ただΩというだけで。

発情期

2.

「普段不愛想だし、今までは隣で津田さんが暑そうにしてても、正直あー可哀想にって思うくらいだったんですよね。βには分かんない苦労っていうか？毎月可哀想だな、みたいな。でも子どもがいるってことは、そういう相手がいるってことじゃないですか。しかもβの」

「増井さん」

  乾は声をあげて増井を制した。振り向いた美馬の方が、申し訳なさそうに首をすくめて頭を下げる。

「仕事してください」

  鋭く注意した乾に増井が小さな声で謝罪すると、乾と同じように耳を傾けていた者たちの仕事の手がさりげなく一斉に動き出した。

（しかもβの、か…… ）

  確かに、番のいない津田に子どもがいるとなれば、パートナーはβだと思うのが普通だ。でも、乾と、おそらく里谷も、そうでないことに気づいている。
  津田が抱いていた子どもが、佐伯律が、αだと知っているからだ。

  見た目で男女の区別がおおよそつくように、醸し出す雰囲気やわずかな匂いで第二の性も判断できる。子どものうちはわかりにくいものだが、佐伯律には遠目にもαだと分かるオーラがあった。Ωの津田に抱かれているとこで、αらしさが際立っていたのかもしれない。

  βとΩの間に、αの子は生まれない。

  やはり佐伯律は、佐伯常務の子どもなのだろう。何か特別な事情があり、番にならずに孕むことになったと思うしかない。

  乾は昨日受信した、河野の助手からのメールを開いた。
  津田に一蹴され、どうしたものかと困って返信できずにいた。立場上、教授の誘いを無下に断ることなどできないが、津田の事情を考えると無理強いもできない。河野が、乾や里谷ではなく、津田を誘い出したいことは明らかだから、津田抜きでの会を提案することもできない。

  乾は「津田が病欠中で予定の確認ができない」ことを理由に、日程の調整を待ってもらいたい旨を、丁寧な文章で送信した。
  8ヶ月もアポの取れなかった多忙な河野のことだ。このまま忘れてくれることを、乾は期待していた。