上 下
22 / 33

22.雅③

しおりを挟む


 朝練の時に雅が冬野先輩を目で追っていた理由が分かった気がした。実は数年前から、雅に密かに恋心を抱いていた私は彼が必死に隠そうとしていることに薄々気づいていたが、本人に確認することは出来なかった。内容が内容なだけに、正しかったとしても間違っていたとしても、聞いてしまえば私達の関係は、間違いなくそこで終わると分かっていたからだ。

「堅山雅、次の文読んでくれ」

 雅は授業中だというのに、完全にうわの空だった。

「堅山、聞こえないのか?」

「……は、はい!すいません」

 私は雅に話かけるのが少し憂鬱だったが、席が隣りであるという事で仕方なく横から小声でフォローした。

「14ページの3行目だよ」

「さんきゅ……」

 雅が好きなのは、きっと冬野先輩だろう。分かりやすいけど、普通ならそう思わないだろうし、思いたくもない。こいつとの付き合いも長い、だからこそ分かってしまったのだが、そんな事分かりたくなかった。出来れば一生わからないままの方が幸せだったかもしれない。

 私は放課後にまたも雅を呼び出した。もう雅と元の関係には戻れそうもない。私は意地悪だから、雅の恋が成就して欲しいとか、応援したいとかそんな気持ちはさらさらない。ただ、自分の気持ちにケジメをつけたいだけ。身勝手な女なんだ。

「百合香、昨日のことなんだけど……」

「うん、好きな人がいるんだよね」

「あ、うん。付き合ってる人がいるとか、嘘ついてごめん」

「いいよ、私に本当の事を言っても、余計に傷つけるだけだと思ったんだよね」

「……え?」

「見てれば分かるよ、正直言って素直には応援はできないけど」

「あ、相手は別の学校の……」

「冬野先輩でしょ?」

 雅が硬直している。本当に分かりやすい奴、馬鹿だな……昔から。

「冬野先輩は男だぞ!そんなわけ……」

「もういいって。逆に見苦しい」

「……おまえ、まさか他の誰かにこのこと」

「言わないわよ、言えるわけないじゃない」

「……まいったな」

 初恋の人はゲイでしたか、まあ仕方ないよね。ショックは隠しきれないが、事実は事実。受け止めるしかない、それに人の趣向に口出しするなんて野暮なことしても意味がない。

「大丈夫、言わないよ、誰にもね」

「百合香……」

「元気だそうぜ、雅。私もなんか吹っ切れたし」

「お、おう」

 私の方から呼び出した癖に、自分勝手に話を終えたら呆然と立ち尽くしている雅をそのままにして、軽く別れを告げてから、その場を後にした。
 


 夕日が沈みかけていた。私は雅に直接気持ちを確認してスッキリしたはずなのに、またもや涙が流れていた。失恋はキツイなあ……できることなら体験したくなかった。しかも、よりによって負けた相手が男性だなんて、本当にやんなっちゃう。……仕方ない事だと、自分に言い聞かせるが、胸にぽっかりと穴が空いた気分は全然おさまる様子がなかった。

 通い慣れた通学路だったはずなのに、何だか今日は違う道みたいに感じる。景色も心なしか違って見えてしまうのは、私の精神状態が不安定だからに違いない。

 この公園を横切って、あと数分歩けば家に帰れる。相変わらずこの時間になると人がいない。灯がついているけど、正直1人ではあまり通りたくない。いつも平気だったのは雅が一緒にいたからだ。そういえば、1人で帰るのも久しぶりだ。昨日は女友達と遅くまで遊んで(傷心の私を気遣ってくれたみたいだった)、友達の親に車で送ってもらったから。

