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雲散霧消、諸行無常
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アドバイスが苦手だけど、思えばアドバイスに「なるほどなぁ」となったこともあった。
けどよく考えたら直接言われたわけじゃなく、その場で納得したわけでもないんだけど。
通信教育の教材のテキスト(?)に、「漫画は無駄ゴマを省く。セリフは短く。絵で見せる」みたいなことが書いてあった。
私の漫画はゴチャゴチャしていた。なくていいシーンも、なくてもいいセリフも多い。
それで言うと今書いている文章も、なくてもいい文章だけど。でも漫画を「削ぎ落とせ」と言われるとムッとした。
ムッとしつつも、今は「1ページで収める」「できるだけセリフを短く」をやってみている。それでたしかに、「この方が読みやすいかも」「セリフとか無駄なシーンが多いと読み疲れるな」と納得したりしている。
2コマで言い表せることをズルズル、長い文章で、代わり映えのしない絵の連続で、3ページも引きずられたらダレてしまう、とか。
漫画投稿している方を見ていると、「漫画は無駄ゴマを省く。セリフは短く。絵で見せる」を知らないらしい方もいる。すると「私はこう教わりましたよ!」と「教えて」あげたくなる。つまりアドバイスだ。
が、相手の方が私よりフォロワーも交流もファンも多く、絵の仕事まで依頼されている、となると、私のアドバイスなんか意味がない。こっちがアドバイスを求めた方がいい立場であり、そんな相手にアドバイスしようなどというのは、こちらの負け惜しみだか因縁つけだか優越感のためではないだろうか。
言っちゃ悪いけど、クオリティだけがものを言うわけじゃないんだろうし、基本ルールの一つや二つ守ろうが、成功する保証もないんだろう。多分。
たとえば小さい頃に、空を緑、木を青で塗ったりして「そんなのおかしい」と人から言われて、自分の感性を封印して、ありきたりな絵を描くようになったとする。そして学校で絵を描くことになったとき、みんなと同じような「正しい」絵を描いたとする。そしたら一人だけ、空を緑、木を青で塗っている子がいて、その子は「独創的だ」と褒められ、賞を取ったとする。そうするとなんか、つまらないというか悔しいというか馬鹿馬鹿しいというか。私が一生懸命「直した」あれは何だったんだろう、となるだろう。
……などという出来事が実際にあったわけではないが、どうも現実ってそういうニオイがするのだ。「これじゃいけないからこうしなさい」と「矯正」され、元の自分に戻れなくなり、でも結局元の自分の考えに近いものが評価されている、とか。そうなると、「私が引くはずだったクジが実は当たりだった」みたいな悔しさ、嫉妬が生まれる。
物語だって、上手な絵だって、もう出尽くしているだろうし、「どうせこうなるんでしょ」と読者様に大方読まれてしまいそう。そうなると、新たなスタイルが求められるかも。「漫画は無駄ゴマを省く。セリフは短く。絵で見せる」の逆を行く、意表を突く漫画がヒットするかもしれない。グダグダ喋りまくって、脱線して、訳の分からない方向へ行く、ラクガキみたいな絵のストーリーとか。似たような絵の連続を丁寧に描くとか。
大体、「こうすればヒットするはずだ」なんて、ほぼ誰にも分からないのでは。
分かるんなら、大勢が関わった注目の大作がコケることなどないはず。
確実に的確に当てるなんて……できるのだろうか。
「上手に」なんて、ますますAIさんの方が上達していきそうだし、我々人間の存在意義はどうなることか。分かんないけど……。
「分からない」なら分かる。「こうした方がいいよ」と言われたら、「何を根拠に? なんでそんな自信あんの? ご自身がそう思うなら、あなたがそれで結果を出せば? 見たところ大して何も成していなくて、私みたいな底辺を相手にするくらい暇みたいだけど?」となってしまう。
ああ、私は一回「誰の言うことも聞かん!」と頑固親父みたいになってしまいたいのだろうが、そうなるには自信がなく、心許なさすぎるのだ。
かといって、ここまで喧嘩売るようになってしまっては、もう質のいい助言など誰からも得られまい。総スカンを食らうのがオチである。
仮に腕前が上がったとしてももう、読者も離れるだろう。人様の心のこもったご意見を軽んじた罰だ。
感情のコントロールができない。ストレス耐性がない。メンタルが弱すぎる。
創作以前の問題だ。どうしたものか。
そっか、テキストの言うことには納得できたなら、本とか読めばいいのか。本なら直接「こうするように」と言われた訳じゃないんだから、取り入れるも入れないも自由だし、余裕を持って話を聞けるはず。直接対決にはならない。
でもめんどくせー……。私は私の好きなようにやりたい。
常に自問自答・軌道修正しているもんで、現時点で自分の言うことが一番納得いくようにしてある。8割矛盾している&未完成だけど。
世の中の言葉、風潮に違和感を覚える。動物が可愛くて虫が気持ち悪いとか、まず土台の感覚からして分かり合えない気がする。土台が合わないのに、その上の感覚をすり合わせられるものだろうか。
私にも多少そういう差別意識はあるが、それじゃダメだとどこかで思ってる。なのに世間ときたら、差別の種を平気で堂々と披露する。そして人類のことばかり問題問題と取り上げる。
「あっちとこっち」と分けることが差別であり、「動物は可愛いから助けたい、虫はきしょいから消したい」と、そのような感覚だから誠に差別が無くならないんだってのに。
延々と「心臓は好きだけど膀胱と大腸は嫌い」みたいな話をしているから臓器不全になるんだ。「花は好き、虫は嫌い」なんて、一心同体だってのに。
で、人類は結局人が嫌いなんだろう。多分。知ったこっちゃない。
もはや相容れないというか、相手の基準でものを言われ、こっちの基準で返しても、平行線なのでは。
経済、経済と、そんなこと言ってる間に地球が破綻しそうだってのに、具体的にどうすべきなのか、誰にも分からないまま、ブレーキもかけられずにどっかに激突しそう。
……やっぱ私、頑固だなぁ。
自分も全然至らない、大したことない、ボランティアの一つもしない、支離滅裂、拝金主義、怠惰、自分さえ良ければいい、失敗したら人のせいにしたり隠したりするような、人の気持も慮れない偽善クズだってのに。いつも大口叩きたがる。
結局作品の「面白さ」なんて理屈じゃなく感覚とかセンスだろうし、「このようにすれば面白くなる」なんて言葉で語れるものじゃないんだろうね。
味覚と同じく好みも人それぞれだし。全員にウケるわけじゃない。
結局いつも実体のない話だなぁ。要するに時間の無駄。けどこのグダグダが好き。
何かを成す責任に怯えて、夢を叶えられないのかもしれないわ。
けどよく考えたら直接言われたわけじゃなく、その場で納得したわけでもないんだけど。
通信教育の教材のテキスト(?)に、「漫画は無駄ゴマを省く。セリフは短く。絵で見せる」みたいなことが書いてあった。
私の漫画はゴチャゴチャしていた。なくていいシーンも、なくてもいいセリフも多い。
それで言うと今書いている文章も、なくてもいい文章だけど。でも漫画を「削ぎ落とせ」と言われるとムッとした。
ムッとしつつも、今は「1ページで収める」「できるだけセリフを短く」をやってみている。それでたしかに、「この方が読みやすいかも」「セリフとか無駄なシーンが多いと読み疲れるな」と納得したりしている。
2コマで言い表せることをズルズル、長い文章で、代わり映えのしない絵の連続で、3ページも引きずられたらダレてしまう、とか。
漫画投稿している方を見ていると、「漫画は無駄ゴマを省く。セリフは短く。絵で見せる」を知らないらしい方もいる。すると「私はこう教わりましたよ!」と「教えて」あげたくなる。つまりアドバイスだ。
が、相手の方が私よりフォロワーも交流もファンも多く、絵の仕事まで依頼されている、となると、私のアドバイスなんか意味がない。こっちがアドバイスを求めた方がいい立場であり、そんな相手にアドバイスしようなどというのは、こちらの負け惜しみだか因縁つけだか優越感のためではないだろうか。
言っちゃ悪いけど、クオリティだけがものを言うわけじゃないんだろうし、基本ルールの一つや二つ守ろうが、成功する保証もないんだろう。多分。
たとえば小さい頃に、空を緑、木を青で塗ったりして「そんなのおかしい」と人から言われて、自分の感性を封印して、ありきたりな絵を描くようになったとする。そして学校で絵を描くことになったとき、みんなと同じような「正しい」絵を描いたとする。そしたら一人だけ、空を緑、木を青で塗っている子がいて、その子は「独創的だ」と褒められ、賞を取ったとする。そうするとなんか、つまらないというか悔しいというか馬鹿馬鹿しいというか。私が一生懸命「直した」あれは何だったんだろう、となるだろう。
……などという出来事が実際にあったわけではないが、どうも現実ってそういうニオイがするのだ。「これじゃいけないからこうしなさい」と「矯正」され、元の自分に戻れなくなり、でも結局元の自分の考えに近いものが評価されている、とか。そうなると、「私が引くはずだったクジが実は当たりだった」みたいな悔しさ、嫉妬が生まれる。
物語だって、上手な絵だって、もう出尽くしているだろうし、「どうせこうなるんでしょ」と読者様に大方読まれてしまいそう。そうなると、新たなスタイルが求められるかも。「漫画は無駄ゴマを省く。セリフは短く。絵で見せる」の逆を行く、意表を突く漫画がヒットするかもしれない。グダグダ喋りまくって、脱線して、訳の分からない方向へ行く、ラクガキみたいな絵のストーリーとか。似たような絵の連続を丁寧に描くとか。
大体、「こうすればヒットするはずだ」なんて、ほぼ誰にも分からないのでは。
分かるんなら、大勢が関わった注目の大作がコケることなどないはず。
確実に的確に当てるなんて……できるのだろうか。
「上手に」なんて、ますますAIさんの方が上達していきそうだし、我々人間の存在意義はどうなることか。分かんないけど……。
「分からない」なら分かる。「こうした方がいいよ」と言われたら、「何を根拠に? なんでそんな自信あんの? ご自身がそう思うなら、あなたがそれで結果を出せば? 見たところ大して何も成していなくて、私みたいな底辺を相手にするくらい暇みたいだけど?」となってしまう。
ああ、私は一回「誰の言うことも聞かん!」と頑固親父みたいになってしまいたいのだろうが、そうなるには自信がなく、心許なさすぎるのだ。
かといって、ここまで喧嘩売るようになってしまっては、もう質のいい助言など誰からも得られまい。総スカンを食らうのがオチである。
仮に腕前が上がったとしてももう、読者も離れるだろう。人様の心のこもったご意見を軽んじた罰だ。
感情のコントロールができない。ストレス耐性がない。メンタルが弱すぎる。
創作以前の問題だ。どうしたものか。
そっか、テキストの言うことには納得できたなら、本とか読めばいいのか。本なら直接「こうするように」と言われた訳じゃないんだから、取り入れるも入れないも自由だし、余裕を持って話を聞けるはず。直接対決にはならない。
でもめんどくせー……。私は私の好きなようにやりたい。
常に自問自答・軌道修正しているもんで、現時点で自分の言うことが一番納得いくようにしてある。8割矛盾している&未完成だけど。
世の中の言葉、風潮に違和感を覚える。動物が可愛くて虫が気持ち悪いとか、まず土台の感覚からして分かり合えない気がする。土台が合わないのに、その上の感覚をすり合わせられるものだろうか。
私にも多少そういう差別意識はあるが、それじゃダメだとどこかで思ってる。なのに世間ときたら、差別の種を平気で堂々と披露する。そして人類のことばかり問題問題と取り上げる。
「あっちとこっち」と分けることが差別であり、「動物は可愛いから助けたい、虫はきしょいから消したい」と、そのような感覚だから誠に差別が無くならないんだってのに。
延々と「心臓は好きだけど膀胱と大腸は嫌い」みたいな話をしているから臓器不全になるんだ。「花は好き、虫は嫌い」なんて、一心同体だってのに。
で、人類は結局人が嫌いなんだろう。多分。知ったこっちゃない。
もはや相容れないというか、相手の基準でものを言われ、こっちの基準で返しても、平行線なのでは。
経済、経済と、そんなこと言ってる間に地球が破綻しそうだってのに、具体的にどうすべきなのか、誰にも分からないまま、ブレーキもかけられずにどっかに激突しそう。
……やっぱ私、頑固だなぁ。
自分も全然至らない、大したことない、ボランティアの一つもしない、支離滅裂、拝金主義、怠惰、自分さえ良ければいい、失敗したら人のせいにしたり隠したりするような、人の気持も慮れない偽善クズだってのに。いつも大口叩きたがる。
結局作品の「面白さ」なんて理屈じゃなく感覚とかセンスだろうし、「このようにすれば面白くなる」なんて言葉で語れるものじゃないんだろうね。
味覚と同じく好みも人それぞれだし。全員にウケるわけじゃない。
結局いつも実体のない話だなぁ。要するに時間の無駄。けどこのグダグダが好き。
何かを成す責任に怯えて、夢を叶えられないのかもしれないわ。
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【うだつの上がらないエッセイ集】
生き物の話や夢の日記、思い出や星占いの話など、思いついたことを色々詰め込んだ連載です。
【良くも悪くも、星の回転は止まらない】
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