18 / 24
第二章
日下遥(3)
しおりを挟む
およそ両手では運べない量になった食器類は、店員の強い勧めもあって配送サービスを利用することにした。
追加の料金を取られたが予定よりも両手が軽いことを直人は素直に喜んだ。これで気兼ねなく他の店も回れるからだ。ユニクロの下着コーナーで新素材のアンダーシャツを手に取っていると、遥が思い出したように言った。
「そういえば女性が一人暮らしするときに男性物の下着を干すと防犯になるっていうわよね。どう? ナオもショーツとブラジャー干してみる?」
「それは防犯になるのか……?」
……どんな犯罪者を避けるというのか。
「どっちかっていうとリア充アピールかしら」
「待て待て。彼女いない奴が干してたらただのイタイ奴だろうが」
「あら。あんた彼女いないの?」
いかにも初耳みたいな顔をしているのが腹立たしい。大体、もし居たとしたらどこからか情報を拾ってくるのが日下遥という女なのだ。
「そもそも居たことがねぇよ」
「もったいないわねぇ。高校大学とそこそこモテてたくせに。もったいない」
「二回もいうな。つーか、そういうハルカはどうなんだよ」
「あたしはいいのよ。このママ譲りの美貌があれば彼氏の一人や二人すぐにでも作れるんだから」
「……はいはい。そうでしょうね」
否定しきれないのが悔しい。
しかしなんというか……。
遥に彼氏がいないことを喜んでいる自分がいる。
それはなんともフクザツな気分だった。
◇◆◇
「オススメの店を教えてあげるわ。感謝しなさい」
そう言われて連れてこられたのは本格フレンチが食べられるという――直人一人だったら絶対に入れないような――オシャレな店だった。
遥に背中を押される格好で店内に入り、一度じゃ到底覚えられない名前の料理を数品注文する。といっても、どんな料理か見当もつかないのでココでもほとんど遥にお任せだ。
一〇分ほどして運ばれてきた料理はどれも食べたことのない味付けばかりだったが、遥が勧めるだけあってハズレなく美味い品ばかりだった。
「彼氏もいないのになんでこんな店知ってんだ?」
思わず訊くと、遥はあっさり言ってのけた。
「逆よ逆。一人の方が気楽に行きたいトコに行けるのよ」
「そういうもんか」
一人の時はあまり外出しない直人からすると、よくわからない理屈だった。
頼んだ品をあらかた食べ終え、二人は一息つく。
「そういえばナオ。晩ゴハンはどうするつもり?」
「もう晩飯の話かよ」
椅子の背もたれに体重を落としながら反射で言い返す。
まぁ、何も考えていなかったのだが。
当初の予定では、持ち帰った食器で自炊でもしようと思っていた。
しかし配送サービスを活用したためそうもいかない。となると次に思いつくのはインスタントやコンビニ飯。だが、こう美味いものを食べた後ではどうにも乗り気になれなかった。
かといって夕飯を抜くという選択肢は選びたくない。今でこそ満足感が先行しているものの、やはりオシャレな皿は少しばかりモノ足りなかった。
「特に予定がないならウチに来なさいよ」
遥に提案されて「ああ、その手があった」と心の中で呟いた。
しかし一応のポーズとして訊いておく。
「なんでさ?」
「朝出てくるときママに言われてたのよ。たまにはゴハンに誘いなさいってね」
「なるほどな」
軽く頷いて、オッサンにも「たまには顔を出せ」と言われていたのを思い出した。
……特別報道隊の訓練がどんなモノになるのか見当もつかない。ただ、決して楽ではないのだけは確かだ。この機会を逃せばずるずると先延ばしになってしまいそうな気がした直人は、遥の、というより美弥子からの誘いを受けることにした。
「そうだな。美弥子さんに報告もしなきゃだし、お邪魔しようかな」
「オッケー。ママに連絡いれとくわ」
さっそく遥は携帯を取り出してポチポチとメッセージを打つ。
それからは初めに言っていたように昼食代は遥の奢りとなり、夜までの時間を二人でぶらぶらとデートの如く過ごした。
予定とはかなり違うスケジュールになったが、これはこれで決して悪くない休暇だった。
追加の料金を取られたが予定よりも両手が軽いことを直人は素直に喜んだ。これで気兼ねなく他の店も回れるからだ。ユニクロの下着コーナーで新素材のアンダーシャツを手に取っていると、遥が思い出したように言った。
「そういえば女性が一人暮らしするときに男性物の下着を干すと防犯になるっていうわよね。どう? ナオもショーツとブラジャー干してみる?」
「それは防犯になるのか……?」
……どんな犯罪者を避けるというのか。
「どっちかっていうとリア充アピールかしら」
「待て待て。彼女いない奴が干してたらただのイタイ奴だろうが」
「あら。あんた彼女いないの?」
いかにも初耳みたいな顔をしているのが腹立たしい。大体、もし居たとしたらどこからか情報を拾ってくるのが日下遥という女なのだ。
「そもそも居たことがねぇよ」
「もったいないわねぇ。高校大学とそこそこモテてたくせに。もったいない」
「二回もいうな。つーか、そういうハルカはどうなんだよ」
「あたしはいいのよ。このママ譲りの美貌があれば彼氏の一人や二人すぐにでも作れるんだから」
「……はいはい。そうでしょうね」
否定しきれないのが悔しい。
しかしなんというか……。
遥に彼氏がいないことを喜んでいる自分がいる。
それはなんともフクザツな気分だった。
◇◆◇
「オススメの店を教えてあげるわ。感謝しなさい」
そう言われて連れてこられたのは本格フレンチが食べられるという――直人一人だったら絶対に入れないような――オシャレな店だった。
遥に背中を押される格好で店内に入り、一度じゃ到底覚えられない名前の料理を数品注文する。といっても、どんな料理か見当もつかないのでココでもほとんど遥にお任せだ。
一〇分ほどして運ばれてきた料理はどれも食べたことのない味付けばかりだったが、遥が勧めるだけあってハズレなく美味い品ばかりだった。
「彼氏もいないのになんでこんな店知ってんだ?」
思わず訊くと、遥はあっさり言ってのけた。
「逆よ逆。一人の方が気楽に行きたいトコに行けるのよ」
「そういうもんか」
