演技でもここまで来ると、ただの気狂いだな」

 噛みちぎられた右手親指付近から血が流れ出る。手当てをしたいのはやまやまだが、まず目の前で唸るような声を絞り出している男を何とかする方が先決だ。

「おまえ、きらいだ」

 修一はオレの髪を掴もうとしたのか、目にも止まらぬ速さで腕を伸ばしてくる。掴まれたら最後、組み倒されてあっという間にあの世行きだ。それぐらいに目の前の獣は常軌を逸した殺気を放っている。オレはすんでのところで攻撃をかわして、距離をとった。

「……人を殺し慣れてるな」

 先程までの凪という人物になりきっていた時の修一とはもはや次元が違う。取り憑かれて操られていると言われても、信じざるを得ない程の急激な身体能力の向上。アガルタを注射されている状態でなければ、おそらく先程の初手で髪を鷲掴みにされて、次の瞬間にはオレの意識は飛び、あの世に行っていたに違いない。

「暗示を二重にかけておいてよかったよ」

 オレが指を鳴らすと、修一は電気が走った様に激しく身をのけぞらせて倒れ込んだ。

「ぐ、ぐがぁっ」

 奴の体にはスタンガンを押し付けられた時のような強烈な電撃ショックが走ったはずだ。指を弾く音で、最初に目を覗いた際に電撃ショックを感じるように暗示を入れておいた。

 激しく痙攣する殺人鬼は、恨めしそうな呻き声を漏らしながら、近づこうとするオレを牽制する。

「……本来ならぶっ殺さなきゃヤバい状況なんだろうが、の人格演技はと違って危険すぎる。人間は体をぶっ壊さないように脳がリミットをかけているのが普通だが、おまえはリミットが解除されちまってるようだな」

「私に、触れるな……」

「悪いけど、には消えてもらわないと、オレの命が危ない」

 修一の中に巣食う塁という仮人格は、他のモノとは少し異質だ。本当にいるのかと錯覚してしまうほどに、人間離れした力を持っている。だが、それも修一が作り出した妄想の産物でしかない事は間違いない。度が過ぎる程に執着心を持って作り上げられている妹の人格は根っこから完全に取り払わなければならない。

 方法は一つしかない。修一にこれは作り物だと自覚させるしかない。おまえはただの人間だ、化け物ではない。「さとり」の力が他に類を見ない程に強力である事は認める。オレや、もしかすると親父よりも強い力を持っているかも知れない。

「……おまえは自分から逃げて逃げて逃げまくって、ここまで来たんだな。……思い出せよ、そして認めろ」

 オレは渾身の力を込めて修一を数回殴打し、奴の眼球が潰れるぐらいの気迫で覗きこんだ。

「おまえの弱さと醜さを、もう一度、しっかりと思い出せ……」



 *


 あれは中学二年の夏休みに起きた出来事だった。

 おれは自分の妹である「塁」に対して、妹として接する事に限界を感じていた。日に日に美しくなっていく塁。塁に群がる男どもに対して、嫉妬と憎悪の気持ちがどんどんと大きくなり、自分自身でも抑えが効かなくなっていた。

 塁を夏休みに、山奥にある使われていない廃屋に監禁した。おれを信用しきっていた妹は、何の疑いもなく着いてきた。まさか自分の実の兄に何日も何日も監禁されるなどとは夢にも思わなかっただろう。

 夏のある日を境に、塁が家に帰らなくなり、それが一週間経っても帰らないという事態になった頃には、父親も母親も、近所の人たちも血眼になって塁を探し、それでも何の手がかりもなく、最終的には警察も巻き込んで大々的な捜査が行われたが、結果としては見つからず、塁は行方不明になった。

 不審者に拉致されたとか誘拐されたとか、当たらずとも遠からずな推測はあったが、「身内が拉致監禁している」という可能性に目を向ける者はいなかった。塁の行方不明事件において、最も憔悴し、探し回っていたフリをしていたおれがまさか事件の真犯人だとは誰も考えつかなかったようだ。

 おれは塁を、にしたかった。他の誰にも、塁を取られたくなかった。塁が死ぬまで、おれがしたかった。


 塁が世間的に行方不明になってから二週間が経過していたが、おれは塁と2人きりで山の廃屋で生活していた。もちろん塁に自由はない。三食の世話、下の世話はおれ一人で行った。その間もおれは塁を必死に探し回るを演じ続けていた。

 警察が総動員して探しても、塁を見つける事が出来ない。そして誰もおれを不審がらない。それはもちろん、偶然だとか運が良かったからではない。おれには特殊な力がある。人を自分の意のままに操る事ができる力だ。そういう力を自覚したのは小学生の頃だった。自分を捜査の目から外す事など容易い。数人に幻覚を見せる事も出来た。彼らは見ているようで、何も見ていない。おれが見せたいものを見ているだけに過ぎない。

 山の廃屋など最初から怪しまれており、一番初めに捜索されたが、勘付いていたのは人間ではなく、だった。犬は塁を見つけていた、なんども吠えて警察官や街の連中に居場所を伝えていたのだ。でも、人間達は悲しいかな、動物のような優れた嗅覚や感覚を持ち合わせてはいない。微かに持っている動物的な勘程度では、おれが作り出した偽りの世界を見破る事は出来ない。

 目で見ているはずなのにが出来ない。出来ない。塁が見えているはずなのに、誰一人として塁を認識出来ない。おれはそうやって、塁をに招き入れて、二度と出られなくした。

「み、みず……」

 水を欲する塁の唇に自分が口にふくんだ水を口移しで流し入れると、塁はそれを美味しそうに飲んだ。塁の体は隅から隅まで、おれが丁寧に綺麗にした。綺麗な水で塁の膨らんできた胸や尻を丁寧に流して、柔らかいタオルで優しく拭き取った。

 目隠しをされた塁の口元におれの陰茎を近づけると塁はおれの聳り立つソレを、まるでアイス棒でも舐めるように艶やかな唇と舌で無心にしゃぶった。妹の口内で射精した事は数え切れない程あった。初めこそ塁は口内に充満する白濁した液体を吐き出していたが、何度も行ううちに、もう出きっているにもかかわらず、なんども吸い付いて最後の一滴まで搾り出して、美味しそうに飲み込む。

「んっ、んっ、んうっ」

 おれの中から出てくる液体の味が好きなのか、一滴残らず飲み干す妹が可愛くて仕方がなかった。口でするだけでは我慢が出来なくなったのか、塁は自分自身をもっと愛してほしいとおれに懇願するようになる。

 目隠しをされていても、目の前にいる男が自分の兄であると確信した頃から、塁は抵抗したりする事を一切やめた。おれは塁に対しては何もしていない。意識をすり込んだり、暗示をかけたりしていない。目隠ししているのは、おれをではない。おれ自身が、彼女に対して、使ためだ。

 塁はおれを愛していた。
 結果として、そうだった、という話ではあるが。

 それからもおれたちは2人きりの世界に没入していた。何度も何度も愛し合った。自分たちが兄妹であるという事実すらも忘れる程に。何度もおれは妹の中に愛欲をそそぎ、妹もそれを拒絶する事なく、全てを受け入れた。



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