355 / 417
新生活
18.
しおりを挟む
「これ、縫ったんでしょ?病院レベルだよね。相手お医者さんじゃなければ」
「医者じゃなくて薬屋」
「あ、新しい職場の人?」
「…… 上司」
「うはぁ!」
嶋本は撃たれたように軽くのけぞり、
「佐伯さんに限ってそんなベタな展開ないと思ってたぁ!」
あはは、と声を上げて笑った。
「佐伯さん」と呼ばれることに、津田は懐かしさと一抹の罪悪感を覚えた。
二年前に改姓したことも、凛花の身に起きたことも、嶋本には話していない。律をここに連れてきたことはあるが、若いアシスタント達にかわいがってもらったあの子のことを、津田は「事情があって預かっている子」だと説明していた。
一見軽薄そうな嶋本は、人が踏み込まれたくない話題を敏感に察知する。職業柄もあるかもしれないが、相手が話したがらないことを、しつこく聞いたりはしない。
彼が施術中に根掘り葉掘り詮索するような性格であれば、津田はこのサロンに通い続けることはなかっただろう。
顔を出さずにいると、三ヶ月ほどで嶋本は必ず津田に連絡を寄越す。
「他の人にカットさせたら恨むからね!」
そうふざけて脅しつつ来店を促す彼が、自分と娘の生活を心配してくれているのだと知っていながら、津田は凛花がもうこの世にいないことも打ち明けられずにいるのだった。
「嶋本はさ、」
鏡の中に話しかけると、彼は先を促すように小首を傾げた。
「うまくいってんの?番の人と」
津田が覚えている限り、彼の番について質問したのは初めてだ。嶋本は一瞬だけ動きを止め、口元を大きな弓形にしならせた。
「うまくいってるよ。全然会ってないけど。うちは最初から、ビジネスパートナー契約だからね」
嶋本の番は、他に家庭があると聞いた。番になるなら出店費用を半分出してやると持ちかけられ、「契約」したのだと。
「医者じゃなくて薬屋」
「あ、新しい職場の人?」
「…… 上司」
「うはぁ!」
嶋本は撃たれたように軽くのけぞり、
「佐伯さんに限ってそんなベタな展開ないと思ってたぁ!」
あはは、と声を上げて笑った。
「佐伯さん」と呼ばれることに、津田は懐かしさと一抹の罪悪感を覚えた。
二年前に改姓したことも、凛花の身に起きたことも、嶋本には話していない。律をここに連れてきたことはあるが、若いアシスタント達にかわいがってもらったあの子のことを、津田は「事情があって預かっている子」だと説明していた。
一見軽薄そうな嶋本は、人が踏み込まれたくない話題を敏感に察知する。職業柄もあるかもしれないが、相手が話したがらないことを、しつこく聞いたりはしない。
彼が施術中に根掘り葉掘り詮索するような性格であれば、津田はこのサロンに通い続けることはなかっただろう。
顔を出さずにいると、三ヶ月ほどで嶋本は必ず津田に連絡を寄越す。
「他の人にカットさせたら恨むからね!」
そうふざけて脅しつつ来店を促す彼が、自分と娘の生活を心配してくれているのだと知っていながら、津田は凛花がもうこの世にいないことも打ち明けられずにいるのだった。
「嶋本はさ、」
鏡の中に話しかけると、彼は先を促すように小首を傾げた。
「うまくいってんの?番の人と」
津田が覚えている限り、彼の番について質問したのは初めてだ。嶋本は一瞬だけ動きを止め、口元を大きな弓形にしならせた。
「うまくいってるよ。全然会ってないけど。うちは最初から、ビジネスパートナー契約だからね」
嶋本の番は、他に家庭があると聞いた。番になるなら出店費用を半分出してやると持ちかけられ、「契約」したのだと。
0
お気に入りに追加
671
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
トップアイドルα様は平凡βを運命にする
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。
ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。
翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。
運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる