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第一章

日ノ丸テレビ新人研修 ①

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「狙いを定めて、撃てぃ!」

 指導員の力強い合図を受け、虚蔵直人うろくらなおとは右脇で抱えていた短機関銃・MP7を顔の前まで持ち上げトリガーを引き絞った。
 火薬の爆発ではない軽い音が射撃場に響き渡り、三〇メートル離れた標的にゴム弾が撃ち込まれる。
 弾は十五発中、十発が命中といったところか。
 満足のいく結果とは言い難いが、始めたばかりの頃に比べればかなり上達した自信があった。なにせバッテリーを積んでいるため実際のMP7よりも七〇〇グラムも重い電動ガンは、成人男性でも扱いが難しいじゃじゃ馬なのだ。

「ほう、随分と上達したようだな」

 ふいに肩を叩かれた。
 振り返ると普段は強面の指導員がわずかに表情を崩して立っていた。

「ありがとうございますっ」

 しっかり見てくれていたことに、思わず頬が緩む。

「だが、まだまだだ。可能な限り全弾命中を目指せ。お前たちの訓練の為に他の社員が汗水垂らして金を稼いでいることを忘れるな。お前の放つ弾は一発一発が彼らの努力の結晶だと思え!」
「はい!」

 要約すると「まだ外し過ぎだ、下手くそ」という意味になるのだろうが、悪い気はちっともしなかった。むしろやる気を引き立ててくれる心に響く喝だ。どうやらこの指導員は新人の教育にかなり慣れているらしい。
 次こそは――そう意気込んでMP7のマガジンを取り換え、再び標的に銃口を向ける。

「よし。次で最後だ! 総員、狙いを定めて――撃てぃ!!」

 気合い十二分でトリガーを引く。
 命中した弾は十五発中、十二発になった。


 ◇◆◇


 四月の第二週から五月末までの研修期間は、早朝七時から始まる。
 朝が早いぶん夜も早く、夕方五時に射撃訓練が終わるとすぐに風呂の時間となる。それから夕食だ。
 射撃訓練の後片づけを済ませた直人は、むさい男たちと尻を並べて髪と体を洗い流し、少し熱めの湯船に体を沈めた。

「あぁ……、生き返るぅ」

 たったこれだけで疲れの半分が抜けるような気分になるから不思議だ。
 一ヶ月前は弱音や泣き言しか聞こえてこなかった大浴場も、今となっては歓談を交わす憩いの場に変わり果てていた。とはいえ周りはむさい男だらけ。しかも品のない尻が並ぶ空間で上がる話など一つしかない。
 当然、女の話題だ。

 何、あの子がかわいいだの。
 何、あの子はエロいだの。
 尻フェチだの太ももフェチだの。

 この手の話は一度ヒートアップしたら最後、全員がのぼせるまで終わりはない。ここ数日はお祭り騒ぎが続いている始末だった。

「もうすぐ研修期間も終わりか。最初はただの地獄としか思わなかったけど、今となっちゃ少し寂しいな」

 そんな光景を眺めながら思ったことを呟くと、周囲の野郎どもから様々な声が上がった。

「えー、虚蔵マジで言ってんの? ありえねぇ……」
「そりゃお前が日本の誇る立派な企業戦士に育った証拠だな」
「でも、俺はちょっとわかる気がする」
「俺も俺も! 部活の合宿みたいでなんだかんだ楽しいもん」

 賛成意見と反対意見は半々といったところか。
 賛成派と反対派の会話が盛り上がり始める。

「俺……、研修が終わる前に宮内さんに告白してみようかなぁ」
「バカ、宮内はやめとけ。あいつアナウンス部配属が決定的だから相手にされないぞ」
「そうそう。美人アナウンサーってのは結局野球選手とくっつくんだよ」
「つーか、お前が告白成功するなら俺がするっつーの」
「ふざけんなっ。だったら俺だって」
「待て待て、あのおっぱいは俺のもんだ!」
「はぁ? 宮内の魅力は尻だろ!」

 盛り上がりに比例して下ネタが加速していく。
 彼らの会話からいち早くフェードアウトした直人は考える。

 
 そうか、あと一週間で配属部署の発表か。


「なになに、何の話で盛り上がってんの?」

 物思いにふけっている中、声を掛けてきたのは瀬尾大地せおだいちだった。
 研修の班こそ違うが、志望する部署と寝泊りする部屋が同じなので、風呂や食事を一緒にすることが多い人物である。
 瀬尾への説明のために何の話だったかを思い出す。

「あーっと……。配属部署の話?」

 告白する、させない。胸だ、尻だ。
 そんなくだらない話だった気がするけれど、まぁ気にしない。

「特別報道隊の話? 心配しなくても虚蔵なら希望通りに配属されるでしょ。射撃はあんまり成績よくなかったけど、最近はかなり上達してるみたいだしさ」
「おかげさまでな」
「俺はなにもしてないよ。勢戸先輩のアドバイスのおかげでしょ」
「その勢戸を紹介してくれたのは瀬尾――ぶはっ!!」

 虚蔵がそう返すと盛大な水しぶきが飛んできた。
 どうやらヒートアップしすぎた下ネタ談義が取っ組み合いにまで発展したらしい。

「……元気だねぇ。この様子を指導員に見られたら、訓練がもう一時間くらい増えそうじゃない?」

 顔にかかったお湯を拭いながら瀬尾が言う。
 わずかに不機嫌な声音になっているような気がするが、この程度で腹を立てるヤツじゃないので問題ないだろう。
 とはいえ、これ以上の実害を被るのは直人としても御免である。

「冗談じゃない。巻き添え食らう前に上がろうぜ」
「えー? まだ俺、五分も浸かってないんだけどなぁ。ま、いっか」

 なんだかんだ言いながら一緒に行動してくれる瀬尾は根っからのイイ奴なのだろう。ヒートアップを続けるバカ共から逃げるように二人は夕食へ向かうことにした。
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