こちら報道最前線 ~現場では今日もゴム弾が飛び交っております~

木川のん気

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第二章

模擬戦(2)

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「こんなものだろうな」

 開始二分で全滅を喫した直人たちを眺めながら佐久間は呟いた。
 あまりにも早すぎた決着のせいで得られたモノなんて何一つなかった。正直、負けたという実感もない。

「期待していた以上でも、以下でもない」

 以下でもない。そう言われて直人はホッとした。
 この際、以上でもないという評価は無視しておく。

「ゴム弾の威力はどうだ、勢戸」

 野郎二人をすっとばして女子に訊くのは、差別ではなく道理だろう。

「思ってたほどじゃなかったですー」
「そうか。だが甘く見るなよ。指先と首元の被弾には特に気を付けろ。防具が薄い部分は大怪我に繋がる可能性が最も高い部位だ」

 と、ようやくまともなアドバイスが貰えたところで、

「よし、では次だ」
「――あ、あのっ。もっと戦術的なアドバイスは無いんでしょうか!」
「特にない」

 慌てて声を上げた瀬尾の懇願は、この惨敗結果を見れば当然だろう。
 それでも佐久間はやはりあっさりと言い切った。瀬尾が肩を落とす。

「今日はお前たちだけで考えて動いてみろ。俺が教えるよりも自分で何かを気付いた方が何倍も身に染みるはずだ」

 言っている意味は理解できる……が、今のまま二回戦をはじめたところで結果は日の目を見るより明らかだ。
 それがわかっているからこそ顔が下を向く。
 すると佐久間がほんの少しだけ唇の端を吊り上げて、こう続けた。

「心配するな。お前たちのポテンシャルの高さは俺が一番知っている。一人一人が長所を出すことが出来ればすぐに慣れるはずだ。負けることを恐れず、思い切りやってこい」

『は――はいっ!』

 研修中は研修生を滅多に褒めなかった佐久間からの思いがけない励ましの言葉に、三人の口から反射的に返事がこぼれた。
 研修期間の時にも思ったが、佐久間は厳しいながらも人のやる気を引き出すのがやたらと上手い。

「さぁ、行ってこい!」

 知識も経験も圧倒的に不足していることには変わりない。
 しかし、やる気だけは十二分で直人は電動ガンを握りしめた。


 ◇◆◇


 当然のごとく敗北が続いたが、回数を重ねる毎にある変化があった。
 一戦あたりの戦闘時間が確実に長くなっているのだ。

 二分が五分に。五分が八分に。八分が十分に。
 つまりそれは相手が苦戦し始めていることを意味していた。

 特に何かが変わった訳ではない。いまだに自分の動きが正しいのか首を捻るばかりだ。
 ただ佐久間の言っていた通り、慣れてきたのが大きかった。慣れてきたことで声が出るようになったのだ。

「瀬尾。西側から一人回り込んでくるぞ」
「わかった、一度下がる。先輩、援護をお願いできますか」
「まかせてー」

 こんな具合に二人と情報交換することによって被弾率が目に見えて下がった。
 今はまだ守りに専念しているが、同じ要領で攻めることもできるはずだ。

「なあ二人とも。そろそろ攻めてみないか」

 だからそれは、自然と口から出た言葉だった。
 それでも二人の反応は早かった。

「うん。同じこと考えてたよ」
「あたしもー。やっぱり負けてばっかりじゃつまんないー!」

 三人の意思が一致すると、瀬尾が後を引き継いだ。

「でも最初に狙うのは新人じゃなくてベテランにして欲しい。出来るなら西側に回ってきた方がベストだ」

 直人としては脆いところから攻めるのが定石だと思っていたので瀬尾の意見はかなり意外だった。
 反射的に「どうしてだ」と声が出た。

「相手の動きを見てて思ったんだけど、向こうのベテラン勢は新人のフォローを優先させてる気がするんだ。そんな中で新人を狙っても相手の思うツボだろ。向こうの予想を外した動きのほうが上手くいくと思う」
「なるほどねー」

 声に出したのは勢戸だったが、直人も同じ気持ちだった。
 目端の利く瀬尾らしい理に適った作戦だ。経験も知識も足りない直人には、これ以上ないと思えるほどに。

「おっけー。その作戦でいこう」

 言い出しっぺの直人が最終決定を下し、さっそく西側へ移動を始める。
 ベテランを狙うとなれば一対一では決して勝ち目はない。それは今までの敗北で痛いほど身に染みている。それこそゴム弾のおまけ付きでだ。

 少なくとも一対二。
 万全を期すなら三人同時に襲い掛かるべきだ。

 相手に狙いを悟られないよう、細心の注意を払いながら動く。
 油断しているのか、ターゲットの姿はすぐに見つかった。相手に狙いがバレている様子もない。
 あとは迅速にターゲットを仕留めるだけだ。瀬尾と勢戸の位置を確認して、

「カウントで行くぞ。3・2・1」

 ゼロカウントは無し。代わりにMP7の引き金を引き絞る。

 緊張のせいか命中率はひどい有様だった。
 だが、それも考慮しての三方同時攻撃だ。三丁のMP7から放たれたゴム弾のうち、一〇発でも当たれば良いのだから少々外したところで大した問題はない。それにこんな場面でも勢戸の射撃はほぼ全弾命中だった。
 すぐさまアーマーのセンサーが起動し、ターゲットが戦闘不能になったのを確認――同時に直人は障害物に身を隠してマガジンを交換する。