 公園の中に人がいた。なんか嫌な予感がしていたのに、私はそのまま行ってしまった。……だって、その人、知り合いだったから。

「……冬野先輩?」

 彼は今日学校を病欠したはずだ。何故こんな所にいるんだろう。そんなに近所だっただろうか。私が声をかけて、聞こえているはずの距離なのに反応が無い。

「あの、冬野先輩ですよね?」

「にげたほうがいいよ、おねえちゃん」

 え、お姉ちゃんって私の事?冬野先輩だよね、どう見ても。冬野先輩ってそんなだったっけ?フードのついた服を着ているから良く見えないけど、間違いない。

「ねらわれてるよ、おにいちゃんに」

「……え」

「あ、だめだ。もうおきちゃう、はやくにげ……」

 冬野先輩の肩がすっと下がって、両腕はぶらんと垂れ下がっていた。下を向いていた顔をゆっくり上げると、その顔は間違いなく冬野先輩だった。

「塚原、昨日は堅山に冷たくあしらわれてたな」

 気持ち悪い、なんでこんなに気持ち悪いの。この人、こんな人じゃないはずなのに……。

「てっきり堅山とデキてるんだと思ってた」

 私は気付けば走り出していた。カバンも落として、靴も脱げてしまったけど、全力で走った。

「……いや、だれか、たすけ」

「あいつの女にしとくのは、もったいない」

 私は走っていたはずなのに、そんなに彼から離れていなかった。そして、いつの間にか転倒していて、ゆっくりと冬野先輩が近づいてくる。私のワイシャツのボタンをゆっくりと外していく。視界の動きがすごく遅い。残像が残るみたいに視界が歪んでいる。おかしな薬でも飲んだみたいに、体が平衡感覚を失って、自由に動けない。

「おまえ、やっぱり、胸デカいよな」

「や、やめ、て、くだ、さい……」

 言葉も上手く話せない、呂律が回らない。大声を出してみようとしても、かすれた声しか出せない。もっとジタバタと抵抗したいのに、体の自由が効かない。

 冬野修一は私の胸を舐め回して、強い力で握ってくる。痛い……。下着もずり下ろされて、修一の陰茎が無理やり私の中にねじ込まれた。

「い、いたい、いたいい……」

「堅山と、毎日やりまくってたんだろ?」

 嫌がる私の表情を見て、更に興奮したのか、修一は嬉しそうにニヤニヤと笑いながら、私の中を激しく掻き回してくる。

「嬉しいだろ、この変態」

「し、しね、しねっ……」

「泣いてる顔がたまらないね、もっと泣けよ、変態」

 真っ暗な公園の片隅で、私は処女を喪失した。事を終えた獣は、私を見下ろしながら、ゆっくりとした動作でズボンを上げた。半裸の私は、起き上がる気にもなれずに、仰向けの状態のまま夜空を見ていた。



 横たわる私の傍らで、冬野修一がしゃがみこんで、私を見つめていた。先程までの荒々しい表情は消えて、公園ではじめに見た時の、おとなしい彼に戻っていた。修一は私の耳もとに顔を近づけて、小さな声で話しかけてきた。

「……今日はわたしの出番はないみたい、良かったね」

「……」

「おにいちゃん、あなたとセックスしたかっただけみたい」

「……」

「困ったおにいちゃん、どっちでもいいからねぇ」

「……どっち?」


「かわいそうだから、すこしだけ、楽にしてあげるね」

 冬野修一の顔をしたそいつは、私の目をじっと見つめている。視界がだんだんとクリアになってきて、先程までみたいな息苦しさが抜けていく。眼球を動かす度に残像が残るほど頭が霞んでいたのに、今は周りの状況が良く見えた。でも、体に残る痛みや倦怠感が酷くて、私は気を失ってしまった。



 目が覚めると、うっすらと明るくなってきていた。朝になったみたいだ。私は自分が何故仰向けに寝ているのかよく分からない。制服のままで寝てしまったのか。起き上がって周りを見渡すと、ここは近所の公園だった。

「……うそでしょ、私、公園で寝てたの?」

 慌ててスマホを探すが、カバンが無い。しかも、靴も片方しか履いてない。遠くに目をやると、私のカバンと片方の靴と思われるものが、砂場の近くに落ちていた。私は慌てて駆け寄るが、何だかお腹が痛いし、股間が痛い。恐る恐るスカートを捲ると、下着が血で真っ赤だった。

「……よりによってこんな時に。最悪」

 カバンからスマホを取り出して日にちを確認すると、今日は日曜日だった。学校行かなくていい、助かった……と思ってホッとしたが、何か釈然としない。昨日の記憶が曖昧なのだ。公園に来たぐらいまでは覚えているが、それ以降の記憶がない。疲れていたにしても、公園で寝落ちとか、ありえないわ……と思いながら、そのまま帰宅した。




 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛してるなんて、反吐がでる。

あすたりすく
ライト文芸
 普通の人とは感覚がズレている高校生「悟」は、幼児期の経験から、《愛》という言葉に嫌悪感を持ち、周りの女性からいくら好意を持たれても、大勢の女性と関係を持っていても、満たされない空虚な日々を送っていた。そんな彼の前に現れた一人の女教師。彼の日常は女教師によって掻き乱され、壊されていった。

奴隷市場

北きつね
ライト文芸
 国が少子高齢化対策の目玉として打ち出した政策が奴隷制度の導入だ。  狂った制度である事は間違いないのだが、高齢者が自分を介護させる為に、奴隷を購入する。奴隷も、介護が終われば開放される事になる。そして、住む場所やうまくすれば財産も手に入る。  男は、奴隷市場で1人の少女と出会った。  家族を無くし、親戚からは疎まれて、学校ではいじめに有っていた少女。  男は、少女に惹かれる。入札するなと言われていた、少女に男は入札した。  徐々に明らかになっていく、二人の因果。そして、その先に待ち受けていた事とは・・・。  二人が得た物は、そして失った物は?

