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3-2 功徳
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「ひぃっ」
誰かひとりが悲鳴を上げたのが、合図だったように。黒い影がひとりの男を貫く。再びの、血飛沫。断末魔さえ上げずに絶命した男の姿に、俺を抑え込んでいた者も、残りの数人も蜘蛛の子を散らすように、「化け物!」と叫びながら家から逃げようとする。その背中をひとり、またひとりと影が刺し貫いた。
「……っ、し、心光!」
俺はようやっと我に返って、心光の名を呼ぶ。
「心光、待てっ、心光!」
しかし、心光は俺の声など届かないように微笑みを浮かべたまま、うっとりとした様子でそこに佇んでいるばかりだ。その間にも影が伸びて、家の外に逃げた男まで刺し貫く音が響く。
俺は、どうしていいかわからずただ立ち尽くしていたけれど。
「お、お助けを、お許しを……っ」
足元で小さな声がして、はっとそちらに視線をやる。逃げ遅れた男がひとり、床で震えているのが見えた。すぐさま心光に目を戻せば、彼もまたゆっくりとその男に顔を向ける。
その表情は、まるで仏像のように穏やかで、慈愛に満ちていた。
「……っ! 心光、だめだ! 待て!」
俺は咄嗟に男に覆い被さる。自分も貫かれて死ぬかもしれない、とは一瞬考えたが、それならとうの昔にそうされているだろう。心光の中に、俺へのなにか情のようなものがあると信じたかった。
実際、心光は俺たちを見るばかりで影を差し向けてはこなかった。見れば、彼は不思議そうに顔を傾げている。真っ暗なはずの家の中で、心光の白い顔と、赤い瞳ばかりが浮き出すようで、それは恐ろしいのにどこか淫靡なものでもあった。
「蘇芳、どうしてその罪人を庇うのですか……?」
心光は穏やかな声で問う。俺は何と答えていいかわからず、少しの間言葉を選んだ。俺の下では、憐れな男がしくしくと幼子のように泣き、震えている。心光がそうしようと思えば、この男も一瞬であの世へいってしまうのだろう。
「……た、確かに罪人かもしれない……。恐らく野盗か何かなんだろう、こいつらは。だが、命を奪うことは……」
「何を仰るのです? 蘇芳……。わたくしは、命を奪っているのではございません。浄土への引導を渡しているのでございます……」
心光は歌うように優しい声音でそう囁いた。
「同じことだろう! 殺生はお前たち僧がすべきことじゃない」
「いいえ、違うことでございますよ。蘇芳は知らないのですね。今生が既に奈落だと……」
「何を言ってるんだ、心光……」
すると心光は、ゆっくりと目を閉ざし、その手を合わせ天を仰ぎ見る。そこには暗い天井が広がるばかりだったが、俺にはどうしたことか無数の星が見えるような気がした。
「かつて天からの災いにより、都を始めこの地には、飢えと病がはびこりました。それが故に人心は乱れ、穢れなき御霊は欲と煩悩に満ちております。人を貶め呪う、この世の「鬼」と化した罪人たちで溢れかえっているのです。そう、この世こそは無数の鬼の住まう「地獄」なれば……」
心光が再び目を見開く。その真っ赤な瞳が、俺を貫くように見据えた。俺の下で震えている男までもを、射貫くように。
「その罪人たちを、正しき仏の道へと導くのも私の務め。これは殺生にはございません。功徳というのですよ……?」
「……っ、詭弁は、よせ。こんなに泣き震えて、過ちを詫びている人間まで殺す必要はないだろう! そもそも、殺した相手をお前は……!」
彼の言うことが正しいのであれば、死者は正しく次の生へと向かうべく弔われるはずだ。ましてや食事と称して血を吸われるようなこともあるはずがない。しかし、心光はそうする。
「お前は自分が脅かされたから殺して、腹が減ったから食っているだけだろう、それ以上の意味など無い……っ。頼む、もう二度と道を踏み外さないと約束させる。だからこいつだけでいい、見逃してやってくれ……!」
「…………」
心光はしばらく答えなかった。
誰かひとりが悲鳴を上げたのが、合図だったように。黒い影がひとりの男を貫く。再びの、血飛沫。断末魔さえ上げずに絶命した男の姿に、俺を抑え込んでいた者も、残りの数人も蜘蛛の子を散らすように、「化け物!」と叫びながら家から逃げようとする。その背中をひとり、またひとりと影が刺し貫いた。
「……っ、し、心光!」
俺はようやっと我に返って、心光の名を呼ぶ。
「心光、待てっ、心光!」
しかし、心光は俺の声など届かないように微笑みを浮かべたまま、うっとりとした様子でそこに佇んでいるばかりだ。その間にも影が伸びて、家の外に逃げた男まで刺し貫く音が響く。
俺は、どうしていいかわからずただ立ち尽くしていたけれど。
「お、お助けを、お許しを……っ」
足元で小さな声がして、はっとそちらに視線をやる。逃げ遅れた男がひとり、床で震えているのが見えた。すぐさま心光に目を戻せば、彼もまたゆっくりとその男に顔を向ける。
その表情は、まるで仏像のように穏やかで、慈愛に満ちていた。
「……っ! 心光、だめだ! 待て!」
俺は咄嗟に男に覆い被さる。自分も貫かれて死ぬかもしれない、とは一瞬考えたが、それならとうの昔にそうされているだろう。心光の中に、俺へのなにか情のようなものがあると信じたかった。
実際、心光は俺たちを見るばかりで影を差し向けてはこなかった。見れば、彼は不思議そうに顔を傾げている。真っ暗なはずの家の中で、心光の白い顔と、赤い瞳ばかりが浮き出すようで、それは恐ろしいのにどこか淫靡なものでもあった。
「蘇芳、どうしてその罪人を庇うのですか……?」
心光は穏やかな声で問う。俺は何と答えていいかわからず、少しの間言葉を選んだ。俺の下では、憐れな男がしくしくと幼子のように泣き、震えている。心光がそうしようと思えば、この男も一瞬であの世へいってしまうのだろう。
「……た、確かに罪人かもしれない……。恐らく野盗か何かなんだろう、こいつらは。だが、命を奪うことは……」
「何を仰るのです? 蘇芳……。わたくしは、命を奪っているのではございません。浄土への引導を渡しているのでございます……」
心光は歌うように優しい声音でそう囁いた。
「同じことだろう! 殺生はお前たち僧がすべきことじゃない」
「いいえ、違うことでございますよ。蘇芳は知らないのですね。今生が既に奈落だと……」
「何を言ってるんだ、心光……」
すると心光は、ゆっくりと目を閉ざし、その手を合わせ天を仰ぎ見る。そこには暗い天井が広がるばかりだったが、俺にはどうしたことか無数の星が見えるような気がした。
「かつて天からの災いにより、都を始めこの地には、飢えと病がはびこりました。それが故に人心は乱れ、穢れなき御霊は欲と煩悩に満ちております。人を貶め呪う、この世の「鬼」と化した罪人たちで溢れかえっているのです。そう、この世こそは無数の鬼の住まう「地獄」なれば……」
心光が再び目を見開く。その真っ赤な瞳が、俺を貫くように見据えた。俺の下で震えている男までもを、射貫くように。
「その罪人たちを、正しき仏の道へと導くのも私の務め。これは殺生にはございません。功徳というのですよ……?」
「……っ、詭弁は、よせ。こんなに泣き震えて、過ちを詫びている人間まで殺す必要はないだろう! そもそも、殺した相手をお前は……!」
彼の言うことが正しいのであれば、死者は正しく次の生へと向かうべく弔われるはずだ。ましてや食事と称して血を吸われるようなこともあるはずがない。しかし、心光はそうする。
「お前は自分が脅かされたから殺して、腹が減ったから食っているだけだろう、それ以上の意味など無い……っ。頼む、もう二度と道を踏み外さないと約束させる。だからこいつだけでいい、見逃してやってくれ……!」
「…………」
心光はしばらく答えなかった。
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