14 / 44
第五話 廊下の銀色鉛筆
しおりを挟むそれは数か月前のこと。
「ね、ね。キミ、和真でしょ?」
その日も、男たちが出会いを楽しむバー『ジョー』は賑わっていた。薄暗い店内はムーディーなジャズに包まれ、壁際ではスキンシップをする者たちもいる。
カウンターに向かい酒を飲んでいた和真。その隣に腰かけたのは、ふわりとしたピンクの髪が目立つ青年だった。男にしては低い背丈。愛らしい顔立ちで、可愛い系の服装をしたリンが、和真に声をかけたのだ。
「キミ、ここらへんじゃ有名だよね。誰とでも寝るってさ」
「そう? へへ……」
「褒めてないからねっ。マスター、いつものカクテルちょうだい」
「はいはい、和真君はおかわりいる?」
「あ、もらおっかな……えと、君ってリンちゃん? みんながそう呼んでた気がする」
「うん、そうだよ。和真もリンちゃんって呼んで?」
あざとい仕草や馴れ馴れしさは嫌な感じがしそうなものだが、リンはそれを許す愛らしさを備えていた。和真も、リンのことを気に入って、それからしばらくカウンターで会話を弾ませた。
リンは「ネコ」専門らしい。まあ、かわいいもんな、と和真は納得する。それもあって、ふたりはすっかり意気投合。「どこかふたりっきりで呑めるところに行かない?」というリンの言葉を合図に、ホテルへ向かい。そして肉体関係を持った。
正直に言えば、リンとの相性はかなり良かった。男を受け入れることに慣れたリンとは、気楽に楽しいセックスができたのだ。リンのほうもそれは同じだったらしい。
ことが終わって、ベッドに潜り。睦言を交わすうちに、リンが囁いた。
「ね、和真」
「ん?」
「ボクたち、すっごく相性いいと思わない? このまま付き合っちゃおーよ」
そうしたことを言われるのは、初めてではない。その度に、和真はのらくらとかわして断っていた。その時も、和真は「あー……」と声を出し、言葉を探したのだ。
「リンちゃん、俺、その……」
「ボクね、寂しいのダメなんだ」
和真よりも先に、リンが言う。それで和真はタイミングを失ってしまった。
「お休みの日とか、夜とかにね、ひとりぼっちだと、すっごい不安になっちゃうの。世界にボクひとりだけみたいな気分になってね、だから誰かとベッドで過ごしたいんだ」
「……なんか、わかるなあ……。俺も休みの夜にひとりなのは耐えられんないし」
「でしょ? 和真とはそーゆーの、わかりあえる気がしたんだ。だからさ、和真がよかったら恋人になろーよ。そしたらほら、いちいち相手を探さなくて済むし。クリスマスも一緒にいられるよ」
「……それは、いいなあ。楽そう」
リンの言葉に、和真は毎年のことを思い出す。クリスマスや年末年始は、誰かと過ごしていてもどこか寂しくなるものだ。恋なんてしたことはないけれど、恋人ができれば、あのどうしようもない孤独感は無くなるかもしれない。
「でもでも! 恋人になったら、浮気はぜーったいダメだからね。ボク、こう見えて嫉妬深いんだから」
「こう見えてもなにも、それっぽいよ」
ふたりはケラケラ笑い、そしてリンが「今決めなくてもいーよ」と言ってくれたことで、一度この話は終わった。
「でもさ、ボクたちいい関係になれると思うんだ。だから連絡先交換しよ」
「もちろん!」
それは和真も大歓迎だ。また呼べばセックスできる相手が増えるのは喜ばしい。恋人になるかどうかは別にしても、リンとはこれからも仲良くしていきたかった。
ふたりはスマホの連絡先を交換して。
それで。
「はぁーーーーーー……」
くるくる、と腕時計を指に引っ掛けて回しながら、リンがため息を吐いている。
そこはバー『ジョー』のカウンターで。リンは手元にスマホを置いたまま、ボンヤリと過ごしていた。平日とあって客はまばらで、ほとんどマスターとふたりっきりの状態だ。
「リンちゃん、また溜息吐いて」
「だってぇ」
「まだ和真君のこと、諦められないの~?」
「ううん、そんなんじゃないんだけどさ……」
リンは腕時計をプラプラさせる。ピンクゴールドの時計は、和真と別れてからも正確に時間を刻み続けていた。
「せっかく恋人出来たと思ったのにさー。和真が浮気したのは事実だし。浮気は許せないし。一度する奴は何度でもするって、わかってるし……」
「うんうん。和真君はひとところにいられない男の子だもんね~」
「でもさ! ちょっとぐらい引き止めてくれてもいいじゃん! 和真ったら謝りもしないで、この時計返せって言ったんだよ⁉ 信じらんない!」
「うんうん。その話、もう20回は聞いてるよ~」
マスターはニコニコしながら相槌を打つ。こうしたことには慣れているのだろう。「おかわりいる?」と尋ねて、またカクテルを手渡す。リンはカクテルに口をつけると、また溜息。
