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第7話 ナポリタン

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 夕飯に予約したのは古い喫茶店だった。老舗の喫茶店はしっとりとした昭和のクラシカルな雰囲気が有って、居心地がいい。ジャズの流れる店内にエリスと入る。勇気の服装は前とほぼ変わっていなかったが、エリスのほうは男なのに髪を少々編み込みなどもしていたし、先日と雰囲気は似ていても違う服を着ていた。



 この店はコーヒーやケーキ、それに軽食も人気らしい。興味深そうにきょろきょろと店内を見ているエリスの代わりに、ウェイターにナポリタンを二つ頼んだ。



 料理が来るまで、何を話そうか、と考えて、とりあえず何故ナポリタンが食べたかったのか尋ねた。どうも母親の影響らしい。



 彼の日本人の母は、アメリカに行ってエリスの子育てをしている間、よく日本の話をして聞かせたそうだ。英語も流暢に話せる彼の母は、エリスが望むままに日本語を教えた。おかげである程度は話せるようになっていたらしい。



 エリスは日本への憧れを強くしていき、21歳になって、ようやく父と共に訪日を果たしたというわけだ。たっぷり90日の滞在ビザも取って、日本ライフを満喫しようと思っていたのに、大変な問題に気付いた。



 エリスには友人がいない。大切な日本滞在を、一人ぼっちで過ごすことが、何故だか急に憂鬱に思えてきたのだ。父が連れて行ってくれたのは、異業種交流会ぐらいで、いずれ日本でも企業経営をしてもらわないと、などと言われて、とても落ち込んできた。そんな時に、エリスと勇気は出会った。



「ユウキ、オウジサマ」



「そ、その言い方よしてくれよ、俺は別に……」



「オウジサマ、色んなところ、連れて行ってくれる。アリガトウ」



 ナポリタン、とても楽しみ。エリスはニコニコと微笑んでいて、本当に嬉しいのだと全身から伝えてくる。こんな奴が他の人間の前では蝋人形みたいになるっているんだから、不思議なものだと思う。



「その、……本当に友達、いないのか? 一人も?」



「うん、一人も、いないよ。ユウキ、初めての、オトモダチ」



「エルが友達作りたくなかったのか?」



「ううん。私、友達、ほしかった」



「でもいないのか」



「そう」



 それはかわいそうなことだ。世の中には一人で生きていくほうが好きだという人間もいるから、エリスがそうであるなら勇気も構わないと思う。しかし、エリスは友達が欲しかった。



 こんな美人で、頭が良くて、金があって。それでも孤独だというのは、どうにも悲しいことだと勇気は思った。



「どうして、友達できなかったんだと思う?」



「ん、私、嫌われてる」



「嫌われてるって、なんで?」



「わからない、でも」



 椅子に座るとみんなが隣を避ける。目を合わせてくれない、話しかけてくれない。だからエリスはすっかり自分が嫌われているものだと思って、自信を失ってしまったらしい。それでますます、人と話す時に無表情の無抑揚になってしまったようだった。



「それもう絶対、エルが美人すぎるからだしな……」



「美人すぎると、嫌われる?」



「そうじゃなくて……なんて言えばいいんだろうなあ、確かに」



 日本語では高嶺の花って言うんだけど。勇気の言葉に、タカネノハナ、と繰り返して、ドゥードゥル翻訳をかけている。結果は微妙だったらしい。腑に落ちない顔をして、勇気を見てくる。



「ユウキは、私のこと、嫌いじゃない?」



「嫌いじゃないよ、別に」



「じゃ、好き?」



「そうは言ってないけど、」



「好き、じゃない?」



 これは日本語の妙だ。好き、の反対語は嫌いだ。しかし好きじゃないも嫌いだ。普通にはならない。だが普通と答えることが、エリスを安心させる方法になるだろうか? 勇気は悩みに悩んで、「ライクっていう意味で好きだよ。友達としてね」と答えた。















「二軒目、二軒目」



 エリスが嬉しそうにテーブルについて、笑った。



 結論から言えば、エリスはナポリタンをとても喜んで食べた。美味しい美味しいと何度も言っているのを見ると、勇気もなんだか嬉しくなったほどだ。



 そして、エリスの望み通り、喫茶店の後で二軒目に行くことになった。安いのが売りの焼き鳥チェーン店にした。ナポリタンの後でガッツリ食べられるとも思えないから、適当におつまみでも食べながら過ごそうと思っている。なにせ、酒は飲めないのだから。



「ユウキ、何飲む?」



「俺はウーロン茶……」



「ウーロンチャ? お酒、いいの?」



「誘惑しないで……俺、またエルにあんな事したら大変だし……」



「私、別に、いいよ?」



「俺がよくないのっ」



 顔を赤らめたエリスにそう言って、勇気はウーロン茶を注文する。エリスは何かサワーを頼んでいた。そういえば、エリスは酔い潰れたりしないんだろうか。



「エル、あんまり呑みすぎるなよ?」



「うん、うん、大丈夫。私、お酒、好き」



「なんも大丈夫じゃない」



「ユウキ、ホントに呑まない? 一口も?」



 う、と心が揺らぐ。酒は好きだ。正直に言えば、一週間の疲れを発散したい。それに、要もおかしな様子は無かったと言っていた。少しだけなら、呑んでも大丈夫かもしれない。



 ……いやいや! その油断が命取りになるんだ。勇気は強い気持ちで「呑まない!」と宣言した。



「残念」



 エリスは本当に残念そうにそう言った。すぐにグラスが届けられる。「何が残念なんだよ」と問うと、エリスは「だって」と言いながらグラスを持つ。



「オトモダチと乾杯、楽しい。私、ユウキと呑むの、好き」



「……そういうこと言われると、心が揺れるから……」



 ウーロン茶のグラスを持ちながら、心苦しくなる。彼は純粋に友達との呑みを楽しみたいと言っているのに、それに応えられない。



「ごめんな、エル。でもやっぱり俺、意識の無いところでエルにあんなことするのって、無責任で嫌っていうか……」



「じゃ、お酒無しで、したらいいね」



「いや、しない、お友達はあんなことしない」



 とりあえず、乾杯!



 エリスにグラスを近付けると、彼は微笑んで、日本式の乾杯に応じてくれた。



 エリスと日本の文化や、勇気のこれまでの経験の話をするのは楽しかった。エリスはどんな話も子供のように素直に、目を輝かせて聞いてくれた。わからないことはスマホで調べたりしながら、いつまでも真剣に、楽しそうに、頷いてくれるエリスと過ごす時間を心地良く感じたし、そんな彼に対して本当に、好意を持てた。















「……はああ?!」



 気付くと勇気はエリスを組み敷いていた。しかも完全に手遅れだ。そこは知らないホテルのスイートルームっぽいところだし、お互い真っ裸でしかも汗だくだ。うつ伏せに転がっているエリスは何故だか口になんだかわからない布を噛ませられているし、涙目で震えている。



「はあ?! 俺、えっ、ハァ?!」



 妙な感覚に気付いて自分を見れば、エリスのナカに自分のナニを挿れたままだ。慌ててぬるんと引き抜くと、幸いにもゴムはしているようだったが、そんなことは些細な問題だ。



「なんで?! どうして?!」



 酒は飲んでないハズなのに、どうしてこんなことに。あとどうして俺はエリスの口を塞いでんだ。



 勇気は慌ててエリスの口を解放してやる。どうやらバスローブの幅広のヒモか何かを噛ませられていたらしいエリスは、うっとりとした顔で勇気を見上げる。



「ユウキ……」



「や、やめて……何も言わないで、ちょっと整理させて」



「今日も、激しかった……」



「やめてぇ!!」



 勇気は頭を抱えて、それから、「俺のバカあ!」と叫んだ。



 話が弾んできた時に、勇気が間違えてエリスのグラスを口にしてしまったことが発端だと知るのは、それから少ししてからのことだ。
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