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最後の封印
俺を信じろ
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縄張りに踏み込まれたことがよほど気に入らなかったのだろう。
言葉など通じるはずがなく、俺たちはあっという間に怒り狂う真紅のドラゴンと戦う羽目になった。
相手がドラゴンだと分かった時点で一目散に逃げるという手もあっただろう。
ドラゴンなんて存在はおとぎ話の中でしか聞いたことが無かったが、おとぎ話に出てくるドラゴンは例外なく圧倒的なチカラを持っていたのだから。
だが、セルデリカと一緒なら大丈夫――そんな思いが俺に聖剣を抜かせた。
今思えば、それは間違った判断だった訳だが……。
「―――――――ッ!?」
俺は背中から壁に叩きつけられて、しばらく息ができなくなった。
いったい何が起きた……っ?
「勇者っ!?」
セルデリカの声が聞こえたかと思うと、目の前にドラゴンの姿があった。
鋭利な牙が揃った口を大きく開けて――喉の奥には真っ赤な何かが見える。
まさか炎を吐く気かッ!?
まずいと思った俺は逃げるために身体を動かしてみたが、全身にズキっと痛みが走って上手く動かすことができなかった。
やっ、ヤバいっ!
そう思った瞬間、目の前に巨大な壁が現れた。
この壁は……、氷っ? セルデリカが魔法で氷の壁を作ってくれたのか!
なんてのんびり考えている暇はなかった。かすかに見える壁の向こうが一瞬で真っ赤に染まったのだ。ドラゴンが吐いた炎だとすぐにわかった。
瞬く間に氷の壁が溶け始め――
「早く逃げてください勇者! 壁が持ちませんわっ!」
「あ、ああっ!」
セルデリカに言われなければ、俺は丸焦げになっていたに違いない。
ディミトリアの炎の剣が可愛く思えるほどの熱量に背筋がゾクリと震える。しかも、厄介なのは吐き出される炎だけではないのだ。
ドラゴンの全身を埋め尽くしている真っ赤なウロコは聖剣でさえ歯が立たず、圧倒的な質量とスピードで振り回される尻尾は危険なんてレベルじゃない。おそらく俺が壁に叩きつけられたのも、あの尻尾による薙ぎ払いだったのだろう。
加えて堅い鎧でさえ貫きそうな牙や爪にも油断できない。
間違いなく全ての攻撃が一撃必殺。あの魔王でさえ従えることができなかった理由がわかった気がした。
「あいつには弱点はないのかっ?」
「残念ながら……。わたくしもドラゴンを目にするのは初めてなので……」
そりゃそうだよな……。俺はバカな質問をしてしまったことを心の中で謝った。
何度も言うが、ドラゴンなんておとぎ話でしか聞いたことのない存在なのだ。それはおそらく魔族も同じなのだろう。
ドラゴンが炎を吐く隙を突いてセルデリカが氷柱のような魔法を放つが、やはり全身を包む固いウロコを貫くことはできなかった。
俺の聖剣も通用しないし、外部への攻撃は一切効かないのか……?
じゃあどうやって倒せばいいんだよっ!?
焦りは剣筋を鈍らせる。だが、わかっていても焦りは加速するばかりだ。
ちなみに隙を突いて神器を破壊する作戦は早々にセルデリカに却下された。
封印解除の間はセルデリカは完全に無防備になってしまうし、それに俺一人でドラゴンと長時間戦える自信もなかった。二人でサポートし合いながらなんとか耐えている状況なのだ。
万策尽きた万事休す。
俺の頭に『撤退』の二文字が浮かんだその時――俺は一つの可能性に気付いた。
外部への攻撃は一切効かない……?
――じゃあ内部には?
