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第19話 その男、ラド
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ユウがシャンティの小屋を訪れた時、確かに違和感は有った。
例えば空気。いつもしっとりと穏やかな森の空気が、少しざわついているような。まるで嵐の前のように、枝葉が揺れて少々不気味だった。それに肌寒い気がする。天気は悪くなかったはずだからユウは首を傾げたが、この森の天気は変わりやすいのでそこまでは気にかけなかった。
そして、シャンティの小屋の入り口が、半開きになっていたこと。彼はあれでいて扉はしっかりと閉める。人間と暮らしていた頃の名残かもしれないが、ぼんやりした様子なのに、ところどころ根が几帳面なところが見えた。
ユウは少しだけ不思議に思いながら、いつものように「シャンティ」と声をかけて小屋に入った。
「来たよ、シャンティ。今日はそんなに依頼が無いから……シャンティ?」
シャンティが街に来てから1週間程が経っている。ペンダントのおかげか否か、平穏な日々を過ごしたユウは、シャンティに土産を持って来た。果実酒だ。食事を嫌がるシャンティも、甘い飲み物なら喜んで飲んだ。だから一緒に、と思って大事に持って来たのだが、いつもの薄暗いリビングにシャンティの姿はない。
それどころか、返事も無い。小屋は無人のようにひっそりと静まり返っている。鞄をテーブルの上に置いて「シャンティ」ともう一度名を呼んだが、やはり返事は無い。それに、働き者のドライアドの姿もない。
ーーいや。
「ドライアド? お前らどうしたんだよ、そんな……」
ドライアドが数匹、リビングの隅に隠れているのを見つけた。彼らは身を寄せ合って、袋や棚の隙間に隠れようとしているようだった。まるで何かから逃げようとするかのように。ユウは何か言い知れぬ不安を感じて、「シャンティ!」と名を呼んで彼の姿を探した。
シャンティは寝室の床に、うつ伏せに倒れていた。
「シャンティ! どうしたんだよ」
慌てて駆け寄って、その体を抱き起こす。顔を覗き込むと、眼が合ったから意識はあるようだ。はあはあと荒い呼吸を繰り返していて、苦しそうだ。ユウはすぐに彼を抱き上げて、寝台の上へと運んでやることにした。
エルフは見た目よりも軽い。以前「エルフは人の外見は真似しましたが、内臓まではよくわからなかったのですよ」と、嘘とも真実とも取れない説明を受けたのを思い出す。
不死身のエルフが体調を崩すなんて、聞いたこともない。2年間、それなりの時間を共に過ごしたが、こんなことは初めてだ。エルフの体はすこぶる丈夫で、「生きてないのだから体調も崩れるはずがないでしょう」とシャンティも言っていた。
なのに、今の彼はとても苦しげだ。熱でもあるのか触れた体は熱くて、額には汗が滲んでいるし、紫の瞳は潤んでいる。
「シャンティ、どうした? 俺になんか、できることある?」
エルフの看病というのはどうしたらいいのか。困っていると、シャンティは「ユウ……」と力無く名を呼び、ややして身を守るように体を縮こめ、寝台の上で背を向けてしまった。
「シャンティ、俺、」
「ユウ、帰って下さい……」
「えっ」
「お願い、帰って、私に近寄らないで……」
シャンティが切羽詰まった様子で、そう漏らす。その言葉があんまり切ない声音だから、ユウはこの場に留まることを一瞬躊躇した。そんな風に言うシャンティは初めてだ。何か事情が有るのだろう。だが、いつもあんなに大切にしてくれるシャンティが苦しんでいるのを見て、はいそうですかと帰る気にはなれなかった。
「シャンティ、俺、力になりたいんだ。なれるかはわからないけど……」
「ユウ、お願い……、お願いですから、そっとしておいて……っ」
震える声で逃げようとするのを、どうするかユウは悩んだ。エルフのことはよくわからない。シャンティのことだって。シャンティがそう言うなら、その通りにしたほうが彼の為なのかもしれない。けれど、事情も何もわからないまま見捨てることなど、ユウにはできなかった。
これまでシャンティに守られてきた。だから、ユウも彼を守りたかったのだ。
「シャンティ、俺やだよ。俺が初めてここに来た夜、シャンティは俺が来ないでって言ってもそばにいてくれたろ? 俺だってシャンティのこと、助けられるなら助けたいし……。もしそれができないなら、何が起こってるのかだけでも教えてくれよ、心配なんだ」
「……ユウ……」
シャンティは震える声で名を呼ぶと、視線だけをユウに向けた。その瞳が濡れている。まるで、夜、体を重ねている時のように。そう考えて、ユウはようやっと彼がどうなっているのか、一つの推測を得た。
「……シャンティ、まさか」
発情してるの。そう問いかける前に、腕を掴まれて引き寄せられる。寝台に引き倒され、そのまま馬乗りになられて、ユウは目を見開いた。こんな俊敏なシャンティを見たことがない。いつものろのろと、夢の中を生きているような彼が、性急にユウを押し倒して、その上に乗っているのだ。
見上げた姿は乱れた髪も相まって、扇情的に過ぎた。はだけた衣服をしゅるりと脱ぎ捨て、熱いため息を吐きながら、ユウを見下ろしている。
「しゃ、んてぃ……」
その色香に思わずユウの若い雄が反応する。しかしこんなこと、これまで一度も無かった。シャンティに何があったのかもわからない。生き物ではないと豪語するエルフにも、発情期などがあるのだろうか? 何もわからないまま、ユウは彼の名を呼んだが、シャンティは返事もせずに、ユウの白い体にしなだれかかって、その体を愛撫した。
