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すべて余のためハトのため
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謎の狂宴にハトとの穏やかな時間を邪魔された数日後。
俺は気合い十分で再びこの公園に戻ってきた。
ハトとの時間は、運によって大きく左右される。
天候、人間の数。
人の数が少なくたって、執念を持ってハトを追い回す少年が一人いたら、ハトとの時間は成立しないのだ。
だから、そんな様々な条件をクリアしてハトと見つめ合うことができた日には、それを奇跡と呼びたいのである。
──そのために、俺は何度でも立ち上がる。
さぁ、ハトたちよ、今度こそ真の姿を見せておくれ……!
『ボスン』
おや? 物の入ったレジ袋を置くような鈍い音がした。なんだ……?
俺が音のする方、後ろを向くと、すぐ近くにカップルか若い夫婦みたいな奴が腰掛けて、レジ袋を鳴らしながらコンビニおにぎりや総菜パンを取り出していた。
なんだよもう。どうしてこんな近くに来るんだ。俺の持っているパンが目に入らないのか? 俺がこれから神聖な儀式を始めようと集中しているのが分からないのかい?
鈍感どもめ。
仕方ない、移動するか……。
そう思って立ち上がるも、あたりを見渡すと人が多く、どこへ行ってもそれほど他人から離れられないことに気づく。
クソッ、俺にどうしろっていうんだ。
ムカついた俺はその場でパンをまき始めた。
こんなの本当のハトぽっぽタイムじゃない。そんなことは俺にも分かっている。しかし俺は自分の道を自分で切り開かねばならないのだ。
自分のハトは自分で集めなければならない。時には蔑まれてでも。
……人生だって同じだろう。誰も俺のハトを集めてステージを用意してはくれないし、他人が集めたハトは、所詮他人のものなのだ。
──そんな厳しい世界がここにあった。
まき散るパンと、飛んでくるハト。それに気づいて明らかに迷惑そうな顔をして「こいつは何をやっているんだ」という目で見てくるさっきの男女。
女の方がぼやく。
「えーっ、マジか。しょうがないな、どうしよう。もう出しちゃったのに……」
開封済みの総菜パンを袋に戻し、その場に置いたコンビニおにぎりも手に取り立ち上がる。
「ヤバいよな」
男性もぼやく。
ハトが持つ雑菌は、時に人を死に至らしめるほどの威力を持つという。
それで二人は、食べ物に菌が移ったら大変だと慌てているのだろう。
しかしヤバいのは、神聖な儀式を邪魔したそっちだ。
俺は静かな怒りとともに、心の中で言い返す。
そっちが俺の邪魔をしてきたって、こちらは予定通り実行に移すだけさ。
小走りで去っていくカップルを尻目に、俺は勝利の雄叫びを上げた。
これももちろん、心の中でだ。俺はハトをおもちゃにするような子どもたちと違って良識ある人間だから、公園の真ん中で奇声を上げるような非常識なマネはしない。
しかし最近は、人のハトぽっぽタイムを邪魔するような非常識な大人が増えたものだ。子どもなら許せるが、大の大人がこんなことでいいのだろうか? 人類はこの先大丈夫だろうか。日本の行く末が案じられる。
おっと、雑念が多かったか? 俺としたことが、ハトの前で自分の怒りに気を取られるとは。ハト以外のことなんて、俺にとってはどうでもいいはずじゃないか。
──さあ、集中せねば。
ハトと見つめ合うべく、再びパンをまきだした俺。するとこちらに人が近寄ってくるのが見えた。知らないお爺さんだ。
お爺さんはだんだん近づいてくる。嫌な予感が増す。
おいおい、まさか話しかけてくるつもりか? よしてくれよ。見ての通り俺は今忙しいんだ。暇なわけじゃないし孤独なわけでもない。ハト一筋なだけなんだ。お喋りの相手なら、別の人間を探してくれ。
しかし俺の嫌な予想を裏切ることなく、お爺さんはまっすぐこっちにやってきた。そして俺に声を掛ける。
「ハトにパンをやってはならん」
「……え?」
お爺さんの言葉は予想外だった。相手は仲良く喋りたいのですらなく、クレームを入れにきたとでもいうのか。最悪だ。
「この公園ではみんな普通にハトに菓子とかパンとかやっていますけど」
さりげなく「ここはそういうエリアだ」とアピールする俺。公園は散歩客だけのものではない。散歩こそが正義であるみたいな態度はやめていただきたい。パンはまくけど人には負けないぞ……。
お爺さんはゆっくりと首を振った。
「お前はハトを愛しているのだろう? その顔を見れば分かる」
「何……?」
「わしも昔そうだったからな。だからこそ、お前に言いたいことがあるんじゃ」
「……!?」
お爺さんの言葉は予想外だった。
俺はハトに対して並々ならぬ執着心を持っている。それが愛かどうかは分からないと思ってきた。が、この人は俺がハトを愛していると言った。
それにお爺さんは昔ハト派だったって……? 言いたいことって何だ?
俺は急に顔を上げて、お爺さんの顔をしかと見た。
その目、確かに……。ハトを愛する目だ。
多分。
お爺さんは何かを俺の方に差し出した。
それは最新式のスマホ……の、画面だ。そこにはなにかのウェブページが表示されている。
「これを見よ」
お爺さんは静かにそう告げたのだった。
俺は気合い十分で再びこの公園に戻ってきた。
ハトとの時間は、運によって大きく左右される。
天候、人間の数。
人の数が少なくたって、執念を持ってハトを追い回す少年が一人いたら、ハトとの時間は成立しないのだ。
だから、そんな様々な条件をクリアしてハトと見つめ合うことができた日には、それを奇跡と呼びたいのである。
──そのために、俺は何度でも立ち上がる。
さぁ、ハトたちよ、今度こそ真の姿を見せておくれ……!
『ボスン』
おや? 物の入ったレジ袋を置くような鈍い音がした。なんだ……?
俺が音のする方、後ろを向くと、すぐ近くにカップルか若い夫婦みたいな奴が腰掛けて、レジ袋を鳴らしながらコンビニおにぎりや総菜パンを取り出していた。
なんだよもう。どうしてこんな近くに来るんだ。俺の持っているパンが目に入らないのか? 俺がこれから神聖な儀式を始めようと集中しているのが分からないのかい?
鈍感どもめ。
仕方ない、移動するか……。
そう思って立ち上がるも、あたりを見渡すと人が多く、どこへ行ってもそれほど他人から離れられないことに気づく。
クソッ、俺にどうしろっていうんだ。
ムカついた俺はその場でパンをまき始めた。
こんなの本当のハトぽっぽタイムじゃない。そんなことは俺にも分かっている。しかし俺は自分の道を自分で切り開かねばならないのだ。
自分のハトは自分で集めなければならない。時には蔑まれてでも。
……人生だって同じだろう。誰も俺のハトを集めてステージを用意してはくれないし、他人が集めたハトは、所詮他人のものなのだ。
──そんな厳しい世界がここにあった。
まき散るパンと、飛んでくるハト。それに気づいて明らかに迷惑そうな顔をして「こいつは何をやっているんだ」という目で見てくるさっきの男女。
女の方がぼやく。
「えーっ、マジか。しょうがないな、どうしよう。もう出しちゃったのに……」
開封済みの総菜パンを袋に戻し、その場に置いたコンビニおにぎりも手に取り立ち上がる。
「ヤバいよな」
男性もぼやく。
ハトが持つ雑菌は、時に人を死に至らしめるほどの威力を持つという。
それで二人は、食べ物に菌が移ったら大変だと慌てているのだろう。
しかしヤバいのは、神聖な儀式を邪魔したそっちだ。
俺は静かな怒りとともに、心の中で言い返す。
そっちが俺の邪魔をしてきたって、こちらは予定通り実行に移すだけさ。
小走りで去っていくカップルを尻目に、俺は勝利の雄叫びを上げた。
これももちろん、心の中でだ。俺はハトをおもちゃにするような子どもたちと違って良識ある人間だから、公園の真ん中で奇声を上げるような非常識なマネはしない。
しかし最近は、人のハトぽっぽタイムを邪魔するような非常識な大人が増えたものだ。子どもなら許せるが、大の大人がこんなことでいいのだろうか? 人類はこの先大丈夫だろうか。日本の行く末が案じられる。
おっと、雑念が多かったか? 俺としたことが、ハトの前で自分の怒りに気を取られるとは。ハト以外のことなんて、俺にとってはどうでもいいはずじゃないか。
──さあ、集中せねば。
ハトと見つめ合うべく、再びパンをまきだした俺。するとこちらに人が近寄ってくるのが見えた。知らないお爺さんだ。
お爺さんはだんだん近づいてくる。嫌な予感が増す。
おいおい、まさか話しかけてくるつもりか? よしてくれよ。見ての通り俺は今忙しいんだ。暇なわけじゃないし孤独なわけでもない。ハト一筋なだけなんだ。お喋りの相手なら、別の人間を探してくれ。
しかし俺の嫌な予想を裏切ることなく、お爺さんはまっすぐこっちにやってきた。そして俺に声を掛ける。
「ハトにパンをやってはならん」
「……え?」
お爺さんの言葉は予想外だった。相手は仲良く喋りたいのですらなく、クレームを入れにきたとでもいうのか。最悪だ。
「この公園ではみんな普通にハトに菓子とかパンとかやっていますけど」
さりげなく「ここはそういうエリアだ」とアピールする俺。公園は散歩客だけのものではない。散歩こそが正義であるみたいな態度はやめていただきたい。パンはまくけど人には負けないぞ……。
お爺さんはゆっくりと首を振った。
「お前はハトを愛しているのだろう? その顔を見れば分かる」
「何……?」
「わしも昔そうだったからな。だからこそ、お前に言いたいことがあるんじゃ」
「……!?」
お爺さんの言葉は予想外だった。
俺はハトに対して並々ならぬ執着心を持っている。それが愛かどうかは分からないと思ってきた。が、この人は俺がハトを愛していると言った。
それにお爺さんは昔ハト派だったって……? 言いたいことって何だ?
俺は急に顔を上げて、お爺さんの顔をしかと見た。
その目、確かに……。ハトを愛する目だ。
多分。
お爺さんは何かを俺の方に差し出した。
それは最新式のスマホ……の、画面だ。そこにはなにかのウェブページが表示されている。
「これを見よ」
お爺さんは静かにそう告げたのだった。
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