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第8話
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それからの二人の生活が大きく変わったかと言われれば、そうでもなかった。夜は皆とゲームをするし、その時の態度も特に変わらなかった。カイはいつも自分のやりたいようにゲームをしたし、遊馬はそれになんとなく付き合った。カイは相変わらず素っ気無くて、時に我儘で、共にゲームをする事は楽しいばかりではなかったが、遊馬は根気よく付き合った。
遊馬がそうしてカイに寛容なのは、一つには彼が長男という立場だからでもある。幼い頃から理不尽な親や弟の言い分に振り回されてきたから、慣れているのだ。遊馬には二人の弟が居たが、今はそのどちらもが結婚して子供も居る。だから遊馬が好きに出来ている部分も大いに有った。家を継ぐ事が出来る人間は獲得出来ているから、遊馬はこのまま独身でも構わない。とやかく言われる事の無い、気楽な日々を送っていた。
遊馬は当然ホモではないから、女と付き合った事も有る。今でもいい女性が居るなら付き合うだろう。ただ出会いが少なく、かつ遊馬の生活リズムが不安定なのが、女との縁を薄れさせている。人間関係はリアルよりゲームの中の方が多く長く、ついでに言えば一番仲良くしているのがカイで、次点が紅。だが紅が既婚者だと知っていたから、遊馬は彼女をその対象にはしなかった。危ない橋を渡るには、リスクばかり大きいから。
だからと言って、今でも遊馬はホモではない。カイとの関係が何なのか、未だに結論は出ない。出さない事で時間を稼いでいるような面も、無いわけではないが。
何にせよ、カイがそれを望むから、遊馬は水曜になると彼のマンションを訪ねる事になった。
「兄貴、彼女でも出来たの?」
その日はちょうど実家の買い出しが重なって、遊馬は前日メールされた物を買い、実家に送り届けていた。いつも身勝手な遊馬の家族は、人に買い出しを頼んでおいて何処かに行っているので(平日が仕事と言うのも有るが)合鍵で玄関を開け、荷物を置いたら誰にも会わずに帰るのが常だった。
ところがその日に限って、上の弟が居た。悪い事に遊馬は、カイの選んだ服を着ていた。
「いや、別に」
「だって兄貴、そんな格好してんの見た事無いし。デートとかじゃないの」
「違うよ。友達と……会うだけだ」
言葉に詰まったのは、カイとの関係をどう表していいか判らなかったからだ。カイとはそもそも友達なのだろうか。世間話も特にしない、お互いの事を何も知らない。肉体関係が有るというだけで、他人と変わらないように思えた。
「ふぅん。ま、何でも良いけど。大事にしなよ、兄貴ってちょっと我慢強過ぎるトコ有るからさ」
「なんだよ、それ」
「いや、急にマジギレしたりするじゃん。ブッ壊さないように、たまにゃガス抜きしながら付き合いなよ。久しぶりの彼女なんだし。アニキもいい年じゃん、次は無いかもしれないだろ」
だから、彼女じゃない、それにブッ壊すって何だ、人聞きの悪い。そう言えば、弟は笑って言った。
「兄貴ってすっごい寛容なのに、よく判んないトコでキレんじゃん。それで別れた子も多いんだろ?」
大きなお世話だ。
遊馬はそう考えつつソファに腰掛けていた。キッチンではカイが忙しなく動いている。
今日のお題は、家デートらしい。カイが手料理でカレーを作るので、それを食べつつ、後はのんびり過ごすんだとか。なるほど、デートに払う金が惜しくなったカップルの、最終的なデートプランだ。遊馬も特に嫌だとは思わなかった。むしろ平日の昼間に男二人でデートスポットに行く方がよほど辛い。
カイは慣れた手付きで料理を続けている。それなりの見た目、営業トークも、家事も出来る。さぞかし女にモテるだろうに、と思った。
「カイちゃん、女の子と付き合った事、有んの?」
「有りますよ」
「どうだったの、その時」
「どうと言われても。向こうが勝手に告白してきて、付き合う事になって、誠意が無いとかいう理由で勝手に別れられて終わりですけど」
なるほどねぇ、と遊馬は頷いた。今のカイを見ていても思うが、彼はそもそも人に合わせようという気持ちが無いのだ。自分で決めて、自分でやる。そういう生き方をしているから、付き合おうとする女性はさぞかし大変だろう。
カイ自体、女が嫌いだと言っている以上、上手くいくハズがない。遊馬は納得した。だからといってそれが男と付き合う理由にはならないだろうが。
「カイちゃんはさ、何で俺の事、好きになったの」
そう尋ねると、カイは一瞬料理をする手を止めたが、すぐにまた動き出す。
「この間、言ったじゃないですか」
「あー、うん、まぁ、そうだけどさ。なんてーか……それだけで、ホモでもないのに、男と寝れるモンなのかなあと」
カイはそれに答える代わりに、一つ溜息を吐くと、「じゃあ、遊馬さんはどうなんです」と問う。
「俺?」
「何で僕の事、好きなんですか。そもそも好きかどうかもまだ聞いてませんけど」
そう聞かれて、遊馬も少々考える。カイを抱いたのはなりゆきだし、その結果情が沸いたのだ。それを好意と呼ぶなら、遊馬はカイの事が好きなのだろう。しかし、「何が」好きなのかと問われると、少々困る。遊馬はしばらく考えて、
「……どーしょーもなく、ダメなトコ……?」
と小さく呟いた。呟いてから、それがどんなに酷い言葉か気付いて慌てたが、幸い独り言はキッチンの音にかき消されたようだ。カイは何の反応もしない。遊馬は安堵の溜息を吐き、改めて言う。
「なんてーか、放っておけないんだよね、カイちゃんの事。また一人で変な事考えてるんじゃないかって。だから気になるし、側に居てやりたいって思う、かなぁ。俺、カイちゃんの事、好きだよ。じゃなきゃこんな事してないし」
そう言うと、カイは遊馬を見て眉を寄せた。気分を害したかな、と心配していると、カイは静かに、
「そういう恥ずかしい事を平気で言わないで下さい」
と困ったように言った。照れているのだ。それが妙に可愛くて、遊馬は僅かに微笑んだ。
カイが作ったキーマカレーは意外と美味しかった。最初カレーだと聞いていたから、全く別の物を想像していたが。普通カレーって言ったらこういうのじゃないだろと、と文句を言いつつ、二人で食事をする。
流石に無言の時間を気まずいと思ったのか、カイはテレビを付けていた。バラエティ番組が何やら騒がしいのを見つつ、無言でしばらく過ごす。
食事も終わりかけた頃、カイは唐突に口を開いた。
「遊馬さんはどうなんです」
「ん、ん? 何が?」
「女性関係です」
「えっ、……あー……」
聞かれて遊馬は困った。遊馬も受け身の生活を続けていた。学生の頃や、もっと若かった頃は、ささやかな女性関係も有った。もちろん、肉体的な事も含めて。
ただいつも女の方から声をかけられて、なんとなく付き合っていたから、それが恋人関係かと聞かれると、自信が持てない。遊馬は恋をした事が無いから、情が沸いて好きになる事は有れど、恋人だと自信を持って言えるような事には一度もならなかったのだ。
加えてそういう煮え切らない態度に、痺れを切らせた女性達が(いや、これは友人達も含めてそうだったかもしれない)、やがて突っかかって来ると、遊馬は何処かでキレてしまう。女の殆どはそれを「怖い」とか「そんな人だとは思わなかった」と言って、別れる理由にした。
遊馬は非常に寛容だ。だがキレる時はキレる。それが趣味の世界だから、リアルの関係では無いから、ゲームでは殊更温厚でいられるだけだ。そんな事を考えていると、カイは「そうですか」と何故か頷いた。
「何? 何納得したの?」
「いえ、別に……僕は気にしませんよ、遊馬さんが童貞だったとしても」
どうやら口籠った事を誤解されたらしい。
「い、いやいや、俺、違うよ」
「ええ、判ってます、判ってますよ」
何が判っているというのか。カイは完全に誤解しているようだったが、訂正するのも面倒だ。第一、何か言うほど不利になりそうだ。こういう時はさっさと話題を変えるに限る。
「そ、そういやさ。カイちゃんって本名何なの? 表札とかも無かったし、まだお互い知らないよね?」
「知ってどうするんですか」
「どうするって……言われると困るけど」
「別にいいでしょ、なんだって。僕達の関係では必要無いと思いますけど。僕にとって遊馬さんは遊馬さんだし、遊馬さんにとって僕はカイでしょう」
そう言われればそうだけど。遊馬は困ってしまった。本名も明かさないような関係が、恋人関係と言えるのだろうか? ますます自信が持てない。それでも追及したからと言って、カイが教えてくれるような雰囲気でも無かったので、遊馬は諦める事にした。
「まあ、そうだわな。でもま、男って案外名前は捻らないモンらしいし、カイちゃんも本名はソラかリクだったりしてね、ハハハ」
カイは、何の反応もしなかった。
それからは特に何をするでもなく、ダラダラとした時間を過ごした。流石に夜も更けてくると、カイも何を思ったのやら、折角だから一緒にゲームをしようと言い出す。これが良くなかった。何しろカイは、格闘ゲームを選んだのだ。
当然、男二人の格闘ゲームはそのうちに殺伐としたものに変わっていった。しかも一切の手加減をしない場合、よりゲームに執着心の有るカイの方が強い。遊馬は殆ど負けた。しかし手加減しろというのは、男のプライドに関わる。だがどうにも面白くない。
少しでも気持ちを紛らわせようと、「いやカイちゃん強いなあ」と笑って言ってみたが、カイは謙遜するどころか「これぐらい出来なきゃダメでしょ、遊馬さんが弱いんですよ」と言い放つ。
限界だった。
「――っ、な、急に、何っ」
隣に座っていたカイを、ソファに押し倒して押さえつけると、乱暴にキスをした。キス云々で文句を言っていたぐらいだから、カイがキスに弱いという事は判っていたので、舌を絡ませたり、歯列をなぞったりしてやる。一通り楽しんでから口を離すと、すっかりカイの息は上がっていた。
「か、勝てないからって、実力行使に出るなんて、大人げないですよ……っ」
「勝ってるからって良い気になるのも、大人げないだろ」
「僕は本当の事を言ったまでです!」
「本当の事だからって、ハゲにハゲって言ったら喧嘩になんだろ」
「何の話ですか! とにかく、離して下さいっ」
それでもカイが暴れたので、またキスをする。口を離す度に何か言おうとするので、すぐに塞ぐを繰り返した。何度も何度もキスをし、手でカイの体を押さえこみつつ、脚の間に自分の脚を割り込ませる。痛くしないように加減しながら刺激してやると、カイの体から力が抜けていった。
やがて口を離しても大人しくなった。顔が赤い。覗き込むと、眼を逸らされた。遊馬はニヤリと笑って、カイを脱がしにかかる。
「……遊馬、さんっ」
「何? まだ文句言うなら、キスするよ」
「電気……消して下さい……っ」
お前は乙女か。遊馬はおかしくなって、笑いながら側に有った電気のヒモを数回ひいて、明かりを落とした。改めて首筋にキスをしながら、シャツを脱がしていると、「画面が」とカイが呟く。電気は消したが、ディスプレイがゲーム画面を映していて、意外な程明るい。カイがリモコンを指差したが、遊馬は少し考えて無視する事にした。
「ゆ、遊馬、さ……っ」
カイが抵抗するので、またキスをして黙らせた。ディスプレイの明かりで、表情がいつもより見やすい。それに気を良くして、耳を甘噛みしていると、カイは腕や手で顔を隠そうとする。
「はいはい、カイちゃん今日はそれナシね」
「な、……何……っ」
カイの手を掴んで引き剥がす。困惑した表情を浮かべる顔は、すっかり赤くなっていて、遊馬は微笑んだ。
「声は我慢していいけど、折角明るいんだから、顔隠すのはダメ」
「何言って……っ、は……っ」
カイは文句を言おうとしていたが、耳元にキスをしてやるとすぐに黙る。恨めしそうに睨んで来るのを無視して、遊馬はカイを抱いた。
遊馬がそうしてカイに寛容なのは、一つには彼が長男という立場だからでもある。幼い頃から理不尽な親や弟の言い分に振り回されてきたから、慣れているのだ。遊馬には二人の弟が居たが、今はそのどちらもが結婚して子供も居る。だから遊馬が好きに出来ている部分も大いに有った。家を継ぐ事が出来る人間は獲得出来ているから、遊馬はこのまま独身でも構わない。とやかく言われる事の無い、気楽な日々を送っていた。
遊馬は当然ホモではないから、女と付き合った事も有る。今でもいい女性が居るなら付き合うだろう。ただ出会いが少なく、かつ遊馬の生活リズムが不安定なのが、女との縁を薄れさせている。人間関係はリアルよりゲームの中の方が多く長く、ついでに言えば一番仲良くしているのがカイで、次点が紅。だが紅が既婚者だと知っていたから、遊馬は彼女をその対象にはしなかった。危ない橋を渡るには、リスクばかり大きいから。
だからと言って、今でも遊馬はホモではない。カイとの関係が何なのか、未だに結論は出ない。出さない事で時間を稼いでいるような面も、無いわけではないが。
何にせよ、カイがそれを望むから、遊馬は水曜になると彼のマンションを訪ねる事になった。
「兄貴、彼女でも出来たの?」
その日はちょうど実家の買い出しが重なって、遊馬は前日メールされた物を買い、実家に送り届けていた。いつも身勝手な遊馬の家族は、人に買い出しを頼んでおいて何処かに行っているので(平日が仕事と言うのも有るが)合鍵で玄関を開け、荷物を置いたら誰にも会わずに帰るのが常だった。
ところがその日に限って、上の弟が居た。悪い事に遊馬は、カイの選んだ服を着ていた。
「いや、別に」
「だって兄貴、そんな格好してんの見た事無いし。デートとかじゃないの」
「違うよ。友達と……会うだけだ」
言葉に詰まったのは、カイとの関係をどう表していいか判らなかったからだ。カイとはそもそも友達なのだろうか。世間話も特にしない、お互いの事を何も知らない。肉体関係が有るというだけで、他人と変わらないように思えた。
「ふぅん。ま、何でも良いけど。大事にしなよ、兄貴ってちょっと我慢強過ぎるトコ有るからさ」
「なんだよ、それ」
「いや、急にマジギレしたりするじゃん。ブッ壊さないように、たまにゃガス抜きしながら付き合いなよ。久しぶりの彼女なんだし。アニキもいい年じゃん、次は無いかもしれないだろ」
だから、彼女じゃない、それにブッ壊すって何だ、人聞きの悪い。そう言えば、弟は笑って言った。
「兄貴ってすっごい寛容なのに、よく判んないトコでキレんじゃん。それで別れた子も多いんだろ?」
大きなお世話だ。
遊馬はそう考えつつソファに腰掛けていた。キッチンではカイが忙しなく動いている。
今日のお題は、家デートらしい。カイが手料理でカレーを作るので、それを食べつつ、後はのんびり過ごすんだとか。なるほど、デートに払う金が惜しくなったカップルの、最終的なデートプランだ。遊馬も特に嫌だとは思わなかった。むしろ平日の昼間に男二人でデートスポットに行く方がよほど辛い。
カイは慣れた手付きで料理を続けている。それなりの見た目、営業トークも、家事も出来る。さぞかし女にモテるだろうに、と思った。
「カイちゃん、女の子と付き合った事、有んの?」
「有りますよ」
「どうだったの、その時」
「どうと言われても。向こうが勝手に告白してきて、付き合う事になって、誠意が無いとかいう理由で勝手に別れられて終わりですけど」
なるほどねぇ、と遊馬は頷いた。今のカイを見ていても思うが、彼はそもそも人に合わせようという気持ちが無いのだ。自分で決めて、自分でやる。そういう生き方をしているから、付き合おうとする女性はさぞかし大変だろう。
