4 / 52
金曜日
1.
しおりを挟む
江藤和臣が帰宅すると、自宅マンションの部屋の前に、見知らぬ男が立っていた。
ドアをふさいでいるわけではなく、外廊下の手すりにもたれるようにして星のない3月の夜空を見上げている。
暗い電灯の光で、長めの髪が金色に光っている。そのせいか、身体全体もぼんやりと発光しているように見えた。
蛍光色の上着のせいだろうか。
近づく足音に気づいたのか、男はゆっくりと和臣の方に顔を向けた。つり気味の大きな目が印象的な、きれいな顔をしている。
だがしかし、その男は全く和臣の好みではなかった。
右の小鼻に銀色のピアスが光っている。渋谷あたりのがちゃがちゃした店のマネキンのような品のない格好をしているし、袖口からのぞく手首や脚は小枝のように茶色く細い。
親しくなりえないタイプの人間だし、駅で話しかけられたのであれば無視して足早に通り過ぎただろう。
すぐに部屋に入らなかったのは、他人に見られているときに、鍵を開けて自宅に入るのを躊躇しただけだ。向こうに何ら悪意がなくても、30を過ぎたおっさんでも、昨今住所を知られることを用心せずには生きられない。
通り過ぎて向こうの非常階段から降りて時間をつぶすか……
和臣がそう考えたとき、男の方から話しかけてきた。
「こんばんわぁ。」
意外と、悪くない声だ。ただし、語尾が伸びていなければ。
「えっとぉ、江藤さん?あ、今のはしゃれじゃなくってぇ、はは、うけた?うけた?あ、オレね、隣のキャバ嬢の彼氏なんだけどぉ、いや、だったんだけどぉ、かな。」
男は和臣の反応を見るように下から覗き込みながら、一方的に喋った。
「二股がばれておん出されちゃって、今、すっげえ困ってんの。寒いし?夜だし?もう終電ないし?金もないし?」
和臣は思った。いやな展開だ。こんな話は聞きたくない。続きはもっと聞きたくない。
やはり駅前でもう一軒行っておけばよかった。せっかくの金曜日だ。今日は会社の近くで同僚と飲んだ後、最寄り駅近くのバーで一人しっとり飲みなおしてから帰ろうと思っていたのだ。すると折悪く近くの交差点で事故があったらしくサイレンや野次馬が騒々しくて、興をそがれて少し早く帰ってきただけなのに。
「そこになんと!親切なお隣さんが!」
男は両手を銃の形にして和臣をロックオンした。猫のような目を細くして、乱射するように手首を上下に振っている。
なんなんだこのテンションは。帰宅を後悔する和臣に、男はにやにや笑いながら間合いを詰めてきた。
「お兄さん、ゲイでしょ?」
耳元で突然ささやかれた言葉に、和臣は思わず身構えた。
ドアをふさいでいるわけではなく、外廊下の手すりにもたれるようにして星のない3月の夜空を見上げている。
暗い電灯の光で、長めの髪が金色に光っている。そのせいか、身体全体もぼんやりと発光しているように見えた。
蛍光色の上着のせいだろうか。
近づく足音に気づいたのか、男はゆっくりと和臣の方に顔を向けた。つり気味の大きな目が印象的な、きれいな顔をしている。
だがしかし、その男は全く和臣の好みではなかった。
右の小鼻に銀色のピアスが光っている。渋谷あたりのがちゃがちゃした店のマネキンのような品のない格好をしているし、袖口からのぞく手首や脚は小枝のように茶色く細い。
親しくなりえないタイプの人間だし、駅で話しかけられたのであれば無視して足早に通り過ぎただろう。
すぐに部屋に入らなかったのは、他人に見られているときに、鍵を開けて自宅に入るのを躊躇しただけだ。向こうに何ら悪意がなくても、30を過ぎたおっさんでも、昨今住所を知られることを用心せずには生きられない。
通り過ぎて向こうの非常階段から降りて時間をつぶすか……
和臣がそう考えたとき、男の方から話しかけてきた。
「こんばんわぁ。」
意外と、悪くない声だ。ただし、語尾が伸びていなければ。
「えっとぉ、江藤さん?あ、今のはしゃれじゃなくってぇ、はは、うけた?うけた?あ、オレね、隣のキャバ嬢の彼氏なんだけどぉ、いや、だったんだけどぉ、かな。」
男は和臣の反応を見るように下から覗き込みながら、一方的に喋った。
「二股がばれておん出されちゃって、今、すっげえ困ってんの。寒いし?夜だし?もう終電ないし?金もないし?」
和臣は思った。いやな展開だ。こんな話は聞きたくない。続きはもっと聞きたくない。
やはり駅前でもう一軒行っておけばよかった。せっかくの金曜日だ。今日は会社の近くで同僚と飲んだ後、最寄り駅近くのバーで一人しっとり飲みなおしてから帰ろうと思っていたのだ。すると折悪く近くの交差点で事故があったらしくサイレンや野次馬が騒々しくて、興をそがれて少し早く帰ってきただけなのに。
「そこになんと!親切なお隣さんが!」
男は両手を銃の形にして和臣をロックオンした。猫のような目を細くして、乱射するように手首を上下に振っている。
なんなんだこのテンションは。帰宅を後悔する和臣に、男はにやにや笑いながら間合いを詰めてきた。
「お兄さん、ゲイでしょ?」
耳元で突然ささやかれた言葉に、和臣は思わず身構えた。
0
お気に入りに追加
162
あなたにおすすめの小説
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。

離したくない、離して欲しくない
mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。
久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。
そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。
テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。
翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。
そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。
悪役令嬢は大好きな絵を描いていたら大変な事になった件について!
naturalsoft
ファンタジー
『※タイトル変更するかも知れません』
シオン・バーニングハート公爵令嬢は、婚約破棄され辺境へと追放される。
そして失意の中、悲壮感漂う雰囲気で馬車で向かって─
「うふふ、計画通りですわ♪」
いなかった。
これは悪役令嬢として目覚めた転生少女が無駄に能天気で、好きな絵を描いていたら周囲がとんでもない事になっていったファンタジー(コメディ)小説である!
最初は幼少期から始まります。婚約破棄は後からの話になります。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる