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第21話 unknown
しおりを挟む仕事が終わって。ニャインでエリスにメッセージを送った。大丈夫か? と。
きっとエリスも大変な思いをしているのだろう、でなければあんな剣幕で怒ったりはしない。だから、何が起こっているのか問い詰めることはあえてしなかった。それはトラストミーと言っていた彼を、追い詰めるだけなような気がして。
少しすると、既読がついた。それから、エリスは「ユウキ」「テル」「OK?」と一行ずつのメッセージを送ってきた。だから、OKと返事をすると、すぐに通話がかかってくる。
『あ、……ユウキ、ごめんね?』
「いいんだよ。それより、大丈夫か? エルも苦労してるんじゃ……」
『ううん、私は、大丈夫。いつものこと、あの人、クレイジーだから』
クレイジーなパパンとやらに困らされるのは、今に始まった事ではないようだ。勇気は溜息を吐いて首を振った。いつもだからといって、大丈夫ということもないだろう。
「一人で無理するなよ、もし俺にできることがあったら……」
『ありがとう。ユウキ、いい人』
「いや、そんな事は」
『いい人』
言って聞かせるように繰り返されて、勇気もそれを受け入れざるをえなかった。言葉に詰まると、エリスが『あのね』とゆっくり言う。
『パパン、クレイジー。パパン、私にトモダチ、できて嬉しい』
「ん?」
『パパンも、トモダチ、いなかった。だから、私のこと、心配してた。それで、トモダチできた、報告した。そしたら、パパン、大喜び。私とユウキ、ずっと一緒に、いられるように、したい。会社、買う、私が、社長。ユウキは、副社長』
「………………ハァ?!」
笑えない冗談だ。入社一年目、雑用ばかりでロクに本業の事もさせてもらっていないのに、副社長。それも、かわいい息子の初めての友達と、一緒にいられるようにだって?
「なんだよその、………………父親と息子の場合ってなんて言うんだ? サンコン? 聞いたことないぞ。いや、有るっちゃ有るけど、絶対違う奴だ」
『パパン、クレイジー。喜ぶと、思ってる。ユウキ、嬉しい? 副社長』
「そんなわけ、」
ない、と答えようとして、いや待てよ、と妄想する。あの人身売買部長よりも上の立場になって、文字通り逆玉の輿になり、もうなんも考えないで踏ん反り返っていればお金が貰える暮らしになるのか……? 一瞬考えて、それは宝くじでも当たったような心地だろうな、と思ってから、ブンブン首を振る。
そんなの、そんなのは、違う。
「俺は、望まないよ、エル。なんとかしてエルのお父さんには思い直してもらわないと……」
『そうだよね。大丈夫、私に、任せて。週末、なんとかする、それまで、がんばって。私も、がんばる』
その時。スマホの向こうから、何かアナウンスが聞こえてきた。アメリカ便が、どうとかこうとか。
「……エル?」
よく耳を澄ませてみれば、向こうはなにやらガヤガヤと騒がしい。まるで、空港にでもいるようだ。
「……エル、今、何処にいる?」
『……ユウキ、私、しばらく連絡、無理。でも、トラストミー。大丈夫、なんとかする』
「エル、国に帰るのか?!」
『ごめん、そろそろ、行かないと』
「待てよ、俺に何も言わずに行くつもりだったのか?!」
そんな大事なことを、言わずに。突然の別れに動揺する勇気に、エリスは困ったように答える。
『ごめん、ユウキ。私、トモダチ、初めて。わからなかった』
「あ、ああ、いや、怒ってるんじゃない、ないんだ、でも」
『ごめんね、ユウキ、時間』
ありがとうね。
エリスはそう言って通話を切った。勇気が慌ててかけ直しても、もう電源を切ってしまったのか、エリスが出る事は無かった。
あまりに突然の別れ。勇気は呆然と、ニャインの画面を見ながら、がっくりとうなだれることしかできなかった。
本国に帰って、お父さんを説得するつもりなのだろうか? いや、確か父親の牧野・ハロルド・ザカリー氏は日本に居るはず……。だとしたら、何のために国に戻るんだ?
そこまで考えて、勇気は愕然とした。
俺は、エルのことを全然知らない。
ここ数ヶ月、何度も会って話をした筈だ。その度、エリスは勇気の話を聞きたがり、勇気の方も彼の気が済むまで自分の話をした。ところが、エリスのほうは、自分のことを言わなかった。勇気の知っている事は、インターネットにも載っているエリスの表面的な部分だ。
クレイジーなパパンとやらが、どうクレイジーなのか、とか。母親はどんな人とか。どんな人生を送って、何が好きで、向こうではどんな会社を経営していて、どうして日本では経営に関わることに乗り気でないのか、とか。何も知らない。だから、本国に帰って彼が何をしようとしているのかもわからない。
「……ああ、クソ!」
勇気は図らずも、エリスと同じ罵声を誰も居ない空間に吐き出した。
エルに会いたい。エルに聞きたい、何を考えていて、どうしてそうしたのか、何故何も言ってくれなかったのか。エルはどんな人間なのか。家族のこと、大切な思い出、好きな音楽、本国ではどんな暮らしをしていたのか。
どうして、こんな自分を、あんなにまで愛してくれるのか。
何も知らないままだ。何も。今でさえ、わからないまま。
勇気は、ぐっと唇を噛み締めて、ニャインにメッセージを書き残した。
もし可能なら、エルのパパンと会って話がしたい。俺はエルの友達だけど、そんなやり方で友情を繋ぎ止めようとするのは、間違ってるって。
既読は、つかないままだった。
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