カイ自体、女が嫌いだと言っている以上、上手くいくハズがない。遊馬は納得した。だからといってそれが男と付き合う理由にはならないだろうが。
「カイちゃんはさ、何で俺の事、好きになったの」
そう尋ねると、カイは一瞬料理をする手を止めたが、すぐにまた動き出す。
「この間、言ったじゃないですか」
「あー、うん、まぁ、そうだけどさ。なんてーか……それだけで、ホモでもないのに、男と寝れるモンなのかなあと」
カイはそれに答える代わりに、一つ溜息を吐くと、「じゃあ、遊馬さんはどうなんです」と問う。
「俺?」
「何で僕の事、好きなんですか。そもそも好きかどうかもまだ聞いてませんけど」
そう聞かれて、遊馬も少々考える。カイを抱いたのはなりゆきだし、その結果情が沸いたのだ。それを好意と呼ぶなら、遊馬はカイの事が好きなのだろう。しかし、「何が」好きなのかと問われると、少々困る。遊馬はしばらく考えて、
「……どーしょーもなく、ダメなトコ……?」
と小さく呟いた。呟いてから、それがどんなに酷い言葉か気付いて慌てたが、幸い独り言はキッチンの音にかき消されたようだ。カイは何の反応もしない。遊馬は安堵の溜息を吐き、改めて言う。
「なんてーか、放っておけないんだよね、カイちゃんの事。また一人で変な事考えてるんじゃないかって。だから気になるし、側に居てやりたいって思う、かなぁ。俺、カイちゃんの事、好きだよ。じゃなきゃこんな事してないし」
そう言うと、カイは遊馬を見て眉を寄せた。気分を害したかな、と心配していると、カイは静かに、
「そういう恥ずかしい事を平気で言わないで下さい」
と困ったように言った。照れているのだ。それが妙に可愛くて、遊馬は僅かに微笑んだ。
カイが作ったキーマカレーは意外と美味しかった。最初カレーだと聞いていたから、全く別の物を想像していたが。普通カレーって言ったらこういうのじゃないだろと、と文句を言いつつ、二人で食事をする。
流石に無言の時間を気まずいと思ったのか、カイはテレビを付けていた。バラエティ番組が何やら騒がしいのを見つつ、無言でしばらく過ごす。
食事も終わりかけた頃、カイは唐突に口を開いた。
「遊馬さんはどうなんです」
「ん、ん? 何が?」
「女性関係です」
「えっ、……あー……」
聞かれて遊馬は困った。遊馬も受け身の生活を続けていた。学生の頃や、もっと若かった頃は、ささやかな女性関係も有った。もちろん、肉体的な事も含めて。
ただいつも女の方から声をかけられて、なんとなく付き合っていたから、それが恋人関係かと聞かれると、自信が持てない。遊馬は恋をした事が無いから、情が沸いて好きになる事は有れど、恋人だと自信を持って言えるような事には一度もならなかったのだ。
加えてそういう煮え切らない態度に、痺れを切らせた女性達が(いや、これは友人達も含めてそうだったかもしれない)、やがて突っかかって来ると、遊馬は何処かでキレてしまう。女の殆どはそれを「怖い」とか「そんな人だとは思わなかった」と言って、別れる理由にした。
遊馬は非常に寛容だ。だがキレる時はキレる。それが趣味の世界だから、リアルの関係では無いから、ゲームでは殊更温厚でいられるだけだ。そんな事を考えていると、カイは「そうですか」と何故か頷いた。
「何? 何納得したの?」
「いえ、別に……僕は気にしませんよ、遊馬さんが童貞だったとしても」
どうやら口籠った事を誤解されたらしい。
「い、いやいや、俺、違うよ」
「ええ、判ってます、判ってますよ」
何が判っているというのか。カイは完全に誤解しているようだったが、訂正するのも面倒だ。第一、何か言うほど不利になりそうだ。こういう時はさっさと話題を変えるに限る。
「そ、そういやさ。カイちゃんって本名何なの? 表札とかも無かったし、まだお互い知らないよね?」
