上 下
16 / 20

◆四年前 月光樹の洞、最深部2 // ◆断絶時空のため時系列不明 聖魔戦争・戦勝祝賀パーティー

しおりを挟む



◆~四年前~ 月光樹の洞、最深部2



 ヤドリギは凄まじく硬かった。
 このあたりにいる魔物の皮膚よりも硬い。
 魔力を宿した斬撃を何度も繰り返して、ようやく切り倒すことができた。

「よし……!」

 木片をかきわければ、そこには二、三人が十分に通れるほどの通路があった。

「これ、明らかに人為的な封印だね……魔力の隠蔽も上手い」

 ユーデルが緊張した面持ちで呟く。
 この奥には何かがある。予感というよりも確信だった。
 俺達は慎重な足取りで通路を進んでいく。

 そして、やがて広間に出た。

「これは……」

 壁を覆い尽くすほどの本棚がある。
 一生かかっても読み切れるだろうかというくらいの書物や巻物がある。
 何かを乱雑に保管した棚や箱がある。
 人の手が何度も触れて艷やかさを失い、しかしそのかわりに古びた味わいを備えた机と椅子がある。
 何度も何かを描かれ消されを繰り返し、これ以上使えないだろうと言うほど劣化した黒板がある。

 まるでここは

「学校……?」
「いや、違う。魔術師の工房……だね」

 俺の言葉に、ユーデルがぽつりと呟いて訂正した。
 魔術師や魔法使いについて詳しくはないが、言われてみればその通りだと思った。
 周囲にある道具類だけではなく、魔力というべきものをひしひしと感じる。

「こっちだ」
「ハルト?」

 この部屋の一番奥には、厳重に封じ込められている箱があった。
 そこに吸い寄せられるように近付いていった。

「危ない! 何が封じられているかわからないぞ……!」
「いや、これを見つけるために俺達は来たんだ」

 ユーデルの忠告も聞き流し、俺は鎖でがんじがらめにされている箱を見つめる。

「それに触れてはいけない、まずは解呪を……」

 だが、俺はユーデルの言葉を無視して鎖をむんずと掴む。
 許しなく触った者にダメージをあたえるトラップだ。
 そんなものは俺には通用しない。

「あ、あれ……?」
「大丈夫、魔力を高めて自分の手を守ってる。鍵穴もないから無理やり千切るしかない」
「ハルトさん、いつの間にそんな技を……?」

 レネスが驚いた顔で俺を見る。

「剣に魔力を込めてるうちに、なんとなくやり方がわかったんだ。応用すれば剣だけじゃなくて手とか足とかに魔力をこめて守ったり攻撃力をあげたりできる」
「す、すごいじゃないかハルト。教えるまでもなく絶技にたどり着くなんて……」
「絶技? なんだそれ?」
「勇者が、聖なる魔力を意のままに扱うための技さ。通常の魔法使いや剣士には決して到達できない、断絶した先にある究極の技巧。それゆえに『絶技』。魔力の扱い方はこのために教えたんだけど、まさか自力で習得するなんて……」

 なるほど……あの黒雷ダルクレイが使い、俺も同時に目覚めた技は『絶技』ということか。

「ありがとう、ユーデル。これからは絶技を磨いていく」
「例には及ばないさ、それより」
「ああ」

 俺は握りしめた鎖を力任せに引っ張った。
 ゆっくりと鉄がひん曲がっていき、そして、

「うわっ!?」

 鎖がちぎられた瞬間、箱の蓋が開いた。
 箱の方には一切手を触れていないのに。

「罠、じゃないですよね……?」

 レネスが警戒しながら杖を構える。

「いや、おそらく中に封じ込められた物の魔力が強すぎたんだ。まるで風圧に感じてしまうほどに……」

 俺たち3人が見守る中、箱の中から出てきたのは真っ黒い宝玉だった。

「玉……? なんだこれ、黒曜石とか……?」

 その玉のある場所だけが冗談のように黒い。
 まるで絵の具で真っ黒にしたかのような、味も素っ気もない黒。
 黒すぎて陰影がまったくわからず、二次元の円形にすら見える。

「違う。光を吸い込んで一切反射していない」
「ユーデル、わかるのか?」
「……光とは、時間の象徴。どんなものさえも光より速く走ることはできない。この世の理の一つだけど、それに反逆することが時魔術の原理」

 ……あー、なんか物理の時間でちょっと聞いたな。
 アインシュタインだったっけ?

「難しいことはわからないんだが、つまりこれは時魔術に関係するってことで良いのか?」
「ああ、多分そうだ。でも……」
「じゃあ持って帰ろうぜ」
「い、いや、そうしたいのは山々だが……」
「あ、直接触ったらまずいか?」
「それもある。トラップでないにしても、何があるのか検討もつかないし」

 ユーデルは顔をこわばらせて、鋭い瞳で黒い玉を見つめていた。

「……なんだか妙な胸騒ぎがする。これは、ぼくの想像を超えるものだよ」

 確かに、たたごとじゃない雰囲気を感じる。
 それにいろんな発見をして疲れた。そろそろ休みたいところだ。
 だが、そこでレネスが手を上げた。

「私があれを確保します」
「レネス?」
「防御魔術を張りつつ『アポート』を使えば、あの玉に触れないように箱に戻せば安全に運べると思います。エルフの里のユーデルさんの家で、ゆっくりと調べれば良いでしょう」
「そりゃそうだが……」
「それに……放っておいてはいけないような気がするんです」
「そうだな」

 客観的に考えればユーデルの言う通り、警戒に警戒を重ねるべき危険物なのだろう。
 だがここに来てから、なぜか「懐かしさ」とでも言うべきものを感じるのだ。

「いきますよ」

 と、レネスが防御魔法……不可視の盾を展開して衝撃に備える魔法を唱え、玉に近付く。
 だが、そのとき、

「……ん? あれ?」

 玉が動き、真っ黒だった玉の色が反転し、白い光を輝かせ始めた。

「な、なんだこれ……?」
「まっ、眩しい……!?」

 そして光の奔流が流れ出し……







◆ ~断絶時空のため時系列不明~ 聖魔戦争・戦勝祝賀パーティー



 それは、饗宴のときに起きました。

 光明神ミスラト総本山、陽光の間。

 それは貴人達を招き、盛大なパーティーを開くための大広間。

 当然、そこに並び立つ人々は誰もが貴人ばかりでした。

 光明神ミスラト総本山の高級司祭、ベナエ連邦の各国の王、エルフやドワーフの長老達、ロナハーム帝国の帝や遊牧民ヴェルキサの牧王さえもいました。光の勢力の全ての国の長が集まっていると言っても過言ではありませんでした。

 そんな高貴な方々ばかりでありながら、誰もが眩しい笑顔でした。

 そこで、壇上で饗宴のために演説をしているのは教主のベルモンディ様……。

「光の勢力の勝利を祝い、そして感謝を光明神ミスラトに捧げようではないか」

 その声と共に、饗宴に参加していた人々が一斉に杯を掲げました。

「神に感謝を!」
「おお、神に感謝を!」
「神に感謝を! 神に感謝を!」

 そして、列席者の高揚が高まったところで、ベルモンティは杯に口をつけ、飲み干しました。

 人々は、それにならいました。

 勇者様も、隣にはべるわたしも、同じように杯を飲み干しました。

 その場には、もはや敵などおりません。

 同胞達だけです。

 そのはずでした。

「うっ……!?」
「勇者様、どうされました?」

 勇者様の腕が力なくぶらりと垂れ下がり、杯を落としました。
 ぱりんと、小さな音を立てて杯が割れる音が響きました。

「がはっ!?」

 ああ……その光景は、忘れようとしても忘れられません。
 無敵のはずの勇者様の口から、鮮血が溢れ出たのですから。

「……勇者さま?」

 私はわけもわからず、呆けたように勇者様を呼びました。
 自分の顔にかかった血を拭いもせず。

「あっ、ああっ……」

 敵はすでにいないはずでした。

 闇の勢力は、勇者の活躍によってことごとく討ち滅ぼされたのですから。

 勝利に勝利を重ね、闇の勇者ダルクレイ、そして魔王さえも討ち果たしました。

 だから、これは、

「……『ディスポイズン』!『キュア』!」

 私は、あらん限りの魔法を唱えました。

 だがそれも徒労に終わりました。

 犯人は、闇の勢力などではないのですから。

「ゆうしゃさま……ハルトさん……!
 いや、なんで、どうして……っ!?
 勇者の加護を破る毒なんて……ありえない……!」

 毒を盛った人間は、隣に居る人間が解毒を施すことなどわかっていたのでしょう。

 だからおそらく、普通の魔法では解毒できない毒を盛った。

「なんでっ……! 『キュアカース』! 『ディスペル』! 『キュア』! なんで、どうして効かないの……!?」

 流れ落ちる涙よりも、何度も何度も、あらんかぎりの癒やしの魔法を唱えました。

 すべてが無駄でした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

無限初回ログインボーナスを貰い続けて三年 ~辺境伯となり辺境領地生活~

桜井正宗
ファンタジー
 元恋人に騙され、捨てられたケイオス帝国出身の少年・アビスは絶望していた。資産を奪われ、何もかも失ったからだ。  仕方なく、冒険者を志すが道半ばで死にかける。そこで大聖女のローザと出会う。幼少の頃、彼女から『無限初回ログインボーナス』を授かっていた事実が発覚。アビスは、三年間もの間に多くのログインボーナスを受け取っていた。今まで気づかず生活を送っていたのだ。  気づけばSSS級の武具アイテムであふれかえっていた。最強となったアビスは、アイテムの受け取りを拒絶――!?

外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~

そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」 「何てことなの……」 「全く期待はずれだ」 私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。 このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。 そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。 だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。 そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。 そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど? 私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。 私は最高の仲間と最強を目指すから。

天職はドロップ率300%の盗賊、錬金術師を騙る。

朱本来未
ファンタジー
 魔術師の大家であるレッドグレイヴ家に生を受けたヒイロは、15歳を迎えて受けた成人の儀で盗賊の天職を授けられた。  天職が王家からの心象が悪い盗賊になってしまったヒイロは、廃嫡されてレッドグレイヴ領からの追放されることとなった。  ヒイロは以前から魔術師以外の天職に可能性を感じていたこともあり、追放処分を抵抗することなく受け入れ、レッドグレイヴ領から出奔するのだった。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

金貨増殖バグが止まらないので、そのまま快適なスローライフを送ります

桜井正宗
ファンタジー
 無能の落ちこぼれと認定された『ギルド職員』兼『ぷちドラゴン』使いの『ぷちテイマー』のヘンリーは、職員をクビとなり、国さえも追放されてしまう。  突然、空から女の子が降ってくると、キャッチしきれず女の子を地面へ激突させてしまう。それが聖女との出会いだった。  銀髪の自称聖女から『ギフト』を貰い、ヘンリーは、両手に持てない程の金貨を大量に手に入れた。これで一生遊んで暮らせると思いきや、金貨はどんどん増えていく。増殖が止まらない金貨。どんどん増えていってしまった。  聖女によれば“金貨増殖バグ”だという。幸い、元ギルド職員の権限でアイテムボックス量は無駄に多く持っていたので、そこへ保管しまくった。  大金持ちになったヘンリーは、とりあえず念願だった屋敷を買い……スローライフを始めていく!?

転生させて貰ったけど…これやりたかった事…だっけ?

N
ファンタジー
目が覚めたら…目の前には白い球が、、 生まれる世界が間違っていたって⁇ 自分が好きだった漫画の中のような世界に転生出来るって⁈ 嬉しいけど…これは一旦落ち着いてチートを勝ち取って最高に楽しい人生勝ち組にならねば!! そう意気込んで転生したものの、気がついたら……… 大切な人生の相棒との出会いや沢山の人との出会い! そして転生した本当の理由はいつ分かるのか…!! ーーーーーーーーーーーーーー ※誤字・脱字多いかもしれません💦  (教えて頂けたらめっちゃ助かります…) ※自分自身が句読点・改行多めが好きなのでそうしています、読みにくかったらすみません

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

処理中です...