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22.雅③
しおりを挟む朝練の時に雅が冬野先輩を目で追っていた理由が分かった気がした。実は数年前から、雅に密かに恋心を抱いていた私は彼が必死に隠そうとしていることに薄々気づいていたが、本人に確認することは出来なかった。内容が内容なだけに、正しかったとしても間違っていたとしても、聞いてしまえば私達の関係は、間違いなくそこで終わると分かっていたからだ。
「堅山雅、次の文読んでくれ」
雅は授業中だというのに、完全にうわの空だった。
「堅山、聞こえないのか?」
「……は、はい!すいません」
私は雅に話かけるのが少し憂鬱だったが、席が隣りであるという事で仕方なく横から小声でフォローした。
「14ページの3行目だよ」
「さんきゅ……」
雅が好きなのは、きっと冬野先輩だろう。分かりやすいけど、普通ならそう思わないだろうし、思いたくもない。こいつとの付き合いも長い、だからこそ分かってしまったのだが、そんな事分かりたくなかった。出来れば一生わからないままの方が幸せだったかもしれない。
私は放課後にまたも雅を呼び出した。もう雅と元の関係には戻れそうもない。私は意地悪だから、雅の恋が成就して欲しいとか、応援したいとかそんな気持ちはさらさらない。ただ、自分の気持ちにケジメをつけたいだけ。身勝手な女なんだ。
「百合香、昨日のことなんだけど……」
「うん、好きな人がいるんだよね」
「あ、うん。付き合ってる人がいるとか、嘘ついてごめん」
「いいよ、私に本当の事を言っても、余計に傷つけるだけだと思ったんだよね」
「……え?」
「見てれば分かるよ、正直言って素直には応援はできないけど」
「あ、相手は別の学校の……」
「冬野先輩でしょ?」
雅が硬直している。本当に分かりやすい奴、馬鹿だな……昔から。
「冬野先輩は男だぞ!そんなわけ……」
「もういいって。逆に見苦しい」
「……おまえ、まさか他の誰かにこのこと」
「言わないわよ、言えるわけないじゃない」
「……まいったな」
初恋の人はゲイでしたか、まあ仕方ないよね。ショックは隠しきれないが、事実は事実。受け止めるしかない、それに人の趣向に口出しするなんて野暮なことしても意味がない。
「大丈夫、言わないよ、誰にもね」
「百合香……」
「元気だそうぜ、雅。私もなんか吹っ切れたし」
「お、おう」
私の方から呼び出した癖に、自分勝手に話を終えたら呆然と立ち尽くしている雅をそのままにして、軽く別れを告げてから、その場を後にした。
夕日が沈みかけていた。私は雅に直接気持ちを確認してスッキリしたはずなのに、またもや涙が流れていた。失恋はキツイなあ……できることなら体験したくなかった。しかも、よりによって負けた相手が男性だなんて、本当にやんなっちゃう。……仕方ない事だと、自分に言い聞かせるが、胸にぽっかりと穴が空いた気分は全然おさまる様子がなかった。
通い慣れた通学路だったはずなのに、何だか今日は違う道みたいに感じる。景色も心なしか違って見えてしまうのは、私の精神状態が不安定だからに違いない。
この公園を横切って、あと数分歩けば家に帰れる。相変わらずこの時間になると人がいない。灯がついているけど、正直1人ではあまり通りたくない。いつも平気だったのは雅が一緒にいたからだ。そういえば、1人で帰るのも久しぶりだ。昨日は女友達と遅くまで遊んで(傷心の私を気遣ってくれたみたいだった)、友達の親に車で送ってもらったから。
公園の中に人がいた。なんか嫌な予感がしていたのに、私はそのまま行ってしまった。……だって、その人、知り合いだったから。
「……冬野先輩?」
彼は今日学校を病欠したはずだ。何故こんな所にいるんだろう。そんなに近所だっただろうか。私が声をかけて、聞こえているはずの距離なのに反応が無い。
「あの、冬野先輩ですよね?」
「にげたほうがいいよ、おねえちゃん」
え、お姉ちゃんって私の事?冬野先輩だよね、どう見ても。冬野先輩ってそんな話し方だったっけ?フードのついた服を着ているから良く見えないけど、間違いない。
「ねらわれてるよ、おにいちゃんに」
「……え」
「あ、だめだ。もうおきちゃう、はやくにげ……」
冬野先輩の肩がすっと下がって、両腕はぶらんと垂れ下がっていた。下を向いていた顔をゆっくり上げると、その顔は間違いなく冬野先輩だった。
「塚原、昨日は堅山に冷たくあしらわれてたな」
気持ち悪い、なんでこんなに気持ち悪いの。この人、こんな人じゃないはずなのに……。
「てっきり堅山とデキてるんだと思ってた」
私は気付けば走り出していた。カバンも落として、靴も脱げてしまったけど、全力で走った。
「……いや、だれか、たすけ」
「あいつの女にしとくのは、もったいない」
私は走っていたはずなのに、そんなに彼から離れていなかった。そして、いつの間にか転倒していて、ゆっくりと冬野先輩が近づいてくる。私のワイシャツのボタンをゆっくりと外していく。視界の動きがすごく遅い。残像が残るみたいに視界が歪んでいる。おかしな薬でも飲んだみたいに、体が平衡感覚を失って、自由に動けない。
「おまえ、やっぱり、胸デカいよな」
「や、やめ、て、くだ、さい……」
言葉も上手く話せない、呂律が回らない。大声を出してみようとしても、かすれた声しか出せない。もっとジタバタと抵抗したいのに、体の自由が効かない。
冬野修一は私の胸を舐め回して、強い力で握ってくる。痛い……。下着もずり下ろされて、修一の陰茎が無理やり私の中にねじ込まれた。
「い、いたい、いたいい……」
「堅山と、毎日やりまくってたんだろ?」
嫌がる私の表情を見て、更に興奮したのか、修一は嬉しそうにニヤニヤと笑いながら、私の中を激しく掻き回してくる。
「嬉しいだろ、この変態」
「し、しね、しねっ……」
「泣いてる顔がたまらないね、もっと泣けよ、変態」
真っ暗な公園の片隅で、私は処女を喪失した。事を終えた獣は、私を見下ろしながら、ゆっくりとした動作でズボンを上げた。半裸の私は、起き上がる気にもなれずに、仰向けの状態のまま夜空を見ていた。
横たわる私の傍らで、冬野修一がしゃがみこんで、私を見つめていた。先程までの荒々しい表情は消えて、公園ではじめに見た時の、おとなしい彼に戻っていた。修一は私の耳もとに顔を近づけて、小さな声で話しかけてきた。
「……今日はわたしの出番はないみたい、良かったね」
「……」
「おにいちゃん、あなたとセックスしたかっただけみたい」
「……」
「困ったおにいちゃん、どっちでもいいからねぇ」
「……どっち?」
「かわいそうだから、すこしだけ、楽にしてあげるね」
冬野修一の顔をしたそいつは、私の目をじっと見つめている。視界がだんだんとクリアになってきて、先程までみたいな息苦しさが抜けていく。眼球を動かす度に残像が残るほど頭が霞んでいたのに、今は周りの状況が良く見えた。でも、体に残る痛みや倦怠感が酷くて、私は気を失ってしまった。
目が覚めると、うっすらと明るくなってきていた。朝になったみたいだ。私は自分が何故仰向けに寝ているのかよく分からない。制服のままで寝てしまったのか。起き上がって周りを見渡すと、ここは近所の公園だった。
「……うそでしょ、私、公園で寝てたの?」
慌ててスマホを探すが、カバンが無い。しかも、靴も片方しか履いてない。遠くに目をやると、私のカバンと片方の靴と思われるものが、砂場の近くに落ちていた。私は慌てて駆け寄るが、何だかお腹が痛いし、股間が痛い。恐る恐るスカートを捲ると、下着が血で真っ赤だった。
「……よりによってこんな時に。最悪」
カバンからスマホを取り出して日にちを確認すると、今日は日曜日だった。学校行かなくていい、助かった……と思ってホッとしたが、何か釈然としない。昨日の記憶が曖昧なのだ。公園に来たぐらいまでは覚えているが、それ以降の記憶がない。疲れていたにしても、公園で寝落ちとか、ありえないわ……と思いながら、そのまま帰宅した。
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