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第一章
未来への一手(2)
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誰よりも近くで榊三是を見てきたからこそ誰よりも知っている。
榊の代わりは絶対に自分には出来ないと――思い知っている。
そう。出来なかったから日ノ丸テレビは業界視聴率一位の座をいとも容易く奪われてしまったのだ。
「お前に頼みたいのはある男のサポートだ。このあと必ず特別報道隊に入ってくる榊の意思を継いだ男のな」
誰のことを言っているのか佐久間にはすぐにわかった。
むしろ、そういうことかと納得がいった。確信をもって彼の名を告げる。
「虚蔵直人か」
すると日下は驚いた様子で目を見開いた。
「なんだ気付いてたのか。いや、ここは素直にさすがと言うべきだな」
「大げさだ。そもそも気付いたのはつい今日のことだからな」
「ほう?」――日下が首を傾げる。
「久しぶりに見たぞ――榊流・槍術『間欠泉』。榊に憧れてあいつの槍術を真似する連中は少なからず居たが、あれほど見事な技は榊本人かと見間違えたほどだった」
同時に、今までうんともすんとも言わなかった心の一部が急に熱くなったのを感じたのだが……。
それは敢えて伝えない。
「あいつを――虚蔵直人をお前の手で特別報道隊入りさせる訳だな」
もう一度確信をもってそう言うと、しかし日下は首を横に振った。
「いんや。本人がそれを望んでなくてな。この件に関して俺は手を出すつもりはねぇ。ルールに従って、指導員のお前から上がってくる報告をもとに厳正に判断するさ」
「それはつまり、俺が彼を無能だと判断した場合、この話はなかったことになると?」
「そうなるな」
日下は素っ気なく言い放ってからニヤリと唇を緩め、
「だが、要らんとは言わねぇだろ?」
「……やはりお前は食えん奴だ」
確かに虚蔵の能力は申し分ない。近接戦闘訓練はいまだ無敗。座学も素行も問題ない。唯一の弱点は射撃センスだったが、それもある時期を境にみるみる上達していった。
たとえ日下から話を聞いていなかったとしても、客観的に判断して虚蔵直人は特別報道隊へ推薦していただろう。
「俺は社長を目指すための一つ目の布石として、特報隊に新しく第五部隊を設立させることを役員会に承認させた」
「……ほう?」
「しばらくはテスト部隊としての扱いだから予備人員は割り振れねぇが、最低人員の五名は自由に選べる権利を手に入れた訳だ。そこでだ。その第五部隊をお前に任せたい」
心が……揺らいだ。
おそらくここが最後の断りどころだろう。
しかしもっと話を聞いてみたい――そう思った。
「…………残りのメンバーはどうするつもりだ?」
一瞬の葛藤を経て。
最後の断りどころを踏み出して、佐久間は訊ねた。
すると日下は再びニヤリと笑った。まるでこうなる事が最初からわかっていたみたいに。
「そいつはぜーんぶお前に任せる。新人からでもベテランからでも好きな奴を選んでくれて構わねぇ。口説くのは俺がやる。お前は誰が欲しいかを言ってくれるだけでいい」
「それは、随分と好待遇だな」
お前らしくもない。
一言付け加えると、日下は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「一度断られたっていう負い目があるからな。あとはまぁ、俺もそれなりに本気って証拠だと思ってくれ」
「一つ聞きたい」
「なんだ?」
俺がこの話を受けたとして――そう頭に付けたのは最後の見栄だった。
「俺が選ぶ四人の中に、虚蔵が入ると信じているのか?」
「信じてるってのとは……、少し違ぇな」
日下は困った風に表情を歪めた。
それから何と表現するべきか言葉を探しながら、一言一言ゆっくり口を開く。
「あいつは――直人は榊と約束しやがったんだよ。日ノ丸テレビを業界一位に返り咲かせてみせるってな。
だったら俺はその為の場を整えて待つだけだ。そうすりゃあいつは勝手に来る。なんたってあいつは榊の弟子だからな」
思わず「ふっ」と笑いが漏れた。
「なるほど。言っていることは無茶苦茶だが、わかる気がする」
日下は、虚蔵直人に榊三是と同じ可能性を感じているのだろう。
正直、過大評価だと思う。それほど榊三是という男の存在は絶大で、唯一無二の替えの利かない存在だった。たとえ弟子でも、そう簡単に追いつける存在ではない。
だが、もしも本当に。
日下が感じているように同じ可能性を秘めているとしたら――。
「……師弟揃って面白い連中だな」
「面倒な連中、の間違いだろ」
口では貶しながらも、どこか嬉しそうにしている日下。
その姿を眺めているうちに、この誘いを断る選択肢は消えてなくなっていた。
自分が現場を去った理由は誰にも告げたことはない。
おそらくこれから先も打ち明けることはないだろう。
でも、もう一度。
榊三是の隣で見た景色と同じモノを見られる可能性があるのなら。
引き受けてもいい。
いや、引き受けたい。
そう思った途端、次々と実戦のビジョンが浮かび上がってきた。
榊三是の技を継ぐ青年と優秀な新人たち――ベテランを含めれば欲しい人材ばかりだ。
湯水のように溢れてくるアイデアとビジョンを整理していると、一言だけ佐久間の口から言葉が漏れた。
「――面白い」
