生きていて良いのだろうかと思うとき
一生劣等感を抱えて生きていく覚悟も、立派な人を目指す勇気も、「すべての命に価値がある」と揺らぐことなく信じ続ける力も持てないまま、今日もあちこちになびいている。
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感想
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(偽善者のつぶやき)「命の重み」を認められるのって一部の生き物だけだよね。「残酷」って何だろう。
月澄狸
エッセイ・ノンフィクション
「命の大切さ」などと「命」という言葉自体は大切にされるけれど……。テレビや新聞で出てくる「命」というものは、人間やペットなど「殺さず守るべき生き物」のことだ。しかし命というのは蚊にもゴキブリにもカビにも、牛やニワトリにも、微生物にも植物にもある。「命を大切に」ということは殺菌も草むしりもしないのか? そんなことはないはず。「命」の格差というか差別というか……。同じ命なのに暗黙の了解で「大事にすべき命」と「殺されるべき命」がある。なぜ人は、限定的で差別的な概念に対して「命」という壮大な言葉を使いたがるのか。と言いつつ私も「命」という言葉を乱用している。
生や社会への恐怖、老いや年齢に関する疑問。誰にも聞けないから自問自答する。
月澄狸
エッセイ・ノンフィクション
最近ずっと頭から離れないことを総合して考えると、どうも全部同じテーマにたどり着くように思う。それは老い。
「老いについて語る」ってちょっとタブー視されているように思う。健康とか美容とか、すべてに繋がるテーマではあると思うのだけれど、何かあまり触れてはいけないような、はぐらかされているような、モヤモヤとしたものが常にある。気のせいだろうか?
人は等しく年を取る。なのになんだか行き先がハッキリしない。
あまりみんな向き合いたくない、触れたくない、直視したくないテーマなのだろうか。
ということで老いや年齢、命や世界に関して思ったことをつぶやいていこうと思う。
「人の役に立つ」「人を喜ばせる」といった言葉に未だに馴染めない理由
月澄狸
エッセイ・ノンフィクション
昔からそういう言葉が苦手である。なんで人の役に立たなきゃいけないんだろう、なんで人を喜ばせなきゃいけないんだろうと思う。
お探しのページは見つかります ~奇跡の1ページを求めて~
月澄狸
現代文学
小さい頃読んでいた絵本は1ページ1ページ味わっていたのに、今ネットで何気なく見る1ページ1ページはあの頃のように味わえていないかもしれない。あの頃より見られる情報の数も、画像の数も多いのに。
途中でこぼしてきてしまったかもしれない、何かを思い出したい。
世の中色々な人がいる、ということに時々疲れる。
月澄狸
エッセイ・ノンフィクション
世の中色々な人がいる。ハッピーな時に聞いたら素敵な言葉だ。まだ見ぬ世界が広がっていて、これから色んな人に出会う可能性があるのだから。
でも色々な人がいるということは、色々考慮しないといけないわけで。善なのか悪なのか判断のつかないこともある。世界に善も悪もないけれど。
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友達も恋人も子どももペットもいないから言えることもある。(みんな同じ命)
月澄狸
エッセイ・ノンフィクション
誰か一人を愛したことのない人間に、人類愛が分かるのだろうか? 一匹の猫を、犬を、小鳥を、ハムスターを愛したことのない人間に、生き物愛が分かるのだろうか? それでも、何も持っていないからこそ言えることもある。人に懐く生き物だけが尊い命なわけではない。ムカデもゴキブリも同じ命なのだと。
ネコは侵略的外来種ワースト100に入っているのに良いイメージで、他の外来種や害獣ばかり悪者・問題扱いされるのは何故?
月澄狸
エッセイ・ノンフィクション
良いイメージの付いている生き物と悪いイメージの生き物。同じ侵略的外来種で、どちらも生態系へ影響を与える生き物であっても、なんとなくイメージに違いがある。みんな同じ命であり、自らの本能と役割にそって一生懸命生きているだけなのに、なぜ印象に違いが出てくるんだろう?
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