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第4話 牧野・ハロルド・エリス

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「いやー、勇気君、何もかも誤解だったみたいで、本当に良かったよ!」



 先日は通夜みたいな顔をしていた部長が、ケラケラと笑いながら肩を叩いてくる。勇気が出社する頃には、マキノ商事の社長の脅しは勘違いで、まして御息女ではなく御子息だったし、友人を探していただけらしい、という話で、上層部はまとまっているらしかった。



 勇気は「はあ、そうですね」と生返事をしながら、仕事場の机に向かった。テメェらが人を生贄にしようとしたことは一生忘れねえからな、と思いつつ、パソコンを立ち上げる。



 医療・介護関係のシステム開発や運用を行う会社の中で、勇気の仕事は主に雑用だ。と言ってもお茶汲み等ではない。先輩達が時間を割くほどでもない文章を作成したり、表を作ったりとパソコンに向かっている時間がとても長い。その合間に、勇気はコソコソとエリスの事を調べた。



 そもそもエリスの事を知るには、マキノ商事について知らなければならない。マキノ商事はその名の通り牧野何某なにがしという日本人の作った会社だ。元々は運送業だったようだが、色々あって倒産の危機だったところ、今の社長であるアメリカ人の男、つまりエリスの「頭がクレイジーなパパン」が婿養子にやって来たというわけだ。



 そのパパンの経営手腕は凄まじく、社長になって数年で会社は黒字化どころか他社を買収して拡大し始めた。それもそのはず、アメリカでは敏腕若手経営者として世間を騒がせていたらしい。マキノ商事が安定すると彼は本国に戻って活動をしていたが、今年に入って愛息子の牧野・ハロルド・エリスを連れて帰国した。



 エリスは父親の白人らしさと母親の美しさを兼ね備えた超人で、某有名大学を主席で卒業、すぐに父に倣って経営者を始め、本国では21歳にして既に3社の代表をしているらしい。日本に来たのはマキノ商事の社長を交代するためだとか噂されているが、真相はわからない。とにかく、そんな色んな寵愛を一身に受けた天才児なのだ。



 そして勇気は、そういう男を、いつの間にか抱いてしまった。



「あああぁああ」



 時々思い出して頭を抱える。酒の席での過ちとはいえ、本当に最悪のことをした。人としてあってはならない事だ。エリスが全く嫌がっていないからよかったものの、下手をしたら国際犯罪だ。勇気はもう二度と酒は飲まないと名も知らぬ神に誓った。



 と。



「勇気君、お客さんだよ」



 同僚に声をかけられて、勇気は驚いた。平ひらの新入社員である勇気に、来客など有り得ない。思わず「私にですか?」と問い直すと、「今、応接間に居るみたいだけど、なんでも外国人らしくて」



 と言われて、勇気は青褪めて立ち上がった。











「あ、ユウキ」



 応接室には案の定エリスが座っていた。ブランドものなのか小綺麗なスーツスタイルの彼は、モデルのように美しい。このまま雑誌の表紙やポスターになりそうなほどだ。勇気はといえば、「新社会人のスーツ5点セット1万円!」とかそういう売り文句が似合いそうだ。



「あ、あの、エリスさん」



「エル、でいいよ」



「……え、エル、どうしてここに……?」



「だって、ユウキが、オトモダチしよっていうのに、連絡、教えてくれないから……」



 そういえばそうだった。結局後悔と共に別れただけで、連絡先の一つも交換しなかった。それは、そうだが。



「そ、……あの、それは悪かったですけど、私、今、仕事中なんですよ……!」



 職場に客として押しかけてまで連絡先を聞きに来るなど、横暴にも程がある。ユウキの望むと望まないとに関わらず、バレたら大変なことだ。



「あー! そうか、ごめんね、ユウキ」



「ごめんね、って、か、軽……」



「パパンに、ユウキの会社、イイトコって、伝えておくから、許して?」



「それ大丈夫なやつなんですか?! と、とにかく、連絡先なら教えますよ、えっと、SNSでいいですか? 何ならわかるんだろう……」



 スマホを開いてSNSの一覧を見ながら言うと、「ニャイン、使える」と某SNSの名前を言ったので、それで友達登録を手短に済ませた。「おー」と嬉しそうに笑ったエリスは子供のようで、勇気も思わず笑いそうになってまた首を振った。このおかしな外国人のペースに乗せられては、どこまでもズルズル流されてしまう。



「とにかく、これでもう用は終わりましたよね? お引き取り頂いて……」



「ユウキ」



「まだ何か有るんですか」



「オトモダチ、しよ」



 お友達をしよう、と言われても。勇気が困惑していると、エリスがずいと身を寄せてきた。思わず「ひっ」と悲鳴を上げる。キスか、それともスキンシップやそれ以上のことを求められるのかと焦っていると、エリスは微笑んで言った。



「今夜、メシ、いこ?」



「め、メシ」



「? メシ、違った? 夜の、ごはん」



「や、合ってる、合ってます……。……わ、わかりました、今夜、ですね、……19時なら行けますよ」



「ジュークジ」



「あ、えーと」



 19時ってなんていうんだっけ、と英語を思い出していると、エリスがスマホに向かって「くっくどぅーどぅるどぅー!」と鳴き始めた。



 最近大手検索サイト「ドゥードゥル」が始めたスマホアプリを起動する呪文だ。英語でニワトリの鳴き声、「クックドゥードゥルドゥー」と言えば、アシスタントが助けてくれる。便利なものだが、何故人類はスマホに向かってニワトリの声真似をしなければいけなくなったのだろうか。不可思議だ。



「ジュークジ、を、英語で」



 エリスがスマホに向かってカタコトの日本語で英語を聞いている、なんとも意味のわからない状況だ。それでも伝わったらしい。エリスは「OK」と嬉しそうに勇気に微笑んだ。



 そんなこんなでエリスは帰って行った。アイツ、本当に連絡先だけ聞きに来たんだ……と呆れながら、勇気は応接室を後にする。



「勇気君、終わったの?」



 エリスを案内したらしい受付の女性が声をかけてくる。「あ、はい、すいません、ありがとうございます」と頭を下げていると「よかったあ」と彼女は苦笑した。



「なんていうか、外国人ってやたらテンション高かったり、いつも笑顔って感じじゃない?」



「ああ、まあ、そうですよね」



「彼ってば、蝋人形みたいに無表情だし、リスニングのテストみたいに無機質で抑揚の無い喋り方なんだもの、あんな怖い外国人初めてよ。勇気君、大丈夫? いじめられなかった?」



「……え?」



 無表情、無機質。



 それはエリスとは正反対の言葉で、勇気は目を丸くした。
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