「あーあ。ボクたち結構相性良かったんだけどなあ……」
「そうだねえ。リンちゃんと和真君はちょっと似てるところ、有る気がするよ」
「でもボクはあの軽薄男と違って、付き合い始めてからは他の人と寝なかったんだから! それなのにアイツ、休みが合わない日はバンバン浮気してるんだもん……あーもうやだ。いつまで経ってもアイツのことで脳みそが占有されてるのが超めんどくさい!」
「もう和真君とのことは忘れなよ~。その腕時計も手放しちゃったら? 結構高そうだし」
「……ヤダ」
リンは腕時計とマスターを交互に見て。それから腕時計をぎゅっと握りしめた。
「これは和真との思い出にすんの」
「そんなだから忘れられないんだよ……」
「いーのっ! それに僕だって新しい男と付き合いたいんだから! 今けっこう気になってる人がいるんだ」
「へ~、どんな人?」
「待ってね、えーっと……」
リンはスマホを何度か操作して、「はいっ」と画面をマスターに向ける。マスターは覗き込んで、「ほー」と頷いた。
「なかなかのおっとり系な美人さん。泣きぼくろがまたセクシーだね。……美容師さんなのかあ」
それは美容室の予約サイトで、スタイリストの紹介が書いてあるページだ。顔写真と共に名前が書いてある。マスターはそれを読み上げた。
「つ、つゆみね、かおるさん……苗字変わってるなあ」
スマホの画面には、カメラに向かって恥ずかしそうに微笑む薫の姿がある。のんびりとした優しい雰囲気までもが、映し出されているかのようだ。
「最近美容室変えたんだけど、カットもカラーもボクの理想を完璧に叶えてくれてさ。それに薫は、ボクの話をずーっと親身になって聞いてくれるの」
「美容師って仕事柄聞き上手なんじゃないの? 僕みたいに~」
「マスターのはビジネスって感じするんだよね」
「え~そう? 結構真剣に仕事してるんだけどなあ」
だからビジネスなんじゃん、とリンは言って、ふたりして笑う。それからリンが続けた。
「薫はそこらへんがなんかね、素なんだろな、って感じがするの。根っこのほうから優しいって思えちゃう。すっごいいい人なんだよ。だからボク、次に付き合うなら薫がいいなって思って」
「アタックしたの?」
「まだこれから。ノンケかもしれないし、ちょっと距離の詰め方を考えてるところ。……だってさあ」
リンは小悪魔のような意地悪い笑顔を浮かべて言った。
「こんなおっとりした美人の、「雄」の部分を引きずり出すのって、すっごい楽しそうじゃん」
その言葉に、マスターはニコニコしながら頷いた。
「リンちゃんらしいや~。たぶんまだまだちゃんとした恋人はできそうにないね」
「ひっどーい! ボクは真面目に恋人ほしいのにー!」
「うんうん、真面目にソレなんだよね。しかたないしかたない」
「なにそれー! マスター、すっごい雑なんだけど!」
マスターは笑いながら、心の中で思ったという。
やっぱり和真君とリンちゃんは、ちょっと似てるところがある、と。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
鈴木さんちの家政夫
ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。

金木犀の馨る頃
白湯すい
BL
町外れにある小さな珈琲店【金木犀珈琲店】にはじめてのおつかいに行った主人公・花村夕陽の長い長い初恋のお話。長い髪とやわらかな笑顔が美しい・沢木千蔭は、夕陽のまっすぐな恋心と成長にしだいに絆されていく。一途少年×おっとりお兄さんなほのぼの歳の差BLです。
【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので)
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト
春音優月
BL
真面目でおとなしい性格の藤村歩夢は、武士と呼ばれているクラスメイトの大谷虎太郎に密かに片想いしている。
クラスではほとんど会話も交わさないのに、なぜか毎晩歩夢の夢に出てくる虎太郎。しかも夢の中での虎太郎は、歩夢を守る騎士で恋人だった。
夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト。夢と現実が交錯する片想いの行方は――。
2024.02.23〜02.27
イラスト:かもねさま
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる