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第二章
日下遥(1)
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晴れて報道課・特別報道隊に配属された直人たちは、東京にある日ノ丸テレビ本社敷地内の施設でさらに一ヶ月、より実戦的な訓練を積むことになる。
それまでに与えられた休暇は五日――。
しかし休んでいる時間など微塵もなかった。
千葉から東京の社宅へ移動を終えた直人は気付いたのだ。
足りないモノが多すぎる!!
洗濯機。炊飯器。テレビ。エアコンは備え付けだ。
しかし飯を食うための食器がない。洗濯しようにも洗剤がない。トイレットペーパーがない。調味料もない。
あれもない。これもない。
明日は運よく土曜日――。
助けを求めるため、直人は携帯を握りしめた。
◇◆◇
翌朝、直人は最寄り駅でとある人物を待っていた。
こんな時に限って頼みの綱の瀬尾は実家に戻っていた。ならば勢戸に頼もうと連絡すると、すでに他の友人との先約で埋まっているという。
そうなると頼れる相手はもはや一人しか残っていない。自慢じゃないが、友達は多くないのだ。
「おまたせっ」
弾みの良いソプラノに呼ばれて振り返る。
立っていたのは直人の急な呼び出しに快く応じてくれた、日下遥《くさかはるか》だった。
「久しぶりね。ああそれと、おめでと」
「おかげさまでな。ありがとさん」
特別報道隊入りのことを言っているのだとすぐにわかった。
遥と最後に会ったのは千葉の研修施設に行く直前だったので、こうして会うのは実に一か月ぶりだ。さすがは美弥子の娘というべきか、父親には似らず会うたびに美貌が増しているきがする。
「今日は悪いな。急に呼び出して」
「気にしなくていいわよ」
遥はにこっと笑った。美人は笑うだけで驚くほど絵になるものだ。
「予定もなかったし、ナオがあたしに頼み事してくるなんて滅多にないことだしね」
言われてみるとそうかもしれない。随分と長い付き合いになるが、遥に何かを頼んだことは数えるほどしか覚えがない。逆ならいくらでも思い出せるのだが……。
「それで。買い物に付き合って欲しいってことだったっけ?」
「社宅に入ったはいいけど、日用品が全然足りなくてな……」
「なるほど。このあたしを荷物持ちに使おうってワケね」
わずかに気圧の下がった遥への対応は既に考えてある。
「昼飯おごるから勘弁してくれ」
「いいわよ別に。お祝いってことでお昼もあたしが出してあげるわ」
「……いつになく、ご機嫌だな?」
「そう? 別にいつも通りよ?」
遥はしれっと言うものの、やはりどことなくいつもと違う気がする。
とはいえ、機嫌がいい分には直人としても文句はない。
「さ、行くならさっさと行くわよ!」
遥に促されるまま、直人は電車に乗り込んだ。
◇◆◇
近所のスーパーで揃えられるような日用品は後に回すことにして、目下最優先で揃えるべきは食器類だ。
遥に案内されたデパートに入り、食器売り場へ直行する。
直人としては一〇〇均の品で問題ないのだが、遥が頑なに嫌がるので仕方なく折れた。
遥いわくこの店の品は質のわりにかなり安く、使い勝手も良いとのことで日下家でも愛用している物が多いらしい。よくよく見ると見覚えのある皿がちらほらあった。
「お茶碗とお椀でしょ。それにコップ。あとはお皿にお箸かしらね。一から揃えると結構な数になりそうね」
指折り数えながら遥が言う。
「のんびり選んでると日が暮れそうだな。ささっと決めちまうか」
せっかくこういう場所に来たのだから他の店も見て回りたい。
時間節約のためにもさっそくテキトーに食器を選び始めると、
「ダサい。却下」――いきなり横槍が入った。
「なんだよ……。別にどれだっていいだろ」
条件反射で噛みつくと、遥は呆れた様子でため息をついた。
「わかってないわねぇ……。ナオ、あんた自分の分だけ用意すればいいと思ってるでしょ」
「違うのかよ?」
すると遥はもう一度、実にわざとらしく盛大なため息を吐いて見せた。
「もしお客さんが来たとき、恥かくのはあんたよ」
「……あ」
まさか友人が少ない事がこんなところで影響してくるなんて――。
いままでの生活ならともかく、同じ社宅には瀬尾や勢戸も入居する予定だ。宅飲みだなんだと理由をつけて二人が部屋にやってくる可能性は決してゼロではないだろう。となると少なくとも三人分の食器は用意しておきたい。当然ながら、二人に出しても恥ずかしくないデザインの品をだ。
そのことを改めて頭にインプットして食器選びを再開した――のだが。
「ほとんどハルカが選んでるじゃねぇか……」
「仕方ないでしょ。だってナオのセンスなさすぎなんだもん」
「な―――っ!」
せ、センスがない? そんなこと言われたの初めてだぞ!
言ってくれるような友達がいなかったことも忘れて、直人は衝撃を受けた。
何か言い返すために自分の選んだ品と遥が選んだ品を見比べる。
ダメだ……。
ハルカの選んだ方が断然オシャレだ。しかもめっちゃ使いやすそう。
奥歯を噛み締める。
まことに不本意であるが、おとなしく引き下がるしかなかった。
それまでに与えられた休暇は五日――。
しかし休んでいる時間など微塵もなかった。
千葉から東京の社宅へ移動を終えた直人は気付いたのだ。
足りないモノが多すぎる!!
洗濯機。炊飯器。テレビ。エアコンは備え付けだ。
しかし飯を食うための食器がない。洗濯しようにも洗剤がない。トイレットペーパーがない。調味料もない。
あれもない。これもない。
明日は運よく土曜日――。
助けを求めるため、直人は携帯を握りしめた。
◇◆◇
翌朝、直人は最寄り駅でとある人物を待っていた。
こんな時に限って頼みの綱の瀬尾は実家に戻っていた。ならば勢戸に頼もうと連絡すると、すでに他の友人との先約で埋まっているという。
そうなると頼れる相手はもはや一人しか残っていない。自慢じゃないが、友達は多くないのだ。
「おまたせっ」
弾みの良いソプラノに呼ばれて振り返る。
立っていたのは直人の急な呼び出しに快く応じてくれた、日下遥《くさかはるか》だった。
「久しぶりね。ああそれと、おめでと」
「おかげさまでな。ありがとさん」
特別報道隊入りのことを言っているのだとすぐにわかった。
遥と最後に会ったのは千葉の研修施設に行く直前だったので、こうして会うのは実に一か月ぶりだ。さすがは美弥子の娘というべきか、父親には似らず会うたびに美貌が増しているきがする。
「今日は悪いな。急に呼び出して」
「気にしなくていいわよ」
遥はにこっと笑った。美人は笑うだけで驚くほど絵になるものだ。
「予定もなかったし、ナオがあたしに頼み事してくるなんて滅多にないことだしね」
言われてみるとそうかもしれない。随分と長い付き合いになるが、遥に何かを頼んだことは数えるほどしか覚えがない。逆ならいくらでも思い出せるのだが……。
「それで。買い物に付き合って欲しいってことだったっけ?」
「社宅に入ったはいいけど、日用品が全然足りなくてな……」
「なるほど。このあたしを荷物持ちに使おうってワケね」
わずかに気圧の下がった遥への対応は既に考えてある。
「昼飯おごるから勘弁してくれ」
「いいわよ別に。お祝いってことでお昼もあたしが出してあげるわ」
「……いつになく、ご機嫌だな?」
「そう? 別にいつも通りよ?」
遥はしれっと言うものの、やはりどことなくいつもと違う気がする。
とはいえ、機嫌がいい分には直人としても文句はない。
「さ、行くならさっさと行くわよ!」
遥に促されるまま、直人は電車に乗り込んだ。
◇◆◇
近所のスーパーで揃えられるような日用品は後に回すことにして、目下最優先で揃えるべきは食器類だ。
遥に案内されたデパートに入り、食器売り場へ直行する。
直人としては一〇〇均の品で問題ないのだが、遥が頑なに嫌がるので仕方なく折れた。
遥いわくこの店の品は質のわりにかなり安く、使い勝手も良いとのことで日下家でも愛用している物が多いらしい。よくよく見ると見覚えのある皿がちらほらあった。
「お茶碗とお椀でしょ。それにコップ。あとはお皿にお箸かしらね。一から揃えると結構な数になりそうね」
指折り数えながら遥が言う。
「のんびり選んでると日が暮れそうだな。ささっと決めちまうか」
せっかくこういう場所に来たのだから他の店も見て回りたい。
時間節約のためにもさっそくテキトーに食器を選び始めると、
「ダサい。却下」――いきなり横槍が入った。
「なんだよ……。別にどれだっていいだろ」
条件反射で噛みつくと、遥は呆れた様子でため息をついた。
「わかってないわねぇ……。ナオ、あんた自分の分だけ用意すればいいと思ってるでしょ」
「違うのかよ?」
すると遥はもう一度、実にわざとらしく盛大なため息を吐いて見せた。
「もしお客さんが来たとき、恥かくのはあんたよ」
「……あ」
まさか友人が少ない事がこんなところで影響してくるなんて――。
いままでの生活ならともかく、同じ社宅には瀬尾や勢戸も入居する予定だ。宅飲みだなんだと理由をつけて二人が部屋にやってくる可能性は決してゼロではないだろう。となると少なくとも三人分の食器は用意しておきたい。当然ながら、二人に出しても恥ずかしくないデザインの品をだ。
そのことを改めて頭にインプットして食器選びを再開した――のだが。
「ほとんどハルカが選んでるじゃねぇか……」
「仕方ないでしょ。だってナオのセンスなさすぎなんだもん」
「な―――っ!」
せ、センスがない? そんなこと言われたの初めてだぞ!
言ってくれるような友達がいなかったことも忘れて、直人は衝撃を受けた。
何か言い返すために自分の選んだ品と遥が選んだ品を見比べる。
ダメだ……。
ハルカの選んだ方が断然オシャレだ。しかもめっちゃ使いやすそう。
奥歯を噛み締める。
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