壁に叩きつけられた時、俺はドラゴンの喉奥までしっかりと見た。当然ながら口の中にはウロコはなく、あの肉感なら聖剣で貫くことができるはずだ。
わずかな可能性が見えたことで焦りが消えた。
問題はどうやって口の中に攻撃するかだが、やはり炎を吐く瞬間を狙うしかないだろう。最も厄介な攻撃ではあるが、同時に炎を吐く瞬間が最も隙が大きい。
「セルデリカ。一瞬でいい、ドラゴンの動きを止められるか?」
「えっ……? いったい何をするつもりですかっ!?」
悪い予感でもしたのだろう。セルデリカは鬼気迫る表情で聞き返してきた。
しかしのんびり説明している暇はない。説明したら絶対反対されるだろうしな……。
「いいからっ! できるかどうか教えてくれっ!」
「……一瞬で良いなら、手足と尻尾を凍らせることができるかと」
「ありがとう。じゃあ俺が合図したらドラゴンの動きを止めてくれ」
「勇者、まさか……っ!?」
最後の最後でセルデリカは気付いてしまったらしい。
頭を撫でて落ち着かせてやりたかったが、残念ながらそんな時間はない。その代わりに俺は優しく笑いかけて、こう言った。
「大丈夫だセルデリカ。俺を信じろ」
セルデリカの反応を見ることなく、俺は彼女に背を向けた。
それから深呼吸を一つ挟んで聖剣をきつく握りしめる。
「今だっ、頼む!」
叫んだ瞬間、ドラゴンの手足と尻尾が凍り付いた――ありがとうセルデリカっ!
俺は一瞬怯んだドラゴンの正面から距離を詰める。一瞬とはいえ爪も尻尾も使えないドラゴンは、当たり前のように大きく口を開いた。
ここまでは予想通り。そしてここからはスピード勝負だ!
ドラゴンが炎を吐くのが早いか、俺の聖剣がドラゴンの喉を貫くのが早いか。
俺は聖剣の握りを変えた。
最速の、全身全霊を込めた、乾坤一擲の一撃を放つために。
「うおおおおおぉぉぉぉぉ――――――っ!」
偶然と呼ぶべきか、それとも運命と呼ぶべきか。
その技は魔王を倒したのと同じ技だった。
言葉など通じるはずがなく、俺たちはあっという間に怒り狂う真紅のドラゴンと戦う羽目になった。
相手がドラゴンだと分かった時点で一目散に逃げるという手もあっただろう。
ドラゴンなんて存在はおとぎ話の中でしか聞いたことが無かったが、おとぎ話に出てくるドラゴンは例外なく圧倒的なチカラを持っていたのだから。
だが、セルデリカと一緒なら大丈夫――そんな思いが俺に聖剣を抜かせた。
今思えば、それは間違った判断だった訳だが……。
「―――――――ッ!?」
俺は背中から壁に叩きつけられて、しばらく息ができなくなった。
いったい何が起きた……っ?
「勇者っ!?」
セルデリカの声が聞こえたかと思うと、目の前にドラゴンの姿があった。
鋭利な牙が揃った口を大きく開けて――喉の奥には真っ赤な何かが見える。
まさか炎を吐く気かッ!?
まずいと思った俺は逃げるために身体を動かしてみたが、全身にズキっと痛みが走って上手く動かすことができなかった。
やっ、ヤバいっ!
そう思った瞬間、目の前に巨大な壁が現れた。
この壁は……、氷っ? セルデリカが魔法で氷の壁を作ってくれたのか!
なんてのんびり考えている暇はなかった。かすかに見える壁の向こうが一瞬で真っ赤に染まったのだ。ドラゴンが吐いた炎だとすぐにわかった。
瞬く間に氷の壁が溶け始め――
「早く逃げてください勇者! 壁が持ちませんわっ!」
「あ、ああっ!」
セルデリカに言われなければ、俺は丸焦げになっていたに違いない。
ディミトリアの炎の剣が可愛く思えるほどの熱量に背筋がゾクリと震える。しかも、厄介なのは吐き出される炎だけではないのだ。
ドラゴンの全身を埋め尽くしている真っ赤なウロコは聖剣でさえ歯が立たず、圧倒的な質量とスピードで振り回される尻尾は危険なんてレベルじゃない。おそらく俺が壁に叩きつけられたのも、あの尻尾による薙ぎ払いだったのだろう。
加えて堅い鎧でさえ貫きそうな牙や爪にも油断できない。
間違いなく全ての攻撃が一撃必殺。あの魔王でさえ従えることができなかった理由がわかった気がした。
「あいつには弱点はないのかっ?」
「残念ながら……。わたくしもドラゴンを目にするのは初めてなので……」
そりゃそうだよな……。俺はバカな質問をしてしまったことを心の中で謝った。
何度も言うが、ドラゴンなんておとぎ話でしか聞いたことのない存在なのだ。それはおそらく魔族も同じなのだろう。
ドラゴンが炎を吐く隙を突いてセルデリカが氷柱のような魔法を放つが、やはり全身を包む固いウロコを貫くことはできなかった。
俺の聖剣も通用しないし、外部への攻撃は一切効かないのか……?
じゃあどうやって倒せばいいんだよっ!?
焦りは剣筋を鈍らせる。だが、わかっていても焦りは加速するばかりだ。
ちなみに隙を突いて神器を破壊する作戦は早々にセルデリカに却下された。
封印解除の間はセルデリカは完全に無防備になってしまうし、それに俺一人でドラゴンと長時間戦える自信もなかった。二人でサポートし合いながらなんとか耐えている状況なのだ。
万策尽きた万事休す。
俺の頭に『撤退』の二文字が浮かんだその時――俺は一つの可能性に気付いた。
外部への攻撃は一切効かない……?
――じゃあ内部には?
壁に叩きつけられた時、俺はドラゴンの喉奥までしっかりと見た。当然ながら口の中にはウロコはなく、あの肉感なら聖剣で貫くことができるはずだ。
わずかな可能性が見えたことで焦りが消えた。
問題はどうやって口の中に攻撃するかだが、やはり炎を吐く瞬間を狙うしかないだろう。最も厄介な攻撃ではあるが、同時に炎を吐く瞬間が最も隙が大きい。
「セルデリカ。一瞬でいい、ドラゴンの動きを止められるか?」
「えっ……? いったい何をするつもりですかっ!?」
悪い予感でもしたのだろう。セルデリカは鬼気迫る表情で聞き返してきた。
しかしのんびり説明している暇はない。説明したら絶対反対されるだろうしな……。
「いいからっ! できるかどうか教えてくれっ!」
「……一瞬で良いなら、手足と尻尾を凍らせることができるかと」
「ありがとう。じゃあ俺が合図したらドラゴンの動きを止めてくれ」
「勇者、まさか……っ!?」
最後の最後でセルデリカは気付いてしまったらしい。
頭を撫でて落ち着かせてやりたかったが、残念ながらそんな時間はない。その代わりに俺は優しく笑いかけて、こう言った。
「大丈夫だセルデリカ。俺を信じろ」
セルデリカの反応を見ることなく、俺は彼女に背を向けた。
それから深呼吸を一つ挟んで聖剣をきつく握りしめる。
「今だっ、頼む!」
叫んだ瞬間、ドラゴンの手足と尻尾が凍り付いた――ありがとうセルデリカっ!
俺は一瞬怯んだドラゴンの正面から距離を詰める。一瞬とはいえ爪も尻尾も使えないドラゴンは、当たり前のように大きく口を開いた。
ここまでは予想通り。そしてここからはスピード勝負だ!
ドラゴンが炎を吐くのが早いか、俺の聖剣がドラゴンの喉を貫くのが早いか。
俺は聖剣の握りを変えた。
最速の、全身全霊を込めた、乾坤一擲の一撃を放つために。
「うおおおおおぉぉぉぉぉ――――――っ!」
偶然と呼ぶべきか、それとも運命と呼ぶべきか。
その技は魔王を倒したのと同じ技だった。
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