「知ってどうするんですか」
「どうするって……言われると困るけど」
「別にいいでしょ、なんだって。僕達の関係では必要無いと思いますけど。僕にとって遊馬さんは遊馬さんだし、遊馬さんにとって僕はカイでしょう」
そう言われればそうだけど。遊馬は困ってしまった。本名も明かさないような関係が、恋人関係と言えるのだろうか? ますます自信が持てない。それでも追及したからと言って、カイが教えてくれるような雰囲気でも無かったので、遊馬は諦める事にした。
「まあ、そうだわな。でもま、男って案外名前は捻らないモンらしいし、カイちゃんも本名はソラかリクだったりしてね、ハハハ」
カイは、何の反応もしなかった。
それからは特に何をするでもなく、ダラダラとした時間を過ごした。流石に夜も更けてくると、カイも何を思ったのやら、折角だから一緒にゲームをしようと言い出す。これが良くなかった。何しろカイは、格闘ゲームを選んだのだ。
当然、男二人の格闘ゲームはそのうちに殺伐としたものに変わっていった。しかも一切の手加減をしない場合、よりゲームに執着心の有るカイの方が強い。遊馬は殆ど負けた。しかし手加減しろというのは、男のプライドに関わる。だがどうにも面白くない。
少しでも気持ちを紛らわせようと、「いやカイちゃん強いなあ」と笑って言ってみたが、カイは謙遜するどころか「これぐらい出来なきゃダメでしょ、遊馬さんが弱いんですよ」と言い放つ。
限界だった。
「――っ、な、急に、何っ」
隣に座っていたカイを、ソファに押し倒して押さえつけると、乱暴にキスをした。キス云々で文句を言っていたぐらいだから、カイがキスに弱いという事は判っていたので、舌を絡ませたり、歯列をなぞったりしてやる。一通り楽しんでから口を離すと、すっかりカイの息は上がっていた。
「か、勝てないからって、実力行使に出るなんて、大人げないですよ……っ」
「勝ってるからって良い気になるのも、大人げないだろ」
「僕は本当の事を言ったまでです!」
「本当の事だからって、ハゲにハゲって言ったら喧嘩になんだろ」
「何の話ですか! とにかく、離して下さいっ」
それでもカイが暴れたので、またキスをする。口を離す度に何か言おうとするので、すぐに塞ぐを繰り返した。何度も何度もキスをし、手でカイの体を押さえこみつつ、脚の間に自分の脚を割り込ませる。痛くしないように加減しながら刺激してやると、カイの体から力が抜けていった。
やがて口を離しても大人しくなった。顔が赤い。覗き込むと、眼を逸らされた。遊馬はニヤリと笑って、カイを脱がしにかかる。
「……遊馬、さんっ」
「何? まだ文句言うなら、キスするよ」
「電気……消して下さい……っ」
お前は乙女か。遊馬はおかしくなって、笑いながら側に有った電気のヒモを数回ひいて、明かりを落とした。改めて首筋にキスをしながら、シャツを脱がしていると、「画面が」とカイが呟く。電気は消したが、ディスプレイがゲーム画面を映していて、意外な程明るい。カイがリモコンを指差したが、遊馬は少し考えて無視する事にした。
「ゆ、遊馬、さ……っ」
カイが抵抗するので、またキスをして黙らせた。ディスプレイの明かりで、表情がいつもより見やすい。それに気を良くして、耳を甘噛みしていると、カイは腕や手で顔を隠そうとする。
「はいはい、カイちゃん今日はそれナシね」
「な、……何……っ」
カイの手を掴んで引き剥がす。困惑した表情を浮かべる顔は、すっかり赤くなっていて、遊馬は微笑んだ。
「声は我慢していいけど、折角明るいんだから、顔隠すのはダメ」
「何言って……っ、は……っ」
カイは文句を言おうとしていたが、耳元にキスをしてやるとすぐに黙る。恨めしそうに睨んで来るのを無視して、遊馬はカイを抱いた。
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