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番外編 二月十四日
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一年間ほとんど片付けられなかった凛花の遺品に、来月は本格的に手をつけなければならない。
職場で買い手を募ったら、家具はあっという間に行き先が決まった。佐伯がよくうたた寝していたソファ、凛花にねだられて買った女の子らしいチェスト、三人で毎日食事をしたテーブルも、来月にはこのマンションを出て行く。
佐伯の両親からの入学祝いだった凛花の勉強机は、佐伯邸に引き取られることが決まっている。いつか律が使うだろうから、その時まで「駿介の部屋」で預かると言ってくれていた。
彼の部屋はすでに片付けられてはいるが、呼称だけにはいつまでも主の名前が残っている。息子の遺品を処分した母のゆり子がどんなにつらかったか、今の津田には痛いほどよく分かった。
(結局、三つ目はなんだったんだろうな…… )
佐伯は結局、「嫌なこと」を二つまでしか言わなかった。かつて彼と片足ずつ履いたサンダルに目を落とし、津田は告げられることのなかった夫の不満に想いを馳せる。
答え合わせができるのはいつだろう。
愛しい人が「チョコの匂いだ」と言った紫煙をくゆらせながら、津田はその日を夢見るように目を閉じた。
彼が乾という番を得るのは、ちょうどこの一年後。
そんな未来を予想できるわけもない津田は、冷たい手すりにもたれて星のない夜空を見上げた。薄い唇をすぼめて吐き出した煙は、線香のように細く長く、亡き人の元へと昇っていった。
【了】
職場で買い手を募ったら、家具はあっという間に行き先が決まった。佐伯がよくうたた寝していたソファ、凛花にねだられて買った女の子らしいチェスト、三人で毎日食事をしたテーブルも、来月にはこのマンションを出て行く。
佐伯の両親からの入学祝いだった凛花の勉強机は、佐伯邸に引き取られることが決まっている。いつか律が使うだろうから、その時まで「駿介の部屋」で預かると言ってくれていた。
彼の部屋はすでに片付けられてはいるが、呼称だけにはいつまでも主の名前が残っている。息子の遺品を処分した母のゆり子がどんなにつらかったか、今の津田には痛いほどよく分かった。
(結局、三つ目はなんだったんだろうな…… )
佐伯は結局、「嫌なこと」を二つまでしか言わなかった。かつて彼と片足ずつ履いたサンダルに目を落とし、津田は告げられることのなかった夫の不満に想いを馳せる。
答え合わせができるのはいつだろう。
愛しい人が「チョコの匂いだ」と言った紫煙をくゆらせながら、津田はその日を夢見るように目を閉じた。
彼が乾という番を得るのは、ちょうどこの一年後。
そんな未来を予想できるわけもない津田は、冷たい手すりにもたれて星のない夜空を見上げた。薄い唇をすぼめて吐き出した煙は、線香のように細く長く、亡き人の元へと昇っていった。
【了】
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どきどきと切ないが絶妙な割合でとっても面白かったです!!津田さんがタチなことに驚き、母体より律君が優先されたかもしれないことにショックを受け、やった番になれた!と喜んだのも束の間まさかの事態にハラハラして。登場人物と一緒にその場にいるようでした!
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これからも応援してます!
はごろもさん、わたし、感想にお返事してなかったなんて…愕然としています。バグですか?まさか、ずっとお返事してなかったですか?!申し訳ありません🙏💦
BLは漫画ばかり読んでいたというはごろもさんにハマってもらえて、すごく嬉しいし光栄です。最近はBLじゃない短編ばかり書いていますが、このお話の番外編ほまたいつか追加したいと思っているので、そのときはまた読んでやってください。
誠に遅ればせながら、すてきな感想をいただきありがとうございました。