となりの露峰薫さん

なずとず

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 薄暗い、コンクリート打ちっぱなしの倉庫。そこに、黒スーツにサングラスの男たちの影がある。その中央、ひと際明るい場所に、薫がいた。

 パイプ椅子に鎖で固定された薫が、ガチャガチャと音を立ててもがいている。和真はその黒スーツのひとりとなって、薫の顎に手をやった。くい、と上を向かせると、薫が睨みつけてくる。

「どういうつもりですか!」

「どうもこうも……調べてたんだろ? 俺たちの取引のこと」

「取引なんて知りませんっ。あなたたち、誰なんですか!? 家に帰してください!」

「そうはいかないなあ」

 和真はねっとりと薫の美しい顔を眺める。それを嫌悪するように、薫は和真の手から逃げ、また鎖を解こうと暴れた。そうした無駄な抵抗が、加虐者を煽るとも知らずに。

「まあ、喋る気が無いのは最初からわかってるんだ。嫌でも話したいようにしてやるさ」

 和真が合図をすると、他の黒服たちがあらゆる道具を持ってくる。それは拷問に使う類のもの、ではなく、いわゆる大人のオモチャや、液体の入った小さな小瓶など。それに注射器を差し込むと、中の液体を吸い上げ、薫へ見せつけるように中身を少し出して見せる。

「これがあれば、あんたも素直になれるよ。喋ってもらえるまで帰さないからな」

「ひ……っ」

 薫は息を呑み、それから和真に向かって叫んだ。

「この、クズ! 豚野郎!!」




「薫さんはそんなこと言わないぃいいい!!」

 和真は叫んで目を覚ました。まったく、ここまでくるとえっちな夢というより怖い夢だ。和真はさめざめと泣きそうになりながら、顔を覆って喚く。

「薫さんは俺をクズなんて……いや、ワンチャン俺はクズだから言われる可能性が無いとは言わないけど、人のことを豚野郎なんて言わないぃ~~~百歩譲って、ひとでなしとか~~~!」

 クズ、は心当たりが有り過ぎて、心臓がキリリと痛む。もしかしたら、胃かもしれない。褒められた生き方をしてこなかったのは事実だけれど、それが今になって責められると思うと辛すぎる。

 薫さんにだけは、自分がどういう人間か知られたくない。そんな気持ちがフツフツと湧いてきた。シノに冷たい顔で「クズ」と呼ばれても「へへへ」と笑い飛ばせるけれど、薫に言われたらもう生きていけそうにない。

「あーーーーんーーーーあーーーー……」

 なんの意味もなさないうめき声を出して、和真はごろごろと布団の上を転がった。

 今日は土曜日だ。休みの日だからと昼まで寝て過ごしたのだが、そろそろ買い物に出かけた方がいいだろう。

 とはいえ、ここを出たくない気持ちがある。もし、薫が休みなら、隣の部屋にいるから。

 美容師である薫は休みが不規則で読みにくい。かといって、和真は「次いつ休みですか!?」とか「シフト教えて下さい!」とか言い出す勇気すらも失い始めていた。

 正直に言えば、いつでも会いたい。別れてすぐに会いたいし、なんなら別れたくない。けれど、一緒に居続けたらボロが出て、薫に嫌われそうで。あるいは、薫の嫌なところを知ってしまって心が冷めてしまいそうで。怖いのに触れたいし、触れたいけれど怖い。

「えーん、重症かもしれないよー、シノー……」

 ヒツジのぬいぐるみを抱きしめながら嘆く。隣にいるかもわからない人のことを気にして、まともに生活できないのだから重症だろう。このアパート、良くも悪くも防音が効き過ぎていて、耳をそばだてたって隣の生活音さえ聞こえないのだから。

 しかし流石の和真も、寝ている間のことはわからない。薫が出かけたかどうかは知らないし、逆にそこまで知っていたらいよいよ自分はダメだと思う。「ストーカーはじめました」、になってしまう。

 悶々とし、ゴロゴロ転がり尽くした頃、和真はようやく「買い物いこ……」とベッドから起き上がった。





 土日に一週間分の買い物をしておけば、平日は何も考えなくていい。下ごしらえもしておけば、料理するのも楽になる。

 和真は大抵の場合、休みの昼間に安い店で食材を買い占め、冷凍してから改めて街へ出かけていた。もちろん、三大欲求のひとつを満たすためだ。当時の和真にとって、それを何とかする方法は街にしかなかったけれど。今は近くにありながら手が届かないのだから、もっとたちが悪くなっているような気もした。

 冬の寒空の中、エコバッグいっぱいに食材を買い込んだ和真が、アパートへ戻ってくる。エレベーターがちょうど上がり始めたところだったので、めんどくせえと階段へ向かった。元陸上部の和真は、元気いっぱいに階段を駆け上がって。

 ようやく4階につき、ふう、と息を吐き出しながら廊下へ出て、目を丸くした。それから慌てて、物陰に隠れる。

 廊下の先、一番奥。そこまで行ったらもう、和真の部屋と、突き当たりの薫の部屋しかない。そこに。

 ダウンジャケットを着た薫と、もうひとりの姿が有った。

 薫より長身だから、もしかしたら自分より大きいかもしれない。細くすらっとしたシルエットで、やたらベルトのついた真っ黒なレザーコートを着ているようだ。パンク、というか、なんというのか、あれは。ものすごくうるさいバイクを走らせていそうな服装のように思う。

 さらに特徴的なのはその頭だ。くすんだ空色と、同じようにくすんだ――銀色の色鉛筆のような――色の髪を、肩まで伸ばしている。ついでに耳にやたらピアスを開けた、明らかに普通ではない様子の男が、薫のそばにいるではないか。

 それだけなら、悪い奴に目をつけられた薫、という構図に見えなくもない。ところが、薫は笑顔でその男に何か話しているようで。

 おまけに。

 ふたりはどういうことか、手を繋いでいた。

(――!?!?!?!?)

 和真は頭が真っ白になって、物陰の壁にもたれて思考を巡らせる。

 何が有ったら、男同士で手を繋ぐんだ。ましてや薫さんみたいな善良な人と、パンクな銀色鉛筆が。何が有ったらそんなこと――。

 和真はぐるぐると頭の中で考えて、ひとつの可能性に辿り着いてしまう。

「こ、恋人……!?」

 その単語を口にした途端、和真の脚から力が抜けていく。へなへなと床にへたり込みながら、なんとかエコバックに入った卵がぺしゃんこになるのだけは防いだけれど。

 恋人、だったらどうしよう。いや、他の可能性であんな和気あいあいと手を繋いで部屋に入ったりするか? お、俺だって、薫さんと手を繋いだことはそんなに無いのに……。

 バタン、と音がして、恐る恐る廊下を見れば、もう人の姿は無い。つまり、薫の部屋に入ったのだ、ふたりで。

「……はわあ……」

 和真は気の抜けた声を漏らして、途方に暮れた。

 
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