35 / 182
優柔不断と淡い夢の道、延々ループ
しおりを挟む
作家、芸術家、表現者、特にSNSとかブログとかで発信しているような人の多くは、「人に見てもらいたい」欲求が強いのだろう。多くはプロを目指し、あるいは収入になればいいな、みたいに夢見ている人だと思う(それか、あくまで趣味と割り切ってるか)。
それぞれの理想像は……。「コメントがいっぱい付いて、みんなでワイワイ」型か、「少数だが気心知れた仲間と仲良く」か、「コメントや賞賛はいっぱい付くが、自分は読者たちと関わることなく黙々と創作」型か、「コメントはいらないからコメ欄OFF、ブックマークさえいっぱい付けばいい」感じか。
誰にも見られなくていいという人は、投稿とかアピールはしていなさそうな気がする。ノートに書くとか、パソコンで書くけど投稿はしない、とか。アナログで黙々と描いたり作ったりするけど、部屋に置いておくだけで積極的に人に見せたりはせず、たまたま作品を目にした知り合いが「買いたい」と言っても「売り物じゃないから」と言って売らないとか。なんかそんなイメージ。
あとは……。ネットやSNSで投稿とかはせず、公募ガイドに載ってるようなコンクールに出しまくるとか?
私はあれには早々に挫折したなぁ。手応えも、自分のレベルも分からなさすぎて。
私は人に見られたい側だが、理想像が定まらない。
今はお世辞にも見られているとは言えない。才能がないというのもあるが、この排他的で陰湿な性格がなければ、もうちょっとイラストや漫画がバズっていたのではないかとも思う。性格にドン引きされてそう。
なんて、性格はどう足掻いてもこうなのだから(開き直り)、そうじゃなければどうだったかなんて、知る由もない。
とりあえずこのエッセイもどきを書いている間に、毎日ラクガキとかもできるっちゃできるけど。絵投稿全力投球は3DS時代にやっていた。そして燃え尽きたのかも。
私のマイブームや投稿ルーティンは地味に変わっていっているかも。以前は絵ばかり黙々と、次は絵とゲーム日記、その後はエッセイ的なものも入り、次はずっと虫の写真、その後は野鳥撮影にハマり。で、現在は文章ばかり書いているが、この文章が一番ウケが悪い気がする。
絵やゲーム日記、虫の写真、野鳥写真、そしてマンガなどだと、私の人格はやや薄まり、ただの「絵を描いている人」「ゲームが好きな人」「虫や鳥が好きな人」になる。私の趣味ではあるけれど、私自身をゴリ押しするアピールではない。あくまで主役はジャンル自体であり、私が主題ではないような。何かの感想文とかファンアートと一緒。
特にウケが良かったのは一枚絵な気がする。絵はかなり褒めていただいたことがある。それはかつて積極的に交流していたせいかもしれないけど。
文章は私そのもの、という気がする。
リアルの私は私じゃない。仕事ができない自分。働いてばかりいる自分(※個人的主観。世間的には全然)。嫌われないよう、当たり障りのないことを言う自分(これも主観)。
以前はネットでも嫌われたくなかった。が、もう、嫌われたら嫌われたでしょうがないやと思っている……いや、思いたい。嫌われるとか嫌われない云々より、稼がねば。
って、嫌われたら稼げないんじゃないの? とも思うが、嫌われない言動にエネルギーを費やすと凡人になり、凡人になるとどの道、需要もあまりなさそうなイメージがあって。
それでとりあえず尖ってみたが、結果は……お世辞にも良いとは言えない。応援してくれていた人まで離れた気がする。
交流がどんどん疎かになっているせいでもあるけど、私に才能があれば、どんどん投稿することでこそ喜んでもらえるはず。それがこの有り様。
絵よりも写真よりも小説よりも、私そのものである文章。昔から好きだった作文。これがウケなくなったということは(※かつて小さい作文コンクールで最優秀賞や佳作になったことがあり、先生も褒めてくれたため、文章が得意だと思い込んでいた)、私の人格が地に落ちたということだ。
小学生の頃なんかは、出だしは私が書いていたが、筆(鉛筆)がノってくると、誰か他の人にバトンタッチしたように、鉛筆が勝手に動く感じだった。
今は鉛筆でなくデジタルに変わったものの、感覚は同じかもしれない。が、もしかしたらバトンタッチせずに、ずっと私が書いているのかもしれない。で、ウケない。
だんだんものぐさになりつつある、いや、焦っているのか。優柔不断すぎて何を言っているのかすら分からない。目標も定まらない。
いや、「好きなことで生きる」という目標はあるけど、「どうせ何をやっても上手くいかない」と諦めてしまって、やる気が出ない。そう、つまり無気力か……。
状態で言うと停滞。何をしたら芽が出るのか、何が無駄な労力なのか、見分けがつかない。
なんて、無気力怠惰では生きていけない。そんなこと言ってる場合じゃない。しかし人生が嫌になるばかり。そんなこと言ってる場合でもない。
好きなことが趣味でいいやと思えるなら良いんだけど、趣味にしても現代人は忙しい。それをみんな笑い飛ばしながら、なんとか明るくやっている。
私はあからさまに嫌な顔をして、まわりの志気まで下げるだけ。嫌なことが本気で嫌なのだ。
ってそんなことみんな同じだろう。甘ったれるなと、私の中の誰かが言う。うーん。
私らしいルーティンが欲しい。「私の人生これでいいや」と。本気で怠惰に私らしくあれたなら、いつか野垂れ死にしても、案外幸せと思えるだろうか。
なんて、野生動物じゃない我々は、テキトーに生きるとテキトーに死ぬのでなく、誰かに負担をかけてしまうから嫌われるのである。
認められたい。でもプレッシャーは嫌。ワガママ言っている場合ではないというのに。
以前は色々やってみることで前に進んでいる感じがあったが、今はやり方を変えても何をしても手応えがない、結果が出ないのが分かっている、結果が出ないと思うからやる気も出ない……。
厳しい世界が辛い。あー、モチベーションが欲しい。
それぞれの理想像は……。「コメントがいっぱい付いて、みんなでワイワイ」型か、「少数だが気心知れた仲間と仲良く」か、「コメントや賞賛はいっぱい付くが、自分は読者たちと関わることなく黙々と創作」型か、「コメントはいらないからコメ欄OFF、ブックマークさえいっぱい付けばいい」感じか。
誰にも見られなくていいという人は、投稿とかアピールはしていなさそうな気がする。ノートに書くとか、パソコンで書くけど投稿はしない、とか。アナログで黙々と描いたり作ったりするけど、部屋に置いておくだけで積極的に人に見せたりはせず、たまたま作品を目にした知り合いが「買いたい」と言っても「売り物じゃないから」と言って売らないとか。なんかそんなイメージ。
あとは……。ネットやSNSで投稿とかはせず、公募ガイドに載ってるようなコンクールに出しまくるとか?
私はあれには早々に挫折したなぁ。手応えも、自分のレベルも分からなさすぎて。
私は人に見られたい側だが、理想像が定まらない。
今はお世辞にも見られているとは言えない。才能がないというのもあるが、この排他的で陰湿な性格がなければ、もうちょっとイラストや漫画がバズっていたのではないかとも思う。性格にドン引きされてそう。
なんて、性格はどう足掻いてもこうなのだから(開き直り)、そうじゃなければどうだったかなんて、知る由もない。
とりあえずこのエッセイもどきを書いている間に、毎日ラクガキとかもできるっちゃできるけど。絵投稿全力投球は3DS時代にやっていた。そして燃え尽きたのかも。
私のマイブームや投稿ルーティンは地味に変わっていっているかも。以前は絵ばかり黙々と、次は絵とゲーム日記、その後はエッセイ的なものも入り、次はずっと虫の写真、その後は野鳥撮影にハマり。で、現在は文章ばかり書いているが、この文章が一番ウケが悪い気がする。
絵やゲーム日記、虫の写真、野鳥写真、そしてマンガなどだと、私の人格はやや薄まり、ただの「絵を描いている人」「ゲームが好きな人」「虫や鳥が好きな人」になる。私の趣味ではあるけれど、私自身をゴリ押しするアピールではない。あくまで主役はジャンル自体であり、私が主題ではないような。何かの感想文とかファンアートと一緒。
特にウケが良かったのは一枚絵な気がする。絵はかなり褒めていただいたことがある。それはかつて積極的に交流していたせいかもしれないけど。
文章は私そのもの、という気がする。
リアルの私は私じゃない。仕事ができない自分。働いてばかりいる自分(※個人的主観。世間的には全然)。嫌われないよう、当たり障りのないことを言う自分(これも主観)。
以前はネットでも嫌われたくなかった。が、もう、嫌われたら嫌われたでしょうがないやと思っている……いや、思いたい。嫌われるとか嫌われない云々より、稼がねば。
って、嫌われたら稼げないんじゃないの? とも思うが、嫌われない言動にエネルギーを費やすと凡人になり、凡人になるとどの道、需要もあまりなさそうなイメージがあって。
それでとりあえず尖ってみたが、結果は……お世辞にも良いとは言えない。応援してくれていた人まで離れた気がする。
交流がどんどん疎かになっているせいでもあるけど、私に才能があれば、どんどん投稿することでこそ喜んでもらえるはず。それがこの有り様。
絵よりも写真よりも小説よりも、私そのものである文章。昔から好きだった作文。これがウケなくなったということは(※かつて小さい作文コンクールで最優秀賞や佳作になったことがあり、先生も褒めてくれたため、文章が得意だと思い込んでいた)、私の人格が地に落ちたということだ。
小学生の頃なんかは、出だしは私が書いていたが、筆(鉛筆)がノってくると、誰か他の人にバトンタッチしたように、鉛筆が勝手に動く感じだった。
今は鉛筆でなくデジタルに変わったものの、感覚は同じかもしれない。が、もしかしたらバトンタッチせずに、ずっと私が書いているのかもしれない。で、ウケない。
だんだんものぐさになりつつある、いや、焦っているのか。優柔不断すぎて何を言っているのかすら分からない。目標も定まらない。
いや、「好きなことで生きる」という目標はあるけど、「どうせ何をやっても上手くいかない」と諦めてしまって、やる気が出ない。そう、つまり無気力か……。
状態で言うと停滞。何をしたら芽が出るのか、何が無駄な労力なのか、見分けがつかない。
なんて、無気力怠惰では生きていけない。そんなこと言ってる場合じゃない。しかし人生が嫌になるばかり。そんなこと言ってる場合でもない。
好きなことが趣味でいいやと思えるなら良いんだけど、趣味にしても現代人は忙しい。それをみんな笑い飛ばしながら、なんとか明るくやっている。
私はあからさまに嫌な顔をして、まわりの志気まで下げるだけ。嫌なことが本気で嫌なのだ。
ってそんなことみんな同じだろう。甘ったれるなと、私の中の誰かが言う。うーん。
私らしいルーティンが欲しい。「私の人生これでいいや」と。本気で怠惰に私らしくあれたなら、いつか野垂れ死にしても、案外幸せと思えるだろうか。
なんて、野生動物じゃない我々は、テキトーに生きるとテキトーに死ぬのでなく、誰かに負担をかけてしまうから嫌われるのである。
認められたい。でもプレッシャーは嫌。ワガママ言っている場合ではないというのに。
以前は色々やってみることで前に進んでいる感じがあったが、今はやり方を変えても何をしても手応えがない、結果が出ないのが分かっている、結果が出ないと思うからやる気も出ない……。
厳しい世界が辛い。あー、モチベーションが欲しい。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
5
1 / 4
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる