ただΩというだけで。

さほり

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番外編 二月十四日

1.

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「いないと思ったら、喫ってるし」

  そう言いながら、佐伯が真冬のベランダに顔を出した。

「あぁ、悪い」
「換気扇の下ならいいって言ってんじゃん。寝かしつけて戻ったらいないとか、寂しいだろ」

  身体の幅だけ窓を開けてスウェットで出てきた佐伯の足元に、津田はサンダルの片方を脱いで差し出した。佐伯がそれに左足をつっかけて、津田の前に立つ。靴下だけを履いた足は互いの足の甲の上に置き、自然と抱き合う姿勢になる。サンダルが一足しかないベランダに二人で出るときの、いつものやり方だ。

  結婚して八年。一緒に暮らすうちに、ハウスルールもずいぶん増えた。

  津田は顔を背け、横向きに紫煙を吐き出した。冷たい空気にとけるそれをぼんやりと見ていたら、頬に添えられた佐伯の手で強引に正面を向かされた。

「ユキが煙草吸うの、嫌な理由は三つある。その一つがそれ」
「…… 副流煙、吸わせたくないんだよ」
「この匂い、案外好きだけど。チョコみたいじゃね?」

  佐伯は津田の指に挟んだマイルドセブンに顔を近づけて、鼻から息を吸った。

「だぁら吸い込むなって。身体に悪い」
「お前が言うなよ。自分だけ美味しい思いして」
「チョコならほら、こっちにしろよ」

  津田がコートのポケットから取り出した小さな箱に、佐伯は目を丸くした。

「くれんの?俺に?てか、なんでポケット?プロポーズかよ」
「凛花に見つかったら無駄にもめるだろ。日本酒入りなんだよ」

  部屋で眠っているはずの娘は、甘いものに目がない。佐伯が外でもらってくるチョコレートは毎年、彼女に押収されてしまう。

「ありがと。嬉しい」

  目を細めて寄せてきた佐伯の顔を、津田は手のひらで制した。煙草臭いと言われるのが分かっていて、キスはしたくない。

「……これが二つ目」

  佐伯は不満顔で鼻から息を吐くと、すぐに相好を崩してくつくつと笑った。
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