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第一章
日ノ丸テレビ新人研修 ⑤
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「さー、正直に吐いてもらうよー!」
混み合う食堂で人混みの中からスルスルとトレイをもって現れた勢戸は――小柄な体型を活かした素晴らしい身のこなしだ――席に着くなり身を乗り出す勢いで聞いてきた。
最近の勢戸は強引さが目立ってきた気がするのだが……、これが彼女の素の性格なのだろう。
何を? なんて聞き返さなくてもわかっている。
勢戸が聞きたがっているのは瀬尾との試合のことだ。
「負けた俺としても聞いておきたいな。アレって普通の槍術じゃないよね?」
表情こそ柔らかいものの、有無を言わさない雰囲気で瀬尾が便乗する。
これはもう逃げられそうにない――悟った直人はだんご汁を啜ってから渋々口を開いた。
「あれは榊流・槍術。俺の育ての親つーか……師匠が教えてくれた我流の槍術だよ」
「榊流?」
勢戸が細い首を傾げる。
「なるほど我流なのか……まぁそうだよね。まさかいきなり軸足を狙ってくるなんて思わなかったし」
「……悪かったって」
柔らかい表情の奥にはやはり毒が隠れている。
薄々気付いていたが、瀬尾は油断ならない友人として確定だ。
「もしかして由緒正しい槍術だったりするの?」
「そんな大したもんじゃないさ。まぁ受け継いでるのは俺しかいないと思うけど、俺が継がなかったら師匠の代で途絶えてた超マイナーな槍術ってだけだよ」
喋りながらも誰一人として箸は止めない。行儀は良くないとわかっているが、いまさらそんなことを気にするような仲ではないし、そもそも食堂が開いている時間にも限りがあるのだ。
「あんなに強いのに隠してたのはなんでー?」
「隠してたつもりはなくてさ。日ノ丸テレビが指導するのが警棒術だったからそれに従ってたってだけ。妙に個性を出してヘンな難癖付けられたくなかったしな」
使ってもいいなら使う。使わないほうがいいなら使わない。
特別報道隊へ配属されることを第一に考えていたからこそ、今まで表に出さなかったに過ぎない。
「でも特別報道隊に入れたら……いずれ使いたいと思ってる」
「そりゃそうだ! あんなに強いのに使わないのはもったいないよー」
「うんうん。争奪戦の規定に近接武器の長さ指定はなかったはずだし、虚蔵だけの特別な長所になると思うよ。教えてくれた師匠さんに感謝しないとね」
そうだな――そう呟いた声は、ずいぶんと小さかったような気がした。
「そういえば、いつだったか佐久間指導員から聞いたかも。ウチの特別報道隊にも槍術を使ってた人が居たって。もの凄い活躍をしたって話してた」
何気なく瀬尾が言う。
そんな事を聞いてしまったからだろうか。
「たぶん、それが俺の師匠だ」
自覚できるレベルで思う。今日の自分はずいぶんと口が軽い。
「えっ、そうなのー?」
「日ノ丸テレビじゃかなり有名だったらしい。今でこそ視聴率は業界三位まで落ち込んでるけど、六年前までは八年連続視聴率トップだったのは知ってるだろ? あの黄金時代を築き上げるのに一役買ってたみたいだ」
「へー! そんな凄い人が師匠さんだなんて、虚蔵くんってマスコミ業界のサラブレッドなんだねー」
「先輩。サラブレッドの使い方間違ってますよ」
うそっー。と勢戸が頬を赤らめる。
まぁ、サラブレッドを『申し子』という意味で使ったのだとしたら、それは正しいかもしれないが。
「でもなんか、虚蔵くんが自分の話をしてくれるの新鮮だねー」
「無理矢理喋らせたの間違いだろ」
「うわ、ひどーい」サラダを頬張りながら勢戸がけらけら笑う。
でも、勢戸の言う通りかもしれない。
これまで身の上話など一度だってしたことがなかった。それこそ今回のように強引にでも聞かれない限り、これから先も話すことはなかっただろう。
なにせ直人の人生は決して普通とは呼べないし、それにこの話に出てきた師匠は――。
「つまり虚蔵は師匠さんと一緒に仕事をするために日ノ丸テレビに入社したってこと?」
瀬尾が何かを察したように言うが、首を縦に振ることは……できない。
「師匠は六年前に死んじまったよ。だから俺が日ノ丸テレビに入社したのは――」
あ、ごめん。とお決まりの表情を浮かべる瀬尾に苦笑いを返しながら、次に紡ぐ言葉を考える。
自分が日ノ丸テレビに入社した理由。
それは――。
「約束を果たすため、かな」
混み合う食堂で人混みの中からスルスルとトレイをもって現れた勢戸は――小柄な体型を活かした素晴らしい身のこなしだ――席に着くなり身を乗り出す勢いで聞いてきた。
最近の勢戸は強引さが目立ってきた気がするのだが……、これが彼女の素の性格なのだろう。
何を? なんて聞き返さなくてもわかっている。
勢戸が聞きたがっているのは瀬尾との試合のことだ。
「負けた俺としても聞いておきたいな。アレって普通の槍術じゃないよね?」
表情こそ柔らかいものの、有無を言わさない雰囲気で瀬尾が便乗する。
これはもう逃げられそうにない――悟った直人はだんご汁を啜ってから渋々口を開いた。
「あれは榊流・槍術。俺の育ての親つーか……師匠が教えてくれた我流の槍術だよ」
「榊流?」
勢戸が細い首を傾げる。
「なるほど我流なのか……まぁそうだよね。まさかいきなり軸足を狙ってくるなんて思わなかったし」
「……悪かったって」
柔らかい表情の奥にはやはり毒が隠れている。
薄々気付いていたが、瀬尾は油断ならない友人として確定だ。
「もしかして由緒正しい槍術だったりするの?」
「そんな大したもんじゃないさ。まぁ受け継いでるのは俺しかいないと思うけど、俺が継がなかったら師匠の代で途絶えてた超マイナーな槍術ってだけだよ」
喋りながらも誰一人として箸は止めない。行儀は良くないとわかっているが、いまさらそんなことを気にするような仲ではないし、そもそも食堂が開いている時間にも限りがあるのだ。
「あんなに強いのに隠してたのはなんでー?」
「隠してたつもりはなくてさ。日ノ丸テレビが指導するのが警棒術だったからそれに従ってたってだけ。妙に個性を出してヘンな難癖付けられたくなかったしな」
使ってもいいなら使う。使わないほうがいいなら使わない。
特別報道隊へ配属されることを第一に考えていたからこそ、今まで表に出さなかったに過ぎない。
「でも特別報道隊に入れたら……いずれ使いたいと思ってる」
「そりゃそうだ! あんなに強いのに使わないのはもったいないよー」
「うんうん。争奪戦の規定に近接武器の長さ指定はなかったはずだし、虚蔵だけの特別な長所になると思うよ。教えてくれた師匠さんに感謝しないとね」
そうだな――そう呟いた声は、ずいぶんと小さかったような気がした。
「そういえば、いつだったか佐久間指導員から聞いたかも。ウチの特別報道隊にも槍術を使ってた人が居たって。もの凄い活躍をしたって話してた」
何気なく瀬尾が言う。
そんな事を聞いてしまったからだろうか。
「たぶん、それが俺の師匠だ」
自覚できるレベルで思う。今日の自分はずいぶんと口が軽い。
「えっ、そうなのー?」
「日ノ丸テレビじゃかなり有名だったらしい。今でこそ視聴率は業界三位まで落ち込んでるけど、六年前までは八年連続視聴率トップだったのは知ってるだろ? あの黄金時代を築き上げるのに一役買ってたみたいだ」
「へー! そんな凄い人が師匠さんだなんて、虚蔵くんってマスコミ業界のサラブレッドなんだねー」
「先輩。サラブレッドの使い方間違ってますよ」
うそっー。と勢戸が頬を赤らめる。
まぁ、サラブレッドを『申し子』という意味で使ったのだとしたら、それは正しいかもしれないが。
「でもなんか、虚蔵くんが自分の話をしてくれるの新鮮だねー」
「無理矢理喋らせたの間違いだろ」
「うわ、ひどーい」サラダを頬張りながら勢戸がけらけら笑う。
でも、勢戸の言う通りかもしれない。
これまで身の上話など一度だってしたことがなかった。それこそ今回のように強引にでも聞かれない限り、これから先も話すことはなかっただろう。
なにせ直人の人生は決して普通とは呼べないし、それにこの話に出てきた師匠は――。
「つまり虚蔵は師匠さんと一緒に仕事をするために日ノ丸テレビに入社したってこと?」
瀬尾が何かを察したように言うが、首を縦に振ることは……できない。
「師匠は六年前に死んじまったよ。だから俺が日ノ丸テレビに入社したのは――」
あ、ごめん。とお決まりの表情を浮かべる瀬尾に苦笑いを返しながら、次に紡ぐ言葉を考える。
自分が日ノ丸テレビに入社した理由。
それは――。
「約束を果たすため、かな」
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