一人の時はあまり外出しない直人からすると、よくわからない理屈だった。
頼んだ品をあらかた食べ終え、二人は一息つく。
「そういえばナオ。晩ゴハンはどうするつもり?」
「もう晩飯の話かよ」
椅子の背もたれに体重を落としながら反射で言い返す。
まぁ、何も考えていなかったのだが。
当初の予定では、持ち帰った食器で自炊でもしようと思っていた。
しかし配送サービスを活用したためそうもいかない。となると次に思いつくのはインスタントやコンビニ飯。だが、こう美味いものを食べた後ではどうにも乗り気になれなかった。
かといって夕飯を抜くという選択肢は選びたくない。今でこそ満足感が先行しているものの、やはりオシャレな皿は少しばかりモノ足りなかった。
「特に予定がないならウチに来なさいよ」
遥に提案されて「ああ、その手があった」と心の中で呟いた。
しかし一応のポーズとして訊いておく。
「なんでさ?」
「朝出てくるときママに言われてたのよ。たまにはゴハンに誘いなさいってね」
「なるほどな」
軽く頷いて、オッサンにも「たまには顔を出せ」と言われていたのを思い出した。
……特別報道隊の訓練がどんなモノになるのか見当もつかない。ただ、決して楽ではないのだけは確かだ。この機会を逃せばずるずると先延ばしになってしまいそうな気がした直人は、遥の、というより美弥子からの誘いを受けることにした。
「そうだな。美弥子さんに報告もしなきゃだし、お邪魔しようかな」
「オッケー。ママに連絡いれとくわ」
さっそく遥は携帯を取り出してポチポチとメッセージを打つ。
それからは初めに言っていたように昼食代は遥の奢りとなり、夜までの時間を二人でぶらぶらとデートの如く過ごした。
予定とはかなり違うスケジュールになったが、これはこれで決して悪くない休暇だった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
凪の始まり
Shigeru_Kimoto
ライト文芸
佐藤健太郎28歳。場末の風俗店の店長をしている。そんな俺の前に16年前の小学校6年生の時の担任だった満島先生が訪ねてやってきた。
俺はその前の5年生の暮れから学校に行っていなかった。不登校っていう括りだ。
先生は、今年で定年になる。
教師人生、唯一の心残りだという俺の不登校の1年を今の俺が登校することで、後悔が無くなるらしい。そして、もう一度、やり直そうと誘ってくれた。
当時の俺は、毎日、家に宿題を届けてくれていた先生の気持ちなど、考えてもいなかったのだと思う。
でも、あれから16年、俺は手を差し伸べてくれる人がいることが、どれほど、ありがたいかを知っている。
16年たった大人の俺は、そうしてやり直しの小学校6年生をすることになった。
こうして動き出した俺の人生は、新しい世界に飛び込んだことで、別の分かれ道を自ら作り出し、歩き出したのだと思う。
今にして思えば……
さあ、良かったら、俺の動き出した人生の話に付き合ってもらえないだろうか?
長編、1年間連載。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~
白い黒猫
ライト文芸
ここは東京郊外松平市にある希望が丘駅前商店街、通称【ゆうYOU ミラーじゅ希望ヶ丘】。
国会議員の重光幸太郎先生の膝元であるこの土地にある商店街は、パワフルで個性的な人が多く明るく元気な街。就職浪人になりJazzBarを経営する伯父の元で就職活動をしながら働く事になった東明(とうめい)透(ゆき)は、商店街のある仕事を担当する事になり……。
※ 鏡野ゆうさんの『政治家の嫁は秘書様』に出てくる商店街が物語を飛び出し、仲良し作家さんの活動スポットとなってしまいました。その為に同じ商店街に住む他の作家さんのキャラクターが数多く物語の中で登場して活躍しています。鏡野ゆうさん及び、登場する作家さんの許可を得て創作させて頂いております。
コラボ作品はコチラとなっています。
【政治家の嫁は秘書様】
https://www.alphapolis.co.jp/novel/210140744/354151981
【希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々 】
https://www.alphapolis.co.jp/novel/274274583/188152339
【日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)】
https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232
【希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~】
https://ncode.syosetu.com/n7423cb/
【希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―】
https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376
【Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街】
https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271
【希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~】
https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271
【希望が丘駅前商店街~黒猫のスキャット~】
https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/813152283

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる