244 / 417
逡巡
29.
しおりを挟む
一緒に暮らしませんか、とは言われた。でも、その先のことを、乾がどう考えているのかは分からない。
今はただ、好きだから、会えなくなりそうだから、生活の拠点をともにしたいと思っているだけで。その延長線上に「番」や「入籍」はないのかもしれない。
そこまで視野に入れているのかと、本人に直接聞くのがもちろん一番早く確実なのだけれど、聞いたらそれを迫っているようにとられやしないかと、気後れしてしまうのだ。
乾は度がすぎるほどに真面目な性格だから、自分とのことも真剣に考えてくれているだろう。
ちゃんと話し合ったほうがいいとは思う。ただ、どういうふうに切り出せばお互いに深読みや誤解することなく腹を割って話せるのかが分からない。
(佐伯との時は、よかったな…… )
佐伯はβだったから、番になるか否かで悩むことがなかった。入籍も妊娠も彼に押し切られる形で話が進み、結婚してからの生活や2 二人の関係について、事前に悩む時間も余裕もなかった。
今にして思えば、津田が誰かの番にされてしまうことは、佐伯にとっては常に身の回りにある恐怖だっただろう。戸籍上の婚姻関係は、番の成立になんの影響も及ぼさない。
津田は、佐伯がαであってほしかったと思ったことは一度もないのだが。もしかしたら佐伯は、それこそ一度も口に出したことはなかったけれど、自分がαだったらよかったと思っていたのかもしれないと、津田は初めて考えた。
佐伯がαだったら、結婚と前後して番になったのだろうか。
でも河野によると、佐伯が結婚や妊娠を強行したのは、津田を「実験」から守るためだ。
そもそも佐伯がαで、番にさえなっていれば、津田は大学を中退してまで妊娠を急ぐ必要もなかった。その場合、もしかしたら凛花は生まれなかったかもしれない。凛花がいなければ律が生まれることもなく、あの小さな手も、ひなたくさい髪も、高く柔らかい声も、この世には存在しなかったのだ。
今はただ、好きだから、会えなくなりそうだから、生活の拠点をともにしたいと思っているだけで。その延長線上に「番」や「入籍」はないのかもしれない。
そこまで視野に入れているのかと、本人に直接聞くのがもちろん一番早く確実なのだけれど、聞いたらそれを迫っているようにとられやしないかと、気後れしてしまうのだ。
乾は度がすぎるほどに真面目な性格だから、自分とのことも真剣に考えてくれているだろう。
ちゃんと話し合ったほうがいいとは思う。ただ、どういうふうに切り出せばお互いに深読みや誤解することなく腹を割って話せるのかが分からない。
(佐伯との時は、よかったな…… )
佐伯はβだったから、番になるか否かで悩むことがなかった。入籍も妊娠も彼に押し切られる形で話が進み、結婚してからの生活や2 二人の関係について、事前に悩む時間も余裕もなかった。
今にして思えば、津田が誰かの番にされてしまうことは、佐伯にとっては常に身の回りにある恐怖だっただろう。戸籍上の婚姻関係は、番の成立になんの影響も及ぼさない。
津田は、佐伯がαであってほしかったと思ったことは一度もないのだが。もしかしたら佐伯は、それこそ一度も口に出したことはなかったけれど、自分がαだったらよかったと思っていたのかもしれないと、津田は初めて考えた。
佐伯がαだったら、結婚と前後して番になったのだろうか。
でも河野によると、佐伯が結婚や妊娠を強行したのは、津田を「実験」から守るためだ。
そもそも佐伯がαで、番にさえなっていれば、津田は大学を中退してまで妊娠を急ぐ必要もなかった。その場合、もしかしたら凛花は生まれなかったかもしれない。凛花がいなければ律が生まれることもなく、あの小さな手も、ひなたくさい髪も、高く柔らかい声も、この世には存在しなかったのだ。
0
お気に入りに追加
671
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
トップアイドルα様は平凡βを運命にする
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。
ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。
翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。
運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる