悲嘆の森に住まうもの

なずとず

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第1話 ユウとシャンティ

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 見慣れた街の入り口の門が見えた時、ユウはこの半年の旅程が無事に終わったのだと心から実感した。長旅に疲れた脚も、荷物の入った鞄達の重さも忘れて、ユウは走って街へと入った。

 ティノ、と呼ばれるそこは、山脈の麓にある大樹林に寄り添うような、ちょっとした街だ。木と石やレンガの街並みは、海沿いの交易都市であるウルや、ユウがこの半年に廻った都市に比べれば、風景も暮らしも質素だが、この周辺では一番栄えている。緑と花に溢れたこの街を、ユウは気に入っていた。

 ユウは自宅である小さな家に飛び込んで、出立した時と何も変わっていないことを確認すると、大きな旅行鞄達を放り出して、足早に街へと出た。

 街の中ほど、少し奥まった通り。昼間はあまり人通りの無いこの辺りで、古びた木造の酒場は、この時間帯でも店を開いている。享楽を求めて賑わう夜とは違い、日中は軽食を提供したり、情報の交換や、依頼の集約と仲介等が行われている。だから、酒や商売女はいなくとも、依頼主あるいは運び屋や傭兵の類がそれなりには店内にいた。

 煙草の匂いに満ちた店内に入ると、ほんの半年離れていただけなのに、懐かしい気持ちになった。この決して健全とは言い難い酒場が、今のユウにとっては居場所の一つだ。だから、無事に帰って来れたことに安心もできた。

 軽い足取りでカウンターに向かうと、とうの昔に顔馴染みになった、殺し屋でもやった方がいいんじゃないかと思うようないかつい顔のマスターが、「おお」と声を上げた。

「ユウ、お前さん、戻ったのか!」

 低い声はしかし嬉しそうな響きを持って、ユウを迎えた。「よ」と挨拶をしながら、マスターの向かいの椅子に向かって、ひょいと腰掛ける。

 ユウは半年の旅から戻ったところだ。今日はのんびり体を休めるつもりだった。マスターに無事の帰宅を伝えるついでに、世間話でもと思ってここを訪れたのだ。

「長旅だったのに、変わりなさそうで安心したぜ。相変わらずの美男子ぶりでうらやましい限りだ」

 まだ20歳のユウは、マスターの言うとおり、美男子の類だ。色素の薄く、無駄な肉のついていない体は男にも女にも魅力的に思えるしなやかなものだった。しかし、整った愛らしい顔には、切り傷の跡がいくつかある。特に目立つのは鼻筋を横に切ったもので、それが無ければ完璧な美形だったろう。

 赤い瞳はこの地方では珍しく、見る者を引き込むような深い色をしていた。揺れる金色の少し伸びた髪も柔らかで、彼が顔も体も傷だらけでなかったら、誰でも手を触れたいと思ってしまいそうな魅力が滲み出ている。

「帰って来てくれて助かった。依頼が溜まってンだ」

 マスターはすぐに棚に向かって、帳簿を引っ張り出す。

「今日は勘弁してくれよ、帰って来たばかりなんだ」

「ああ、わかってる。でも早めになんとかしてくれよ、報酬は弾むぜ。コレだ、例のエルフへの依頼が焦げ付いててどうにもならねえ」

「シャンティの?」

 ユウは眉を寄せて、マスターが差し出して来た帳簿に目を通した。それは全て、とあるエルフの調合した薬や、その原料となる草花を求めているものだ。

「アイツ、一月に一回はこっちに来てるんじゃなかったのか?」

 シャンティという名のエルフは、森の奥に住んでいて、その家への行き方をこの街ではユウしか知らない。彼の持つ草花や薬は街でも評判だったから、ユウは半年前まで、週に一度森へ行って、依頼の品を街に運んだ。貴重な品々に礼金はたくさん支払われて、それでこの街で安定した暮らしを送れるようになっていたのだ。

 それでも、シャンティは月に一度のペースで、気まぐれに街を訪れていた。なんでも街に買い出しなどをしにくるらしく、その時ついでに、街の者たちと直接物を売買していたから、ユウも安心して旅に出たのだ。

 ところが、ユウが旅に出てからというもの、シャンティが街を訪れることはなく、街の者は薬が手に入らなくなって大層困っているらしい。

「半年もあったら依頼もたまっちまって、特に病人のいる家なんていくら払ってもいいって泣きついてよ。何人か、運び屋が森に入ったが、やっぱりダメだ、辿り着けなかった。ユウ、なるべく早く行ってくれよ」

 マスターの言葉に、ユウは帳簿を見ながら頷いた。

「わかった。明日にでも行くけど、こりゃ馬でも無いと多過ぎるよ。それに、こんだけの量となるとシャンティもすぐには用意できないかもしれない」

「なに、半年に比べりゃ数日なんて早いもんだ。馬は貸し出してやる、いつもより多めに払うから、頼んだぜ」

「任せとけって」

 ユウはそう軽く返事をして帳簿を懐にしまったが、少し不安な気持ちにもなっていた。

 あのシャンティに、何かあったのだろうか?
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