ただΩというだけで。

さほり

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番外編 二月十四日

2.

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(嬉しそうだな…… )

  津田は灰皿で煙草を潰しながら、夫の笑顔を見ていた。生活はカツカツだったけれど、チョコレートくらい買えなかったわけじゃない。

「煙草終わった?じゃ、これ中で一緒に食お」

  サンダルの片方を残して弾むように部屋に戻っていく佐伯の後ろ姿に、来年からは毎年チョコを買おう、と津田は思った。

  その日は暖かい部屋でお茶を飲みながら、二粒のチョコレートを半分ずつ食べた。零れた中身でベタベタになった手を舐めるうちにそういう雰囲気になり、小学生になった娘が起きてきたらと少しひやひやしながら、着衣のまま愛し合って眠った。

  津田が佐伯と一緒に過ごした、最後のバレンタインデーだった。

***

  津田は二枚の遺影の前に、鞄から出した小さなチョコレートの箱を置いた。来月で辞める津田への餞別の意味もあるのだろう、世話になった職場の事務の女性からもらった、わかりやすい義理チョコだ。

  四月から津田は、佐伯の父の縁故で製薬会社の契約社員になる。義父が自社にひっぱりたかったのも、製薬で働きたがっていたのも、本当は佐伯の方だ。ありがたい話ではあったが、気がひけるのも事実だった。

  箱を開けると、中には丸いチョコレートが二粒入っている。津田は一粒摘まみ、その半分をかじった。中身はプラリネ、アルコールは入っていないようだ。

(凛花が一個、俺と佐伯で半分だな)

  最終的には自分が全部食べるのだと分かっている。それでも、津田は一粒半のチョコレートを故人に残して立ち上がった。

  ドアの隙間から覗くと、来月一歳になる律はかつて夫夫ふうふの寝室だった和室で健やかな寝息を立てている。最近つかまり立ちをするようになったので、リビングにある遺影の前に菓子類を放置できなくなった。朝までにはしまっておかないとな、そう思いながら、そっとドアを閉める。
 
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