ただΩというだけで。

さほり

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このまま目を覚まさなくても

12.

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  四角く切り取られた外は、すっかり暗くなっている。カーテンを閉めるべきか迷ったが、乾は津田のベッド脇に置いたスツールに座ったまま、動けずにいた。
  津田はまだ、眠り続けている。

  麻酔が切れたら自然に目がさめるはずだと言われ、もう2時間が経過していた。
  津田の呼吸は規則正しく、ときおり眉をひそめたり、息声が零れたりする。ここが病室ではなく、その首が幾重いくえにも包帯で巻かれていなければ、日常の睡眠に見えるほど穏やかだ。
  乾はその寝顔を眺めながら、ずっと津田とのことを考えていた。
  今までのことと、これからのことを。

「佐伯」
  乾が手を取ったとき、津田は確かに、その名を呼んだ。うっすら微笑んでいるように見えた。
  ひどく悲しくてせつなくて、奥歯を噛みしめたけれど。静かに眠る彼の顔を見ているうちに、もしかしたら津田は、このまま目覚めないほうが幸せなのかもしれない、乾はそう思うようになっていた。

  津田が夢の中で佐伯に会っているなら。 
  その世界はきっと、優しく暖かい光に満ちているのだろう。そこに彼を苦しめた格差や悲しい別れは存在せず、ただ穏やかに、愛しい人と一緒にいられる。
  もしもそんな居心地のいいところにいるなら、津田はもう戻って来たくはないのではないか。目を覚ましたら、がっかりするのではないか。

  津田に生きていてほしい、目を覚ましてほしい。そう思うのは、自分の欲望でしかなく、彼の幸せを考えてのことではない。そして彼の幸せはきっと、自分と一緒にこの世界を生きることではないのだ。
  導き出されたその答えが、乾の心に暗い澱となって沈んでいく。

 離したら連れて行かれてしまうような気がしてずっと握っている津田の手は、乾の手を握り返すこともなくただ、温かい。それがピクリと痙攣するたびに、期待を込めて長い睫毛を凝視してしまう。
  乾にはそんな自分が、エゴの塊のように思えてきた。


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