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◆断絶時空のため時系列不明 最果ての墓標
しおりを挟む◆ ~断絶時空のため時系列不明~ 最果ての墓標
勇者様が毒殺され、ユーデルが、そして旅の仲間達が次々と暗殺されました。
全てが同時になされました。
誰かを救うことさえできませんでした。
勇者様、ユーデル、ダナン……みんな、死んでしまった。
私が生き残ったのは、ほんの少しのボタンの掛け違いのような偶然です。
たまたま饗宴の間で手にしたグラスをこぼして他のグラスと交換していただけで、私もあの場で死ぬはずでした。
……その方が幸せだったかもしれません。
私の仲間達が殺された理由は、振り返って考えて見れば難しい話ではありませんでした。
力と成果を上げすぎたのです。
もはや闇の勢力との戦争において勝算が確かなものとなったとき、既に味方の――ミスラト教総本山や連邦の重鎮達は、戦後の舵取りのための政治闘争に夢中になっていました。その闘争において、恐ろしいほどの戦力が勇者様や私という一個人がもっている事実は、誰にとっても厭わしいものだったのでしょう。庇護者のはずのベルモンティでさえも。
「ごめんね……みんなの墓、もっと良い場所に建てたかったんだけど」
総本山の地はこれから戦場となってしまうから。
事態に気付いた私は、饗宴の場からすぐに逃げ出しました。
政治とは関わり合いの無い下級司祭を騙し、勇者様や仲間達の死体を盗みました。
私に気付いて襲いかかってきた同門の司祭を、殺しさえしました。
あんな汚れた場所で勇者様が弔われるなど我慢ならなかったから。
あれだけ大事だった総本山も、ミスラトへの信仰も、全てがどうでも良くなりました。
大恩あるベルモンティさえも、いずれ殺そうと誓いました。
ああ、神よ。
ミスラトよ。
あるいはミスラトよりも古き、この世界を創りし名も無き創造の神よ。
かつては聖女と呼ばれた背教者レネス=ダルメルが
今、ここに誓います。
魔王を討ち世界に安寧がもたらされながらも、人心は乱れ悪徳ははびこり、
善良なる者にはそれを裁く力などありません。
私に勇者を守る力はなく、盾にも鎧さえもなれず、
私が勇者の姉となり母となりて労るべきところを妹や娘のごとく庇護され、
私が疲弊し倒れそうになったときは癒やしと励ましを与えられ、
五徳倫の教えを勇者に授けても他者からの野心と欲望を退けることはできず、
献身と奉仕の心は裏切り者に利用され、ついには彼を守ることができませんでした。
だというのに、私の血も、肉も、骨も、心臓も、罰されることなく健在のまま
何一つ不自由がありません。
光明神ミスラトよ!
私は私の心の臓が止まらぬ限り、あなたの信徒をことごとく焼き尽くすでしょう!
罰するなら罰するが良い!
勇者を救わなかった世界など!
何の意味も無き信仰など!
「そんなもの……そんなくだらないもの……!」
すべて! 何もかも! 私が穢し、踏みにじってくれる!
◆ ~断絶時空のため時系列不明~ 光明神ミスラト総本山跡
そして私が復讐のために手をそめたのは、禁断の死霊魔術でした。
これを手に入れることができたのは、まさに運が良かったとしか言えません。
……いや、悪かったのでしょうか。
こんな悪徳に手を染める力があったのですから。
ですが運以外にもいくつか要因はありました。
ユーデルが独自に作り出した時魔術を応用して、『テレポート』という一瞬で移動する魔術を編み出していたこと。
それを使ってミスラト教が禁忌として封印した秘術、死霊魔術を盗み出せたこと。
闇の軍勢との決戦の際に魔術の触媒や魔道具を蓄えており、万が一のためにそれを隠し持っていたこと。
闇の軍勢との激戦で何人もの手練れの戦士や魔術師が死亡、ないしは深傷を負っていたこと。
全てが噛み合ってしまいました。
私は激しい戦争のあった場所に赴き、亡者の怨念に耳を傾け、味方を増やしました。
私と思いを一つにする怨嗟に満ちた死者がいれば、数千の軍などすぐに起こせます。
死霊を使役する最悪の魔術が手元にあるのですから。
死霊達は、勇者様のために、この地の平和のために死んでいった者ばかり。
敵の方は、戦時中でさえも後方で怯えていた臆病者ばかり。
……そう、本当に、赤子の手をひねるように、事が運んでしまいました。
かのベルモンティさえも哀れな老人に見えるほどに弱かった。
勇者様と旅に出たばかりの頃であれば、私の方が手も足も出なかったでしょうに。
総本山を焼くのに一ヶ月もかかりませんでした。
荘厳な白亜の柱は砕かれ、神との契約を記した気高き壁には血がこびりつき、
信徒達がひしめきあっていた礼拝堂には死霊達がうごめいています。
ああ、私の生まれ育った世界が、燃えていく。
私は無知でした。
こんな無残な光景を見て快感に浸る私を。
愉悦に歪む自分自身の微笑みを。
一切知らずに、今まで生きてきたのですから。
神よ、何故私を罰さないのですか。
いや、もはや神などどうでもよい。
ハルト、私を見て。
あなたのために、幾千の軍勢を殺し尽くした私を。
あなたならば、私を罰してくれるでしょう。
あなたの魂はどこにあるのですか。
恐らくベルモンティの手で天上の世界へ飛ばされたか、あるいは元の異世界へと還ってしまったのでしょう。
もはや、あなたと二度と会うことができない。
あなたの居ない世界はこんなにも空しい。
ハルト。
ここは、寒いよ。
◆ ~断絶時空のため時系列不明~ ネルザス大森林、月光樹の洞
……最初から気付くべきだったのです。
ベルモンティどもが光明神ミスラトを信奉しながら勇者様を手に掛けたのであれば、その者には天罰が下されるはずです。行方のわからなくなった古の神々とは違い、光明神ミスラトは確かに天上の世界に存在しています。この世界に受肉して降臨はできないとはいえ、信者に語りかけ、過度な罪業に対しては罰を与えることもできるはずです。人間の司法で裁かれるべきところ、窃盗や殺人などに手は回らないにしても、勇者殺しなどという大罪を放置するはずがありません。何より、勇者の加護を突き破るほどの毒など、神の助力がなければ手に入れることなどできないはず。
だから、ハルトの暗殺には、きっと神の思し召しがあった。
そして私は神に反逆しました。そして神も、私に罰を下そうとして新たな「勇者」を選定し、私の元に送り込みました。これで何人目の勇者を殺したことでしょうか。しかし徐々に私の能力はミスラトに把握され、次なる勇者には私を確実に打ち破る加護が与えられることでしょう。
私は、この世に破滅と堕落をもたらした冒涜者として、誅滅される。
まあ、それは別に構わないのです。もはや生き長らえることに未練はありません。私に正義などないことは最初からわかっていましたから。
だからこれは最後の悪あがき。
神であるミスラトさえも予測できなかったもの。それはユーデルが目指し、私が引き継いで完成させた時魔術でした。私があの饗応の場でテレポートを使って逃げおおせたことが、私が神の支配からこぼれ落ちた最初の切っ掛け。
神の目は強大ではありますが完璧ではありません。光溢れる地、総本山のような加護の強い場所は幾らでも目が届きますが、闇の勢力が支配した西大陸や、あるいは神から与えられる魔力よりもその土地由来の魔力の方が強い場所……迷宮の奥深くなどでは遮られます。
今、私は、月光樹の洞の最深部に潜んで最後の研究に取り組んでいました。ユーデルの故郷を死霊の気配をまとった私で汚すのも忍びなかったのですが、エルフの長老達は自滅してしまい、いまやここに住まう者もいません。ユーデルよ、どうか許してください。
あなたと一緒に月光樹の洞を訪れたときのことを今でも覚えています。この場所には時魔術の秘技などは無く、徒労に終わってしまいました。それでも自分で諦めずに努力し、土や植物の時間を加速させる時魔術を開発してエルフの長老達に惜しみなく譲り渡しました。あなたは本当に誰に対しても優しかったから。野心家や裏切り者に対してさえも。
裏切ったのは、総本山の高司祭達ばかりではなくエルフの古老も同様でした。もっとも彼らは私が手を下すまでもなく、時魔術の扱いを誤って暴走させて自滅しました。ユーデル、あなたがエルフの古老達に口封じされなければこんな悲劇も止めることもできたでしょうに。おかげでエルフの森は一年で数万年もの「時の加速」が行われ、今や月光樹以外は永劫の不毛の大地となりました。あなたを殺したエルフの古老は私の手で殺したかったのですが、結局エルフ同士の内紛で命を落としていました。ごめんなさいユーデル、あなたの仇を討てなくて。
ですが、時魔術によって緑が枯れ果てて死の大地となったこの場所は、神の目さえも届かず、因果律からも独立した特異点と成り果てました。
……本当はこの洞窟を枕に死ぬつもりでした。
でも、一つだけ、できることがあると気付いてしまったのです。
時魔術は、魂魄の無いものの時間を操作する魔術。だから人間の身でありながら未来を観測したり、過去の自分に語りかけるということは、普通はできない。
ならば、魂魄の無い存在であるならば?
たとえば、書物。
たとえば、私が残した記録。
たとえば、私が様々な魔術を実験して得られた成果。
たとえば、死者の脳。
あるいは脳を送る必要さえ無い。
そこに記された記憶や知識、感情を抽出さえできれば良い。私の肉体が滅び魂魄が失われていれば何の問題も無く送れるはずだから。
私が死んだ瞬間に時空を遡る術式を組めば、どうしてこんな悲劇が起きたかを過去に伝えることができる。
……いや、過去に知識を送ったところで、別に今の時空の因果が変わるわけではない。私と共に生きたハルトが、仲間達が蘇るわけではない。過去の時空にいるであろうハルトは、「過去の時空に生きる私」の勇者であって、「今ここに居る私」の勇者ではない。
この世界において、私の行動は何の意味も無い。
それでも私が過去へ伝えたいと思ったのは、知識を通じてあのころの私達に出会いたかった。
ハルト、ユーデル、みんな……そして「私」。
こんな穢れた私など見たくはなかったことでしょう。
それでも会いたかった私の弱さを許してください。
そして……
どうか、私のようにならないで……
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