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ブラックキャップ
14.
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ノート3枚にわたり化学変化の数値がびっしりと書き込まれたこの表を見て、この一点がおかしいと声を上げられる者が、この部署に他にいるだろうか。
乾は思わず、顔を上げて津田の姿を探した。
津田はコピー機の隣の作業台で、黙々と書類の束を大型ホッチキスで留めていた。会議の資料作成を任されているらしい。
もともと、そういった補助的な作業を担う契約社員だ。求人の条件でも、薬学の知識は不問だったはずだ。
(そういえば前にも…… )
乾は思い出した。確か、津田が契約社員として入社して3ヶ月ほど経った頃にも、不気味に思ったことがあったのだ。
「佐伯常務の愛人」
いまや社内でまことしやかに流れる津田のその噂を、乾が初めて聞いたのも多分、そのときだ。
3ヶ月前の、まだ梅雨明け前の昼さがりだった。
乾が19階の社食で昼食をとっていると、トレイをもって隣に座った副主任が、声を潜めて聞いてきた。
「津田さんって、何者ですか?」
乾にはその意味が分からなかった。乾にとって津田は、上から押し付けられた目障りなΩの契約社員でしかなかったからだ。
先だって契約半ばで辞めたβの契約社員の補充が欲しいと人事に申請はしていた。でもまさか、Ωを押し付けられるとは思っていなかった。
上場会社は一定の割合でΩを雇用することが法律で義務付けられており、国から賃金の補助も出る。
しかし、Ωには最大1ヶ月に7日間の発情休暇が国に保障されていて、フルに活用すれば他の従業員の2/3しか働かない計算になる。βの契約社員に不公平感が募るのは免れないし、部署の頭数としてカウントされるのも承服しがたい。
Ωは概して能力が低く、怠惰で狡猾だ。そのうえ発情期のΩが近くにいると、抑制剤で抑えていても、漏れ出すフェロモンで他の社員の作業能率が落ちる。
実際、前月の津田の発情期には、βの社員でさえそわそわと落ち着かず、単純なミスが頻発した。
乾は思わず、顔を上げて津田の姿を探した。
津田はコピー機の隣の作業台で、黙々と書類の束を大型ホッチキスで留めていた。会議の資料作成を任されているらしい。
もともと、そういった補助的な作業を担う契約社員だ。求人の条件でも、薬学の知識は不問だったはずだ。
(そういえば前にも…… )
乾は思い出した。確か、津田が契約社員として入社して3ヶ月ほど経った頃にも、不気味に思ったことがあったのだ。
「佐伯常務の愛人」
いまや社内でまことしやかに流れる津田のその噂を、乾が初めて聞いたのも多分、そのときだ。
3ヶ月前の、まだ梅雨明け前の昼さがりだった。
乾が19階の社食で昼食をとっていると、トレイをもって隣に座った副主任が、声を潜めて聞いてきた。
「津田さんって、何者ですか?」
乾にはその意味が分からなかった。乾にとって津田は、上から押し付けられた目障りなΩの契約社員でしかなかったからだ。
先だって契約半ばで辞めたβの契約社員の補充が欲しいと人事に申請はしていた。でもまさか、Ωを押し付けられるとは思っていなかった。
上場会社は一定の割合でΩを雇用することが法律で義務付けられており、国から賃金の補助も出る。
しかし、Ωには最大1ヶ月に7日間の発情休暇が国に保障されていて、フルに活用すれば他の従業員の2/3しか働かない計算になる。βの契約社員に不公平感が募るのは免れないし、部署の頭数としてカウントされるのも承服しがたい。
Ωは概して能力が低く、怠惰で狡猾だ。そのうえ発情期のΩが近くにいると、抑制剤で抑えていても、漏れ出すフェロモンで他の社員の作業能率が落ちる。
実際、前月の津田の発情期には、βの社員でさえそわそわと落ち着かず、単純なミスが頻発した。
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