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11.誰①
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雅くんが小林という年上の男性と別れてから、私は無我夢中で彼を追跡した。追跡した結果、彼が住んでいるであろうマンションまで辿り着く事に成功した。
「……結構いいところに住んでるんだねぇ」
独り言が止まらない。彼がマンションに入っていくが、さすがにそれ以上ついていく事には抵抗があったので、しばらくしたらマンションから離れた。時間も23時を超えており、先程からひっきりなしに父親から電話が入っている事に気づいていたので、そろそろ帰らないと面倒な事になりそうだ、と思っていた矢先、またもや彼がマンションから出てきた。
私は慌てて隠れて彼の動向を見守る。彼はスマホを取り出して、誰かに電話を掛け始めた。
「……あ、はい、凪です。今から向かいます」
え、凪?
雅じゃないの?
格好がスーツに変わっていて、最初別人かと思ったが、間違いなく雅くんだった。どこに行くのか気になるが、時間も遅いのでやむなく帰宅することにした。また明日コンビニに行ってみよう。彼を見かけてから、自分が少し変わったように感じて嬉しかった。
帰宅すると、無言で近づいて来た父親に腕を掴まれて、彼の寝室に連れて行かれて、いつもの様に乱暴に衣服を剥ぎ取られて玩具のように弄ばれたが、頭の中は雅くんの事でイッパイで何をされていても無関心だった。
私は今まで生きて来て、ずっと何かに関心を抱く事がなかった。関心を抱けなかったのが、家庭環境だとか、私の精神がおかしいからだとか、そう考えれば不自然ではなかった。そもそも関心を抱かなかったのが、ずっと父親と兄による「催眠」の力のせいだと考えれば納得がいったから、これまではそうして生きて来た。
でも、私にも「人並み」な関心を抱く力があるのだと気づいたのは彼のおかげだ。彼は実に平凡で、どこにでもいるような「普通」な人。でも、私は彼が気になった。理由は全くわからない。砂場の中から、たった一粒の砂金を見つけたような、そんな不思議な気持ちだった。見た目も、まあまあいい顔してるかな?とは思うが、彼よりもイケメンは山のようにいるだろうし、性格も話した事もないのにわかるわけはない。特別な何かを持っていて、たとえば有名だとか、そういう特異性もないのに、気になって仕方がない。
私はいよいよ、一線を超える覚悟を決めた。今まで、わざわざ働きたいなんて思ったことはない。お金で不自由はしたこともないからだ。幼くして実父を亡くし、路頭に迷いかけた事はある。だが、あの忌まわしい親子と母親の病気の所為で関係を持たざるを得なくなってからは、お金に困ることなど一度もない。お金以外の実生活が狂っていたのに、それを数年前まで気にもしなかった事自体が狂っていた。
そう、お金には一切困っていないし、遊ぶ金もある。いくらでもある、なのに私はコンビニのアルバイト募集に応募した。アルバイトをする事自体に興味は無い。彼に近づきたい。ただ、それだけだった。だから、何としてもアルバイトとして雇用される必要がある。
店舗の店長であった男は多分、私の身なりが明らかにギャル風であった事から、当初は良いイメージは抱かなかったに違いない。勿論正攻法で雇われるのならば、それに越した事はないが、正直私にも余裕は無かった。
最初から力を駆使した。私の人生において、呪われた歴史でしかない父親と兄との生活。その中で体得した唯一の希望。あいつら程では無いものの、何の耐性も持たない人間を相手にすれば、相手の精神を籠絡する事など造作も無かった。
薄いピンク色の髪の毛は染めているとよく言われるが、実は地毛だ。なんでこんな色なのか、病気なのかよく分からないが、昔からこうだ。わざわざ黒に染め直すのも面倒だし、見た目をわざわざ遊んでいる風にしているのも、この力に気づいてからは何かと都合が良いからそうしているだけだ。馬鹿な奴というのは、こういう身なりをしている方が釣りやすい。
だから、社会不適合に見えようが何だろうが、私には関係ない。社会に適合していたいとは思わない。無駄な争いを避けるために周囲に合わす事は壊れた私でもある程度はできる、それで十分だ。
想定通りにすんなりとコンビニに入る事は出来たが、そもそもまともに働く気も無いし、目的は雅のみであったから、言われた事だけを淡々とこなして、向上心のカケラもない従業員でいい。彼と接触できる最短距離を行っただけで、そもそもの目的は達成された。
「じゃあ、修一。おまえとシフト被る時は頼むな」
店長から私を彼に紹介された際にまたも違和感を覚えた。修一って誰よ……。あなたは雅でしょ?
「よろしくお願いします、春野麗良です」
「……うん、よろしく。冬野です」
淡々とした男だった。想定した通りといえばそうだが、初対面だし、そんなものだろう。遠目に見ていても、それほど社交的な感じはなかったし。彼は私となかなか目を合わせない。緊張しているのが、伝わってくる。女性と話すのが苦手なのかもしれない。
「あ、あの冬野さん、お名前は修一さんなんですよね」
「う、うん。そうだけど……」
「しょういちさんか、しゅういちさんか上手く聞き取れなくて、すみません」
「えと、春野さんは、高校生?」
「そうです、よろしくお願いします」
「そだね、ぼちぼちやろーよ。無理しないでね」
彼は見た目よりも朗らかで優しい。私が気になっていた人は間違いなく彼だと思った。雅とか、凪とか、修一とか、きっと他の人には言えない秘密とか、仕事とかあるのかも知れない。そこに自分から突っ込んでいくのはやめておいて、暫く様子を見よう、そう思った。
「……結構いいところに住んでるんだねぇ」
独り言が止まらない。彼がマンションに入っていくが、さすがにそれ以上ついていく事には抵抗があったので、しばらくしたらマンションから離れた。時間も23時を超えており、先程からひっきりなしに父親から電話が入っている事に気づいていたので、そろそろ帰らないと面倒な事になりそうだ、と思っていた矢先、またもや彼がマンションから出てきた。
私は慌てて隠れて彼の動向を見守る。彼はスマホを取り出して、誰かに電話を掛け始めた。
「……あ、はい、凪です。今から向かいます」
え、凪?
雅じゃないの?
格好がスーツに変わっていて、最初別人かと思ったが、間違いなく雅くんだった。どこに行くのか気になるが、時間も遅いのでやむなく帰宅することにした。また明日コンビニに行ってみよう。彼を見かけてから、自分が少し変わったように感じて嬉しかった。
帰宅すると、無言で近づいて来た父親に腕を掴まれて、彼の寝室に連れて行かれて、いつもの様に乱暴に衣服を剥ぎ取られて玩具のように弄ばれたが、頭の中は雅くんの事でイッパイで何をされていても無関心だった。
私は今まで生きて来て、ずっと何かに関心を抱く事がなかった。関心を抱けなかったのが、家庭環境だとか、私の精神がおかしいからだとか、そう考えれば不自然ではなかった。そもそも関心を抱かなかったのが、ずっと父親と兄による「催眠」の力のせいだと考えれば納得がいったから、これまではそうして生きて来た。
でも、私にも「人並み」な関心を抱く力があるのだと気づいたのは彼のおかげだ。彼は実に平凡で、どこにでもいるような「普通」な人。でも、私は彼が気になった。理由は全くわからない。砂場の中から、たった一粒の砂金を見つけたような、そんな不思議な気持ちだった。見た目も、まあまあいい顔してるかな?とは思うが、彼よりもイケメンは山のようにいるだろうし、性格も話した事もないのにわかるわけはない。特別な何かを持っていて、たとえば有名だとか、そういう特異性もないのに、気になって仕方がない。
私はいよいよ、一線を超える覚悟を決めた。今まで、わざわざ働きたいなんて思ったことはない。お金で不自由はしたこともないからだ。幼くして実父を亡くし、路頭に迷いかけた事はある。だが、あの忌まわしい親子と母親の病気の所為で関係を持たざるを得なくなってからは、お金に困ることなど一度もない。お金以外の実生活が狂っていたのに、それを数年前まで気にもしなかった事自体が狂っていた。
そう、お金には一切困っていないし、遊ぶ金もある。いくらでもある、なのに私はコンビニのアルバイト募集に応募した。アルバイトをする事自体に興味は無い。彼に近づきたい。ただ、それだけだった。だから、何としてもアルバイトとして雇用される必要がある。
店舗の店長であった男は多分、私の身なりが明らかにギャル風であった事から、当初は良いイメージは抱かなかったに違いない。勿論正攻法で雇われるのならば、それに越した事はないが、正直私にも余裕は無かった。
最初から力を駆使した。私の人生において、呪われた歴史でしかない父親と兄との生活。その中で体得した唯一の希望。あいつら程では無いものの、何の耐性も持たない人間を相手にすれば、相手の精神を籠絡する事など造作も無かった。
薄いピンク色の髪の毛は染めているとよく言われるが、実は地毛だ。なんでこんな色なのか、病気なのかよく分からないが、昔からこうだ。わざわざ黒に染め直すのも面倒だし、見た目をわざわざ遊んでいる風にしているのも、この力に気づいてからは何かと都合が良いからそうしているだけだ。馬鹿な奴というのは、こういう身なりをしている方が釣りやすい。
だから、社会不適合に見えようが何だろうが、私には関係ない。社会に適合していたいとは思わない。無駄な争いを避けるために周囲に合わす事は壊れた私でもある程度はできる、それで十分だ。
想定通りにすんなりとコンビニに入る事は出来たが、そもそもまともに働く気も無いし、目的は雅のみであったから、言われた事だけを淡々とこなして、向上心のカケラもない従業員でいい。彼と接触できる最短距離を行っただけで、そもそもの目的は達成された。
「じゃあ、修一。おまえとシフト被る時は頼むな」
店長から私を彼に紹介された際にまたも違和感を覚えた。修一って誰よ……。あなたは雅でしょ?
「よろしくお願いします、春野麗良です」
「……うん、よろしく。冬野です」
淡々とした男だった。想定した通りといえばそうだが、初対面だし、そんなものだろう。遠目に見ていても、それほど社交的な感じはなかったし。彼は私となかなか目を合わせない。緊張しているのが、伝わってくる。女性と話すのが苦手なのかもしれない。
「あ、あの冬野さん、お名前は修一さんなんですよね」
「う、うん。そうだけど……」
「しょういちさんか、しゅういちさんか上手く聞き取れなくて、すみません」
「えと、春野さんは、高校生?」
「そうです、よろしくお願いします」
「そだね、ぼちぼちやろーよ。無理しないでね」
彼は見た目よりも朗らかで優しい。私が気になっていた人は間違いなく彼だと思った。雅とか、凪とか、修一とか、きっと他の人には言えない秘密とか、仕事とかあるのかも知れない。そこに自分から突っ込んでいくのはやめておいて、暫く様子を見よう、そう思った。
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