峽(はざま)

黒蝶
ライト文芸
私には、誰にも言えない秘密がある。 どうなるのかなんて分からない。 そんな私の日常の物語。 ※病気に偏見をお持ちの方は読まないでください。 ※症状はあくまで一例です。 ※『*』の印がある話は若干の吸血表現があります。 ※読んだあと体調が悪くなられても責任は負いかねます。 自己責任でお読みください。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

狂気醜行

春血暫
ミステリー
――こんなことすら、醜行と言われるとはな。  犯罪学のスペシャリスト・川中文弘は、大学で犯罪学について教えている。  その教え子である瀧代一は、警察官になるために文弘から犯罪学について学んでいる。  ある日、大学近辺で起きた事件を調べていると、その事件には『S教』という謎の新興宗教が深く関わっていると知り、二人はその宗教について調べることにした。 ※この物語はフィクションです。実在する人物、団体、地名などとは一切関係ありません。 ※犯罪などを助長する意図は一切ありません。

俺と向日葵と図書館と

白水緑
ライト文芸
夏休み。家に居場所がなく、涼しい図書館で眠っていた俺、恭佑は、読書好きの少女、向日葵と出会う。 向日葵を見守るうちに本に興味が出てきて、少しずつ読書の楽しさを知っていくと共に、向日葵との仲を深めていく。 ある日、向日葵の両親に関わりを立つように迫られて……。

最後の山羊

春野 サクラ
ライト文芸
「その人にどうしても会いたいの!」  明日夏は涙声で哀訴した。  山間にある小さな温泉旅館で或る日、大火事が起きた。多くの宿泊客が逃げ惑う中、ある若い女性が炎渦巻くその旅館に吸い込まれるように入っていくと、瞬く間に炎が消えてしまった……。  そしてその出来事から何十年かの月日を経て、代書屋をしている二賀斗陽生は、大学の後輩である如月明日夏から連絡をもらい待ち合わせをする。その席で二賀斗は明日夏から「その女性」の行方を調べてほしいと懇願される。  僅かばかりの情報を携えて二賀斗は東奔西走する。代書屋としての知識と経験を駆使しながら「その女性」を探し求めていく。そして二賀斗は、一人の少女にたどり着く。彼女と出会ったことで、決して交わることのないはずの二賀斗・明日夏・少女の未来が一つに収斂されてゆく。  

ギフテッド

路地裏乃猫
ライト文芸
彼の絵を見た者はいずれ死に至るーーー 死や悲しみ、怒り――作品を通じて様々な影響を鑑賞者に与えてしまうアーティスト、またの名を〝ギフテッド〟。彼らの多くは、国家によって管理、秘匿されている。 そんな中、最も厄介な〝死のギフト〟の保持者である主人公、海江田漣(かいえだれん)は、そうとは知らないまま公共物の壁に落書きし、偶然目にした人々を死に追いやってしまう。 人命を奪ってしまったことを悔やみながら、それでもなお表現を諦められない漣。そんな漣のギフトを巡り、さまざまな人間、組織の思惑が交錯する。 おもな登場人物 海江田漣(かいえだれん) ギフト「死」 都内の医大に通う大学生。病院を経営する父親に医者への道を強制され、アーティストの夢を断たれる。その鬱憤を公共物への落書きで晴らしていたところ、それが〝死〟のギフトを発現、多くの人々を死に追いやってしまう。 自らの罪を悔やみつつも絵筆を捨てきれず、嶋野の勧めでギフテッドの保護施設へと隔離されるが、そこで彼を待っていたのはギフテッドを巡る人々の戦いだった。 嶋野凪(しまのなぎ) ギフト「権威」 ギフテッドの保護監視組織『藝術協会』所属のキュレーター。自らもギフテッドであり、ギフトを駆使し、未知のギフテッドの発見と保護に努める。協会では漣の心の支えとなるが、一方で協会の目を盗み、ある人物の理想のために暗躍する。 東雲瑠香(しののめるか) ギフト「克服」 藝術協会の施設内で漣が出会った女性。他者との関わりを何よりも重んじ、慣れない施設暮らしに戸惑う漣を助ける。普段は明るく振舞うが、実はギフトをめぐって悲しい過去を持つ。

処理中です...