「次はどっちにする、瀬尾」
「フォローが減った今なら新人でいいと思う。でも移動には十分気を付けよう、もう一人のベテランの位置がわからなくなった」
「了解」

 予想していなかった反撃を受けて相手は――少なくとも新人は混乱しているはずだ。この隙を逃す手はない。
 さっきまで飛んできていたゴム弾の軌道から考えて「この辺りだろう」と目星を付けた場所に、次のターゲットは居た。

「標的を確認」
「こっちも確認したよー」

 瀬尾と勢戸の準備も出来ている様子だ。

「次もカウントで行くぞ。3・2・1――!」

 さっきと同じ要領でトリガーを引き絞る。三方向から狙われた新人に為す術などない。


 ――が、しかし。


 さっきとは明らかに違う点が、一つだけあった。

「虚蔵くんっ、前っ!」

 勢戸の声が脳まで届く前に、突如正面に残る一人ベテランが現れたのだ。
 慌てて身を隠そうと試みるが、隠しきれなかった左肩から腕の部分にゴム弾の衝撃が走る。被弾の衝撃によって一回転しながら、直人は障害物の陰に倒れこんだ。

 命中したゴム弾は……おそらく六発。
 黄緑色だった衝撃感知センサーが一気に赤点滅を始めている。まるでウルトラマンのカラータイマーのようだ。

「虚蔵っ!?」
「大丈夫、ギリギリセーフだ。あと一発でも喰らってたらヤバかったけどな」

 インカムの奥でホッと息が漏れるのが聞こえた。
 だが安心するのはまだ早い。直人を襲った最後の一人はまだ健在だ。
 すぐさま姿を隠し、瀬尾と勢戸にも定期的に威嚇射撃を続けている。それは明らかに今までとはギアが違う動きだった。新人ごときに負けられないと意地が芽生えたのだろう。

「弾切れを待つか?」

 手早くマガジンを交換しながら直人は提案する。

「それは期待できないかもー。最初に倒したベテランさんの方に回られちゃったから、たぶんその人の弾を回収されてると思う」

 ちっ。と舌打ちをしながらも、装備の規格が同じだからこそ出来る戦術に感心する。
 こういった細かなところからも学べることは多い。

「……挟み撃ちにするのがベスト、だろうね」

 瀬尾の声がした。
 かなり悩んだ末に出た結論なのだろう、声に力が無い。
 だがここまできたら最後まで瀬尾に信じよう。

「誰が移動する?」

 被弾した直人には立候補の権利はない。
 移動中に一発でも被弾すれば、せっかくの数の有利が破綻しかねないからだ。

「あたしが行くよーっ!」

 瀬尾か勢戸か。
 選択肢は二つに一つなのだが、勢戸の立候補は少し意外だった。

「大丈夫か……?」――思わず訊いてしまう。
「任せなさい! たまにはお姉さんらしいところを見せないとだしね!」

 なんだろう、このなんとも言えない不安は……。

「……瀬尾?」
「任せよう。先輩は一度言い出したら聞かないし」

 瀬尾がそこまで言ったところで、続けざまに「うわっ!」と声が上がった。
 無線が『キーンッ!!』と音割れを起こす。

「ゴメン、二発被弾した……っ」
「……悩んでる場合じゃなくなったな。勢戸、頼んだ!」
「りょーかいっ」
「俺たちは勢戸の飛び出しに合わせて援護射撃だ。瀬尾、大体でいい。敵の位置わかるか?」
「一人目を倒した緑の障害物付近」

 言っている位置はすぐにわかった。わかりやすい説明に感謝だ。

「オーケー。行くぞ!!」

 マガジンが空になるまでトリガーを引き絞る。標的に当てる必要がないぶん気が楽だ。
 その隙を突いてネズミのように素早く飛び出した勢戸は、あっという間に敵の後ろに回り込んだ。
 小柄なおかげもあって敵が気付いた様子はない。

「最後の一人見つけたよーっ」

 ここまでくれば最後の仕上げに入るだけだ。

「準備はいいか?」――二人の返事を受けて、深く息を吸う。




「最後だ! 畳みかけるぞ―――――――ッ!!」



 ◇◆◇



 結局、初日の通算成績は一勝七敗。
 これを佐久間がどう評価するかからないが、初戦の惨敗からすれば上々の成績だとポジティブに考えることにした。瀬尾が「改善点だらけだね」と厳しいことを言いつつも頬を緩め、「楽しかったねー」と勢戸がけらけら笑う。

 そして、佐久間だ。

 やはり厳しい表情で三人の前に立つと、まずは「怪我はないか」と聞かれた。
 各々が頷くと佐久間は安心した様子で「よし」と呟き、そしてようやく今回の評価を口にした。

「……よくやったな」
「――っ」

 言葉は、出てこなかった。
 代わりに胸の奥が熱くなった。

「よくやった」

 もう一度。質素ながらも、それだけで十分すぎる誉め言葉を承って、この日の訓練は幕を閉じた。
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