例えば空気。いつもしっとりと穏やかな森の空気が、少しざわついているような。まるで嵐の前のように、枝葉が揺れて少々不気味だった。それに肌寒い気がする。天気は悪くなかったはずだからユウは首を傾げたが、この森の天気は変わりやすいのでそこまでは気にかけなかった。
そして、シャンティの小屋の入り口が、半開きになっていたこと。彼はあれでいて扉はしっかりと閉める。人間と暮らしていた頃の名残かもしれないが、ぼんやりした様子なのに、ところどころ根が几帳面なところが見えた。
ユウは少しだけ不思議に思いながら、いつものように「シャンティ」と声をかけて小屋に入った。
「来たよ、シャンティ。今日はそんなに依頼が無いから……シャンティ?」
シャンティが街に来てから1週間程が経っている。ペンダントのおかげか否か、平穏な日々を過ごしたユウは、シャンティに土産を持って来た。果実酒だ。食事を嫌がるシャンティも、甘い飲み物なら喜んで飲んだ。だから一緒に、と思って大事に持って来たのだが、いつもの薄暗いリビングにシャンティの姿はない。
それどころか、返事も無い。小屋は無人のようにひっそりと静まり返っている。鞄をテーブルの上に置いて「シャンティ」ともう一度名を呼んだが、やはり返事は無い。それに、働き者のドライアドの姿もない。
ーーいや。
「ドライアド? お前らどうしたんだよ、そんな……」
ドライアドが数匹、リビングの隅に隠れているのを見つけた。彼らは身を寄せ合って、袋や棚の隙間に隠れようとしているようだった。まるで何かから逃げようとするかのように。ユウは何か言い知れぬ不安を感じて、「シャンティ!」と名を呼んで彼の姿を探した。
シャンティは寝室の床に、うつ伏せに倒れていた。
「シャンティ! どうしたんだよ」
慌てて駆け寄って、その体を抱き起こす。顔を覗き込むと、眼が合ったから意識はあるようだ。はあはあと荒い呼吸を繰り返していて、苦しそうだ。ユウはすぐに彼を抱き上げて、寝台の上へと運んでやることにした。
エルフは見た目よりも軽い。以前「エルフは人の外見は真似しましたが、内臓まではよくわからなかったのですよ」と、嘘とも真実とも取れない説明を受けたのを思い出す。
不死身のエルフが体調を崩すなんて、聞いたこともない。2年間、それなりの時間を共に過ごしたが、こんなことは初めてだ。エルフの体はすこぶる丈夫で、「生きてないのだから体調も崩れるはずがないでしょう」とシャンティも言っていた。
なのに、今の彼はとても苦しげだ。熱でもあるのか触れた体は熱くて、額には汗が滲んでいるし、紫の瞳は潤んでいる。
「シャンティ、どうした? 俺になんか、できることある?」
エルフの看病というのはどうしたらいいのか。困っていると、シャンティは「ユウ……」と力無く名を呼び、ややして身を守るように体を縮こめ、寝台の上で背を向けてしまった。
「シャンティ、俺、」
「ユウ、帰って下さい……」
「えっ」
「お願い、帰って、私に近寄らないで……」
シャンティが切羽詰まった様子で、そう漏らす。その言葉があんまり切ない声音だから、ユウはこの場に留まることを一瞬躊躇した。そんな風に言うシャンティは初めてだ。何か事情が有るのだろう。だが、いつもあんなに大切にしてくれるシャンティが苦しんでいるのを見て、はいそうですかと帰る気にはなれなかった。
「シャンティ、俺、力になりたいんだ。なれるかはわからないけど……」
「ユウ、お願い……、お願いですから、そっとしておいて……っ」
震える声で逃げようとするのを、どうするかユウは悩んだ。エルフのことはよくわからない。シャンティのことだって。シャンティがそう言うなら、その通りにしたほうが彼の為なのかもしれない。けれど、事情も何もわからないまま見捨てることなど、ユウにはできなかった。
これまでシャンティに守られてきた。だから、ユウも彼を守りたかったのだ。
「シャンティ、俺やだよ。俺が初めてここに来た夜、シャンティは俺が来ないでって言ってもそばにいてくれたろ? 俺だってシャンティのこと、助けられるなら助けたいし……。もしそれができないなら、何が起こってるのかだけでも教えてくれよ、心配なんだ」
「……ユウ……」
シャンティは震える声で名を呼ぶと、視線だけをユウに向けた。その瞳が濡れている。まるで、夜、体を重ねている時のように。そう考えて、ユウはようやっと彼がどうなっているのか、一つの推測を得た。
「……シャンティ、まさか」
発情してるの。そう問いかける前に、腕を掴まれて引き寄せられる。寝台に引き倒され、そのまま馬乗りになられて、ユウは目を見開いた。こんな俊敏なシャンティを見たことがない。いつものろのろと、夢の中を生きているような彼が、性急にユウを押し倒して、その上に乗っているのだ。
見上げた姿は乱れた髪も相まって、扇情的に過ぎた。はだけた衣服をしゅるりと脱ぎ捨て、熱いため息を吐きながら、ユウを見下ろしている。
「しゃ、んてぃ……」
その色香に思わずユウの若い雄が反応する。しかしこんなこと、これまで一度も無かった。シャンティに何があったのかもわからない。生き物ではないと豪語するエルフにも、発情期などがあるのだろうか? 何もわからないまま、ユウは彼の名を呼んだが、シャンティは返事もせずに、ユウの白い体にしなだれかかって、その体を愛撫した。
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