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第一章
約束(2)
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「悪いなオッサン。師匠の葬式から何から全部任せちまって」
気にすんな――日下は力無く笑った。
「このくらい榊の無茶難題に比べればどうってことねぇさ。むしろ物足りねぇくらいだよ」
言いながら日下は、くたびれた喪服の胸元から一本のタバコを取り出し、慣れた様子で火を灯した。
「あれ。オッサン、タバコ吸わないんじゃなかったっけ?」
「ん? ああ、お前は知らなくて当然か。これでも昔はヘビースモーカーだったんだぜ? でも嫁さんがタバコ嫌いでなぁ。結婚してもらうときにキッパリ辞めたのさ」
でも、と呟いて、白い煙を吐き出す。
「今日は吸いたい気分でな……」
「……そっか。じゃあ美弥子さんには黙っとくよ」
「ああ、頼む」
よく知っている人がいつもと違うことをする――。
それはやはり特別なことで。
本当に師匠は死んでしまったのだと改めて実感させられた。
「そんで、お前はこれからどうするんだ?」
言わなくたってわかってるくせに……。
そう思ったが敢えて答えることにした。黙っていたら、また泣いてしまいそうだった。
「予定通りだよ。日ノ丸テレビに入社して、特別報道隊を目指す」
初めは榊と肩を並べて仕事をしたかったからだった。
でも今は違う。師弟で交わした約束の為に特別報道隊を目指すのだ。
日下は「そうか」と呟くと、硬い表情で――あるプランを直人に提案した。
「……お前が望めばの話だが。俺が人事部に話を付ければ、特例として高卒から日ノ丸テレビに入社できるかもしれん。俺ももう報道部の部長だし、榊の名前を出せば人事部も嫌な顔はしないはずだ」
「それは俗にいうコネ入社ってやつじゃないのか?」
「そうだ」
あっけなく肯定されて、思わず「ははっ」と笑いが漏れた。
その提案は、早く榊に追いつきたいと思っていた頃なら喜んで飛びついたかもしれない。
けれど、今は師匠が雲の上から見てやがる。
胸を張って活躍を見せつけるために、一つだろうとズルはしたくなかった。
「ありがたい話だけど遠慮させてもらうよ」
「……そうか。まぁ、そう言うと思ってたがな」
日下がタバコを吸い終わるのを待って、直人はしっかりと想いを告げる。
「俺さ、活躍を見ててくれって師匠と約束したんだ。だからきちんと良い大学に行って、イチから特別報道隊を目指す姿を見てて貰いたい」
◇◆◇
そんな宣言から、五年が経った――。
念願かなって日ノ丸テレビに入社することはできた。
でもゴールはまだまだ遠い。
何としても特別報道隊に入るのだ。
そのための努力なら一グラムだって惜しまない。
特別報道隊に入って、ようやくスタートラインに立てるのだから。
気にすんな――日下は力無く笑った。
「このくらい榊の無茶難題に比べればどうってことねぇさ。むしろ物足りねぇくらいだよ」
言いながら日下は、くたびれた喪服の胸元から一本のタバコを取り出し、慣れた様子で火を灯した。
「あれ。オッサン、タバコ吸わないんじゃなかったっけ?」
「ん? ああ、お前は知らなくて当然か。これでも昔はヘビースモーカーだったんだぜ? でも嫁さんがタバコ嫌いでなぁ。結婚してもらうときにキッパリ辞めたのさ」
でも、と呟いて、白い煙を吐き出す。
「今日は吸いたい気分でな……」
「……そっか。じゃあ美弥子さんには黙っとくよ」
「ああ、頼む」
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本当に師匠は死んでしまったのだと改めて実感させられた。
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言わなくたってわかってるくせに……。
そう思ったが敢えて答えることにした。黙っていたら、また泣いてしまいそうだった。
「予定通りだよ。日ノ丸テレビに入社して、特別報道隊を目指す」
初めは榊と肩を並べて仕事をしたかったからだった。
でも今は違う。師弟で交わした約束の為に特別報道隊を目指すのだ。
日下は「そうか」と呟くと、硬い表情で――あるプランを直人に提案した。
「……お前が望めばの話だが。俺が人事部に話を付ければ、特例として高卒から日ノ丸テレビに入社できるかもしれん。俺ももう報道部の部長だし、榊の名前を出せば人事部も嫌な顔はしないはずだ」
「それは俗にいうコネ入社ってやつじゃないのか?」
「そうだ」
あっけなく肯定されて、思わず「ははっ」と笑いが漏れた。
その提案は、早く榊に追いつきたいと思っていた頃なら喜んで飛びついたかもしれない。
けれど、今は師匠が雲の上から見てやがる。
胸を張って活躍を見せつけるために、一つだろうとズルはしたくなかった。
「ありがたい話だけど遠慮させてもらうよ」
「……そうか。まぁ、そう言うと思ってたがな」
日下がタバコを吸い終わるのを待って、直人はしっかりと想いを告げる。
「俺さ、活躍を見ててくれって師匠と約束したんだ。だからきちんと良い大学に行って、イチから特別報道隊を目指す姿を見てて貰いたい」
◇◆◇
そんな宣言から、五年が経った――。
念願かなって日ノ丸テレビに入社することはできた。
でもゴールはまだまだ遠い。
何としても特別報道隊に入るのだ。
そのための努力なら一グラムだって惜しまない。
特別報道隊に入って、ようやくスタートラインに立てるのだから。
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