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前章

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 朝の陽ざしが眩しくて目を覚ます。
 チカチカする瞼を一度ギュッと瞑ってからゆっくりと目を開けた。
 完全に開いた視界で、いる筈の姿を探す。けれど目の前には何も無く、スッと寒々しい風を感じた。

 「おはようユタ」

 泣きたくなる寸前に頭上から魔王の声がした。
 視線をゆっくりと持ち上げれば、そこに探していた姿を見つけ、安堵に泣きたくなった。
 思った以上に心の中を魔王が占領していた事に笑いたくもなった。

 「おはぐっげほ!」

 挨拶を返したかったのに途中で咽て驚く。
 え?なんか喉がイガイガするんですけど。何で?

 「無理をするな。昨日は気を失うまで泣いていたのだ。喉も痛んでいよう」
 「え……?」

 な、泣く?俺が?
 おや?昨日の記憶がテンにひっくり返された所から無い。
 え?俺、どうなったの?

 「案ずるな。我が間に合った」

 俺の記憶が一部飛んでいる事に気付いた魔王があの後の事を説明してくれた。

 「そう言う訳でテンには我が制裁を加えた故、これからはそうそう暴挙には出まい。
 出たとしてもこれからは我が目を光らせる。安心すると良い」

 言いながら俺に水を渡してくれる魔王が優しい。
 喉も痛いしありがたく頂いた。
 あ。これ、大根ちゃんのおろし汁が入ってる。それにハチミツを加えられててスッと喉に通る。
 あー。喉が癒される~。

 「菜園や家畜の世話はやってある。今日はゆっくり休んでいろ」

 !!
 何て事だ!俺とした事が野菜ちゃん達の事を忘れていたなんて!
 俺は野菜ちゃん達に申し訳がなくて項垂れた。
 でも魔王は俺が気にしない様にやってくれたんだ。魔王の気持ちが胸に響く。

 「記憶に障害を与える程の災難だったのだ。そう気に病むでない」
 「あ゛りがと。でも大丈夫だから」

 大根ちゃんパワーで喉も大分良くなったしな。流石俺の大根ちゃんだ。
 魔王も俺が野菜ちゃん達をいかに大事にしているか知っている。本当は止めたいだろうに、仏頂面で眉根を寄せただけで「そうか」と受け入れてくれた。
 魔王は、多分俺の家族より俺をわかってくれていそうだ。魔王としての資質なのかもしれないが、俺にはそれが嬉しい。
 泣いていた事は覚えていないけど、それでも何故か魔王の温もりだけは体が、心の奥底が覚えている様な気がした。

 着替えと簡単な食事を取った俺は、野菜ちゃん達に昨日の分までお世話をするべく、玄関扉に手を掛けた。

 「ひゅ……っ」

 外に出る。ただそれだけの事なのに、呼吸が止まり背筋が凍りついた。
 昨日の事で体が拒絶反応を示したんだろうな。記憶ないから何だよこれって感じだけど。

 「我がいる。それでも辛いなら時に休むも必要な事であろう。無理だけはするでないぞ」

 魔王が俺の手を握って俺に見える様に力強い笑みを見せてくれる。何故か恋人繋ぎだけど。今の俺はもうそれを振り解こうとはしなかった。
 隣に魔王がいる。それだけで力を貰える。だから安心して玄関を開けたら。

 ……テンが土下座していてビビった……。

 怖い。何が怖いってテンそのものより、眼下の頭から肌色の瘤がいくつも飛び出しているのが怖い。

 「すまなかった。ユタもノンケって知らなくて誤解した。もう無理矢理組み敷かない」
 「い、いや。わかってくれれば、もう良、くはないけど良いよ。
 取り敢えず、立たない?」

 これ以上たん瘤ツリーを見ていたくないし。

 「顔、上げて良いのか……?」

 テンも相当反省してくれたんだな。
 わかってくれたんなら俺も男だ。過去はそっと胸の内の肥溜に埋めて心の肥料に変えてやろう。
 でもやっぱり怖いから一度魔王の手を強く握って深呼吸した。

 「良いも悪いも、そのままじゃ働けないだろ」

 平常心で言ってのける。声、震えてなかったよな?

 「そうか。ありがとう」

 弾んだ声で言って顔を上げようとするテンに、今更違和感を覚えた。
 声、くぐもってないか?

 「あ。ちょ、やっぱり待っ」

 嫌な予感がして止めたが、勇者の素早さは村人の比じゃない。止める前に立ち上がってた。

 「っ!」

 そして視界に入った姿に悲鳴を上げそうになった。寸前で何とか飲み込んだがなっ!
 っていうか顔もヤバかった。いや、顔のがヤバかった。原型どころか人としての姿すら疑いたくなるレベルだった。
 思わず何をどこまでったの!?と魔王をガン見するレベルでヤバかった。

 魔王はとっても良い笑顔で輝いていた。

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