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第35話 ドアをあけて

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 帰宅して。泣き腫らした重たい瞼をどうにかしようと、朝から熱いシャワーを浴びた。流れていく湯が気持ち良いが、色々考えているとまた涙が出てきそうで、勇気は何もかもを忘れるように首を振って、体を洗った。



 バスルームから出ると、部屋は少し寒い。それでも、なんとなく髪にドライヤーをあてる気分にならなくて、ルームウェアを着ると、肩にタオルを乗せたままぼんやりと床に座っていた。



 一緒にカップ焼きそばを食べた日のことを思い出す。いや、厳密に言えば一緒に食べれていないのだが。あんな嬉しそうに焼きそば食べる奴、初めて見た。あんなに美人なのに子供みたいにはしゃいで、ガッカリして、なんでも嬉しそうに、幸せにして。あんな奴、出会いたいと思ったって、この世に存在しないよな……。



 改めてそう考えると、またジワリとこみ上げてくるものがある。ううーー、と呻いてタオルで顔を覆っていると、ピンポーンとチャイムが鳴ったから飛び上がった。何か荷物を頼んでいただろうか? はいはい! と声を上げながら玄関に向かって、チェーンをかけたままドアを開く。



「ユウキ」



 そこに、エリスが笑顔で立っていたものだから、勇気は思わず玄関を閉めた。



「……は?!」



 それから数秒してから、勇気は驚きの声を上げた。おかしい。エリスは本国に帰って活動をしているはずだ。こんな所にいるわけがない。これは夢か、と首を激しく振っていると、「ユウキ、開けて」とノックされる。いつかと同じ状況だ。



 恐る恐るチェーンを外して、玄関をゆっくり開けると、「ユウキ~!」とエリスが勢いよく抱きついてきた。



「え、エル」



「もう、トウヤ君も、ユウキも、どうして、ドア閉めるの? シツレイシチャウワ」



 エリスはそう言いながらも笑顔で勇気を抱きしめている。その温もりに顔が熱くなる。色んなものが溢れそうになるのを、ぎゅっと目を閉じて堪えながら、「どうして、」とようやっとそれだけ絞り出すと、エリスが一度腕を離してくれた。



「どうもこうもしたもないよ」



 エリスはよくわからない慣用句を言いながら、玄関の鍵を勝手に閉めて、チェーンをかけている。防犯的な事はしっかりするんだな、と思いながら見ていると、エリスはむっとした顔で勇気を見る。



「ユウキ、おばか。ユウキには、オヨメサンがいる。だから、私、帰って来た」



「な、何? どういう意味?」



「そのままの意味!」



 怒っているのか、と思ったが、またエリスにぎゅっと抱きしめられて、勇気はわけがわからなくなった。



「え、エル~、俺にはよく、わからない……」



「なら、わかるまで、言って、あげる」



 抱きしめられたまま、子供をあやすように背中を撫でられる。身長差が有るから、まさしく親と子のようになっていないこともない。エリスの胸に顔を埋めているのは心地良くて、それだけで胸が温かくなってしまいそうだった。



「あのね、ユウキ。ユウキが、私にふさわしいかは、私が決めるコト。ユウキが決めるコト、違うよ。確かに私、色んな人と、仲良しなった。でもね、やっぱりユウキは特別。私を、大事にしてくれる。素敵な人。優しい、真面目、すごい人」



「そんなことない、だって俺、子供のままだし、」



「そうね、ちょっとおばか」



 エリスはそこについては否定しなかった。それでも、その言葉は呆れや侮蔑を含んでおらず、声は優しく、愛しげに続ける。



「あのね、ユウキ。子供なの、私も同じ。みんなに嫌われてる、怖い、思い込んで、逃げてばかりだった。今でもちょっと、怖いよ。でも、大丈夫って、言ってくれたの、ユウキ。ユウキに会えなかったら、私、今でも子供。だから、ユウキも子供で、大丈夫。何も悪くない、ね?」



「そう、かな……」



「そうだよ。私のパパンなんて、どうするの。あの人、大きな子供! じゃなかったら、あんなクレイジー、しないよ」



 だからね。エリスは優しく、勇気に言ってきかせるようにゆっくりと囁く。



「ユウキは、大切な人。それは絶対。ユウキも、私も、初めは勘違いしたかも、でも、私、ユウキの事が好き。前より、今のほうが、もっと好き。だから、ね。自分のこと、嫌ってあげないで。ユウキはとっても真面目で、良い子。私はユウキがいいの」



 ヨシ、ヨシ。後頭部を撫でられる。髪乾かしてないから、と言う声はうまく出せなかった。胸が苦しくて、上手く喋れない。また涙腺が熱くなってきて、喉がカラカラになって、どうにもならなかった。



「で、も、……っ、おれ、」



「でも、じゃないの。ねぇユウキ、私と一緒にいるの、嫌?」



「いやなんかじゃ、」



「じゃあ、好き?」



 だから、その質問の仕方は卑怯だ。勇気は上手く言葉が言えなくて、またボロボロ泣き始めた。もうどうにも耐えられなかった。



「好き……」



「ン。私のこと、好き?」



「す、好きだ、好きだエル、……っ、一緒にいたい……」



「なら、一緒にいよう~!」



「わ、わ?! エル!」



 颯爽と抱き上げられて、勇気は思わず声を上げた。いわゆる姫抱きにされて、顔が色んな意味で真っ赤になる。



「ふふ、かわいいユウキ! オジャマシマス」



「お、おろして、おろしてエル、恥ずかしい」



 エリスが勇気を姫抱きしたまま部屋の中に入っていく。不安定なのと恥ずかしいので、エリスの胸に縋り付いていると、ややしてベッドに下された。そしてその上から、エリスがのしかかってくる。



 まるで、押し倒されているみたいだ。エリスの長い金髪がするりと流れる。見上げるエリスの顔は相変わらず美しすぎる。エル、と名前を呼んだその唇に、ゆっくりエリスのそれが寄せられて、勇気は思わずぎゅっと目を瞑った。



 ちゅ、と優しくキスをされて。それから何度も、角度を変えながら、口付けを繰り返す。舌で唇を割られて、おずおず口を開くと、舌が侵入してきて、絡めとられる。



「んん、ん、え、る……っ」



 口付けの合間に名を呼ぶ。手を取られて、指と指も絡められた。何度も何度も深く口付けられて、酸素が足りず頭がクラクラする。体が反応し始めて、息も上がり、胸が、全身が熱くなっていく。愛しい、愛しい。繋がりたい、愛を確かめたい。細かいことなどどうでもよくなって、とにかく、この愛しい人と一つになりたいと、それだけでいっぱいになる。



「……ユウキ……」



 ようやく止めてくれたエリスが、ちゅ、ちゅ、とキスを顎や頬に落とした後で、耳元で囁く。



「SEX、しよ……?」



 そんな誘いをされて、断れるわけがない。勇気はたまらずこくこく頷いた。







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