その時、佐久間の顔にどんな表情が浮かんでいたのか。
それを知るのは隣に座る日下だけだった。
榊の代わりは絶対に自分には出来ないと――思い知っている。
そう。出来なかったから日ノ丸テレビは業界視聴率一位の座をいとも容易く奪われてしまったのだ。
「お前に頼みたいのはある男のサポートだ。このあと必ず特別報道隊に入ってくる榊の意思を継いだ男のな」
誰のことを言っているのか佐久間にはすぐにわかった。
むしろ、そういうことかと納得がいった。確信をもって彼の名を告げる。
「虚蔵直人か」
すると日下は驚いた様子で目を見開いた。
「なんだ気付いてたのか。いや、ここは素直にさすがと言うべきだな」
「大げさだ。そもそも気付いたのはつい今日のことだからな」
「ほう?」――日下が首を傾げる。
「久しぶりに見たぞ――榊流・槍術『間欠泉』。榊に憧れてあいつの槍術を真似する連中は少なからず居たが、あれほど見事な技は榊本人かと見間違えたほどだった」
同時に、今までうんともすんとも言わなかった心の一部が急に熱くなったのを感じたのだが……。
それは敢えて伝えない。
「あいつを――虚蔵直人をお前の手で特別報道隊入りさせる訳だな」
もう一度確信をもってそう言うと、しかし日下は首を横に振った。
「いんや。本人がそれを望んでなくてな。この件に関して俺は手を出すつもりはねぇ。ルールに従って、指導員のお前から上がってくる報告をもとに厳正に判断するさ」
「それはつまり、俺が彼を無能だと判断した場合、この話はなかったことになると?」
「そうなるな」
日下は素っ気なく言い放ってからニヤリと唇を緩め、
「だが、要らんとは言わねぇだろ?」
「……やはりお前は食えん奴だ」
確かに虚蔵の能力は申し分ない。近接戦闘訓練はいまだ無敗。座学も素行も問題ない。唯一の弱点は射撃センスだったが、それもある時期を境にみるみる上達していった。
たとえ日下から話を聞いていなかったとしても、客観的に判断して虚蔵直人は特別報道隊へ推薦していただろう。
「俺は社長を目指すための一つ目の布石として、特報隊に新しく第五部隊を設立させることを役員会に承認させた」
「……ほう?」
「しばらくはテスト部隊としての扱いだから予備人員は割り振れねぇが、最低人員の五名は自由に選べる権利を手に入れた訳だ。そこでだ。その第五部隊をお前に任せたい」
心が……揺らいだ。
おそらくここが最後の断りどころだろう。
しかしもっと話を聞いてみたい――そう思った。
「…………残りのメンバーはどうするつもりだ?」
一瞬の葛藤を経て。
最後の断りどころを踏み出して、佐久間は訊ねた。
すると日下は再びニヤリと笑った。まるでこうなる事が最初からわかっていたみたいに。
「そいつはぜーんぶお前に任せる。新人からでもベテランからでも好きな奴を選んでくれて構わねぇ。口説くのは俺がやる。お前は誰が欲しいかを言ってくれるだけでいい」
「それは、随分と好待遇だな」
お前らしくもない。
一言付け加えると、日下は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「一度断られたっていう負い目があるからな。あとはまぁ、俺もそれなりに本気って証拠だと思ってくれ」
「一つ聞きたい」
「なんだ?」
俺がこの話を受けたとして――そう頭に付けたのは最後の見栄だった。
「俺が選ぶ四人の中に、虚蔵が入ると信じているのか?」
「信じてるってのとは……、少し違ぇな」
日下は困った風に表情を歪めた。
それから何と表現するべきか言葉を探しながら、一言一言ゆっくり口を開く。
「あいつは――直人は榊と約束しやがったんだよ。日ノ丸テレビを業界一位に返り咲かせてみせるってな。
だったら俺はその為の場を整えて待つだけだ。そうすりゃあいつは勝手に来る。なんたってあいつは榊の弟子だからな」
思わず「ふっ」と笑いが漏れた。
「なるほど。言っていることは無茶苦茶だが、わかる気がする」
日下は、虚蔵直人に榊三是と同じ可能性を感じているのだろう。
正直、過大評価だと思う。それほど榊三是という男の存在は絶大で、唯一無二の替えの利かない存在だった。たとえ弟子でも、そう簡単に追いつける存在ではない。
だが、もしも本当に。
日下が感じているように同じ可能性を秘めているとしたら――。
「……師弟揃って面白い連中だな」
「面倒な連中、の間違いだろ」
口では貶しながらも、どこか嬉しそうにしている日下。
その姿を眺めているうちに、この誘いを断る選択肢は消えてなくなっていた。
自分が現場を去った理由は誰にも告げたことはない。
おそらくこれから先も打ち明けることはないだろう。
でも、もう一度。
榊三是の隣で見た景色と同じモノを見られる可能性があるのなら。
引き受けてもいい。
いや、引き受けたい。
そう思った途端、次々と実戦のビジョンが浮かび上がってきた。
榊三是の技を継ぐ青年と優秀な新人たち――ベテランを含めれば欲しい人材ばかりだ。
湯水のように溢れてくるアイデアとビジョンを整理していると、一言だけ佐久間の口から言葉が漏れた。
「――面白い」
その時、佐久間の顔にどんな表情が浮かんでいたのか。
それを知るのは隣に座る日下だけだった。
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