死相

月澄狸

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死相

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 ある夜、目が覚めると、私のファンの少女が勝手に部屋にいた。
 彼女は私の腹にまたがり、上から私の顔を覗き込んでいる。私は彼女にまたがられた重みで目を覚ましたのだ。

「……ここ……で、何……して……」

 寝起きでかすれた声で彼女に尋ねる。


 これは夢か、現実か?

 元からミステリアスな彼女だが、カーテンの閉まった室内にいると、まるで金縛りを起こす亡霊のようである。表情がよく見えない。
 私は手を動かそうとしてみたが、動かなかった。やはり金縛りか?

 カーテンが揺れている。窓が開け放たれ、風が吹き込んでいるのだ。閉めて寝たはずだけど……。


 闇に目が慣れ、彼女の表情が見えてきた。

 彼女は悲しそうに言った。
「数日前からあなたに死相が見えるから……。後をつけてきたんです」


 この子、ストーカー気質だったのか……。

 たしかにいつも熱心に追いかけてくれていたけれど……。その割にいつも無表情だから、実は裏で私を誹謗中傷しまくっているアンチなんじゃないかと思ったりもしたっけ。
 でも途中から分かった。彼女は私を嫌ってはいない。その視線には熱がこもっていて……。

 って、え、彼女、死相って言った? 死相見える系?

 私の腹に乗る彼女の体温や質感、息遣いが伝わってくる。
 彼女自身は亡霊じゃないようだけど、霊能力みたいなのはある系か……。そして彼女じゃなく私がこれから亡霊になると?


「死相、ね……。わざわざ伝えていただいてどうも……。で……?」

『何の用?』とは聞くまでもないか。彼女は上の服を脱ぎ始めた。
 まだ小さい胸があらわになる。


「あなたの死相を見て考えたんです。私、あなたを見ているだけで幸せだったから、それ以上どうこうするつもりはなかったけど……。あなたが何も残さずに死んでしまうのは嫌だなって」


『何も残さず』は言い過ぎでしょう、と反論する間もなく唇を奪われた。
 手足は物理的に縛られているらしい。抵抗できない。

 間を空けて、彼女が続ける。
「あなたの……赤ちゃんを……この世に残しましょう?」


 なんだなんだ、酔ってるのかこの子? いきなり部屋にいるわ、死相とか言い出すわ、服を脱ぎ始めるわ……
 って彼女、下も脱いでるし。ぎこちないながらも意志の強そうな手つきで、こちらの服にも手をかけている。


「待って、君何歳だっけ?」

「もうすぐ死ぬんだから、どうでも良くないですか」

「本当にできたら、この先どうする気?」

「どうにかします。あなたは子孫を残すことに集中して」

「ファンの少女を妊娠させて死ぬなんて、最低の最期じゃない!? 葬式で棺桶に唾吐かれちゃう……。そんな汚名を残して死ぬくらいなら、何も残さずに死んだ方がマシじゃ……」


「だったら勝手に我慢しててください」
 彼女は頬を赤らめつつ意地悪そうに言う。

「私以外、誰もあなたのことを見ていない。あなたの才能が分からない奴らになんか、最後にどう思われたって良いと思いません? 私だけです、あなたの遺伝子の価値が分かるのは」

 そのまま下の方も奪いにかかってきた。


「ち、ちょっと……!?」

「どうせあと数日かそこらで死んで、跡形もなく焼かれてしまう肉体ですよ。恥じることないでしょう」


 死相なんて彼女の妄言。とはいえなんだか妙に……理由もなく納得してしまう。
 ここ数日、空虚な感じというか……空虚なのは今に始まったことじゃないが……「このまま死ぬのかもな」という思いに取り憑かれていたのだ。

 いくら活動を続けても空振りだった。薄っぺらい人生だが、それを振り返り、記憶や感情の棚を整理するような感覚に浸っていた。


 しかし目の前で繰り広げられている、これは何だ……。
 やわらかい彼女の体を押し付けられて……。



「すごく声出てますけど、そんなに慣れてないんですか?」

「……うぅ…………」


「……可愛い……」

 名残惜しそうに、寸止めをかけてくる彼女。私の頭をなで、頬をなで、体の輪郭や心臓の鼓動を確かめるように、あちこちに手を這わせる。
 顔と顔を近づけ、切なそうに目を覗き込んできた。

 荒い吐息がかかる。


 幼児をあやすような甘い声で、少女が尋ねてくる。
「どうしたいの? 言ってごらん?」


「……いきたい……」

 絞り出すように答える、私。


 数秒間、私の顔を見つめた彼女。
 驚き、そして安堵のような表情を浮かべた。

「死相が……消えた……」



「一緒にいきましょ」

 彼女は嬉々として、私の未来を奪った。
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