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第23話 人の性
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「はあ? なんだい、そのいけすがないやつは」
勇気の話を聞いて、要は露骨に顔を歪めながら、鉄板の上の肉をひっくり返している。
二人は仕事が終わって焼肉屋に入っていた。勇気が「あったまきたから肉食うんで! おごるから行きましょ!!」と誘ったのだ。勇気はいい具合に焼けた肉をタレに漬け込んでガツガツと食べながら、「ホント腹立つ!」と唸った。
「金が目当てでエルと付き合ってんなら、もっと豪遊してるっての。こちとらラーメンとかナポリタンとか、カップ焼きそばで慎ましくデートしてんのに、なんだよアイツ!」
「それで、どうしたのさ、その紙切れ」
「突き返しましたよ! 彼とは良い友人だと思っていますから、お金も地位もいりませんって」
勇気は透夜にハッキリとそう伝えた。しかし透夜のほうは、ふぅん、と興味無さそうに頷いて、その紙をスーツの中にしまった。
「気が変わったらいつでも言ってくださいね、だって! 冗談じゃない、変わるかっての。俺は! エルが好きだから、付き合ってるだけなんだし」
むすっとした顔で、次々に牛肉を口に放りこむ。柔らかな牛肉から肉汁が溢れ出てなんとも幸せな気分になる。タレの味も絶妙だ。それを白い米と一緒に食べるのは至福。あとはビールがあればもう最高だが、その場にはウーロン茶しかない。
「まあでも、エルちゃんみたいな立場の子だったら、やっぱりお付き合いするって言っても、いろいろあるんじゃないの?」
「色々ってなんですか」
「そりゃ、色々さ。政略結婚とか、世間体とか、遺産相続とか。知らないけど」
そう言われて勇気は少し考える。エリスは御曹司だ。しかも長男。当然家督を継ぐのだろう。そうなれば、結婚相手はそれなりに厳選されるだろうし、仮に結婚したからには、仲良く夫婦生活をのんびりと過ごす、というような事にはならないかもしれない。
エリートや金持ちにはそれなりの「社交術」やなんかがあるのかもしれない。それは勇気には縁もゆかりも無い世界だ。もし、エリスが本気で勇気と関係を結んだとしたら、勇気にはその負担がのしかかってくる。
逆に、エリスが望んでいるように勇気のお嫁さんになったとする。そうすると、金持ちの子供であるが故に苦労を知らない人間が、うちに嫁いでくるという形になるんだろうか? いずれにしろ、もし勇気が女だった場合、確かに大変なスキャンダルかもしれない。
しかしながら。勇気は、男である。そもそも結婚できない。いかにエリスが「オヨメサン」に本気でなりたいと思っていたとしても。
「………………考えてたら憂鬱になってきた」
ぽつりと呟いた勇気の皿に、ポイポイと肉が放り込まれる。
「考えても無駄無駄、この世は所詮、セックスだよ。気持ちいいを追い求めるのが人間の性ってやつさ。食べ物にしろ、生き方にしろ、女にしろ、男にしろ。みんな綺麗事言ってるけど、結局はそういう事なの。気持ちいいだけ追い求めて、たまに手を取り合えた奴が深く繋がって一緒に過ごす。極々当たり前のことだよ」
「……要さんは、どうなんです? 今の……相手と、一緒にいる為ならなんでもします?」
「そりゃ、するよ。あの子、ほんとに可愛いからね。こんな気持ち初めてさ、愛おしいってこういう事なんだろうね。せっかく出会えたのに、つまらん事では手を離せないよ。その為なら努力もするし、仕事に責任感も持とうじゃないか。勇気君、どんどんお食べ。お互い今が正念場だろうからね」
ポイポイ放り込まれる肉を、慌てて食べながら、追加の肉を注文する。
「しかしそう考えると、そのいけすかない奴の本心が見えてくる気がするね」
「……と、言うと?」
要は玉ねぎやキャベツをタレにつけながら、得意げに答える。
「人間は気持ちいいの為にしか動かないということだよ。そうやって、勇気君に意地悪なことをして気持ちいいんだろ。問題はどうしてそれで気持ち良くなれるか、だ。そいつが生まれついてのドSでなければ、理由はあるはずだ」
「理由、ですか? 例えば?」
「自分は選ばれた人間だという自信、自負。だからこそ、勇気君を見下せる。問題は見下すだけで人間は気持ち良くなれないってことだ。犬より賢いからっていい気にはならないだろ、人間」
「はあ、まあそうですね」
「となれば、それなりに共感するところがあるから、いい気になれる。近しいものよりも自分が優れているから見下せるんだ。つまり、その男は平凡な勇気君のように、元は平凡な男だった可能性があるわけだね」
なるほど。勇気は興味深く頷いた。そうだ。エリスは天才だ。天才でエリートである彼は、凡庸な勇気を馬鹿になど一度もしなかった。それは彼がいい子だからかもしれないけれど、そもそも同じ土台に位置していないから、比較することもないのかもしれない。
「そして、見下しながらも君に敵意を向けていた、とする。敵意ってのは鏡なんだよね。自分が手に入れられなかったもの、あるいは自分が我慢しているのに相手が得ているものに対して沸き起こるんだ。だって自分に関係無いものにはそんな気持ち起こらないもんね」
「つまり……彼は俺を見下しているけど、俺が持っているものが欲しい……?」
「かもね? ってぐらいだよ。俺、専門家じゃないから」
勇気君、ホルモンが炭になってるよ。
黒焦げになったホルモンを見て、勇気は慌てて「食べていいのに!」と言ったが、「俺、ホルモン苦手」と言われ「僕もですよ、なんで注文したんですか!」と叫ぶ羽目になった。
いずれにせよ、透夜はクレイジーパパン・ザカリー氏の通訳をやっていると言っていた。もし、エリスの父と面会する事があれば、また会う事になるだろう。勇気は溜息を吐いて、黒こげのホルモンを口に放り込んだ。ただの炭だった。
勇気の話を聞いて、要は露骨に顔を歪めながら、鉄板の上の肉をひっくり返している。
二人は仕事が終わって焼肉屋に入っていた。勇気が「あったまきたから肉食うんで! おごるから行きましょ!!」と誘ったのだ。勇気はいい具合に焼けた肉をタレに漬け込んでガツガツと食べながら、「ホント腹立つ!」と唸った。
「金が目当てでエルと付き合ってんなら、もっと豪遊してるっての。こちとらラーメンとかナポリタンとか、カップ焼きそばで慎ましくデートしてんのに、なんだよアイツ!」
「それで、どうしたのさ、その紙切れ」
「突き返しましたよ! 彼とは良い友人だと思っていますから、お金も地位もいりませんって」
勇気は透夜にハッキリとそう伝えた。しかし透夜のほうは、ふぅん、と興味無さそうに頷いて、その紙をスーツの中にしまった。
「気が変わったらいつでも言ってくださいね、だって! 冗談じゃない、変わるかっての。俺は! エルが好きだから、付き合ってるだけなんだし」
むすっとした顔で、次々に牛肉を口に放りこむ。柔らかな牛肉から肉汁が溢れ出てなんとも幸せな気分になる。タレの味も絶妙だ。それを白い米と一緒に食べるのは至福。あとはビールがあればもう最高だが、その場にはウーロン茶しかない。
「まあでも、エルちゃんみたいな立場の子だったら、やっぱりお付き合いするって言っても、いろいろあるんじゃないの?」
「色々ってなんですか」
「そりゃ、色々さ。政略結婚とか、世間体とか、遺産相続とか。知らないけど」
そう言われて勇気は少し考える。エリスは御曹司だ。しかも長男。当然家督を継ぐのだろう。そうなれば、結婚相手はそれなりに厳選されるだろうし、仮に結婚したからには、仲良く夫婦生活をのんびりと過ごす、というような事にはならないかもしれない。
エリートや金持ちにはそれなりの「社交術」やなんかがあるのかもしれない。それは勇気には縁もゆかりも無い世界だ。もし、エリスが本気で勇気と関係を結んだとしたら、勇気にはその負担がのしかかってくる。
逆に、エリスが望んでいるように勇気のお嫁さんになったとする。そうすると、金持ちの子供であるが故に苦労を知らない人間が、うちに嫁いでくるという形になるんだろうか? いずれにしろ、もし勇気が女だった場合、確かに大変なスキャンダルかもしれない。
しかしながら。勇気は、男である。そもそも結婚できない。いかにエリスが「オヨメサン」に本気でなりたいと思っていたとしても。
「………………考えてたら憂鬱になってきた」
ぽつりと呟いた勇気の皿に、ポイポイと肉が放り込まれる。
「考えても無駄無駄、この世は所詮、セックスだよ。気持ちいいを追い求めるのが人間の性ってやつさ。食べ物にしろ、生き方にしろ、女にしろ、男にしろ。みんな綺麗事言ってるけど、結局はそういう事なの。気持ちいいだけ追い求めて、たまに手を取り合えた奴が深く繋がって一緒に過ごす。極々当たり前のことだよ」
「……要さんは、どうなんです? 今の……相手と、一緒にいる為ならなんでもします?」
「そりゃ、するよ。あの子、ほんとに可愛いからね。こんな気持ち初めてさ、愛おしいってこういう事なんだろうね。せっかく出会えたのに、つまらん事では手を離せないよ。その為なら努力もするし、仕事に責任感も持とうじゃないか。勇気君、どんどんお食べ。お互い今が正念場だろうからね」
ポイポイ放り込まれる肉を、慌てて食べながら、追加の肉を注文する。
「しかしそう考えると、そのいけすかない奴の本心が見えてくる気がするね」
「……と、言うと?」
要は玉ねぎやキャベツをタレにつけながら、得意げに答える。
「人間は気持ちいいの為にしか動かないということだよ。そうやって、勇気君に意地悪なことをして気持ちいいんだろ。問題はどうしてそれで気持ち良くなれるか、だ。そいつが生まれついてのドSでなければ、理由はあるはずだ」
「理由、ですか? 例えば?」
「自分は選ばれた人間だという自信、自負。だからこそ、勇気君を見下せる。問題は見下すだけで人間は気持ち良くなれないってことだ。犬より賢いからっていい気にはならないだろ、人間」
「はあ、まあそうですね」
「となれば、それなりに共感するところがあるから、いい気になれる。近しいものよりも自分が優れているから見下せるんだ。つまり、その男は平凡な勇気君のように、元は平凡な男だった可能性があるわけだね」
なるほど。勇気は興味深く頷いた。そうだ。エリスは天才だ。天才でエリートである彼は、凡庸な勇気を馬鹿になど一度もしなかった。それは彼がいい子だからかもしれないけれど、そもそも同じ土台に位置していないから、比較することもないのかもしれない。
「そして、見下しながらも君に敵意を向けていた、とする。敵意ってのは鏡なんだよね。自分が手に入れられなかったもの、あるいは自分が我慢しているのに相手が得ているものに対して沸き起こるんだ。だって自分に関係無いものにはそんな気持ち起こらないもんね」
「つまり……彼は俺を見下しているけど、俺が持っているものが欲しい……?」
「かもね? ってぐらいだよ。俺、専門家じゃないから」
勇気君、ホルモンが炭になってるよ。
黒焦げになったホルモンを見て、勇気は慌てて「食べていいのに!」と言ったが、「俺、ホルモン苦手」と言われ「僕もですよ、なんで注文したんですか!」と叫ぶ羽目になった。
いずれにせよ、透夜はクレイジーパパン・ザカリー氏の通訳をやっていると言っていた。もし、エリスの父と面会する事があれば、また会う事になるだろう。勇気は溜息を吐いて、黒こげのホルモンを口に放り込んだ。ただの炭だった。
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