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◇現在 名も無き開拓村、ダルクレイの来訪4

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◇~現在~ 名も無き開拓村、ダルクレイの来訪4


 俺の呆れ顔を見たダルクレイが、不満げな声を漏らした。

「なんだよ、ハルトだってレネスに相当影響与えてるだろ。お前の方が凄いぞ」
「うっ」

 ちょっと痛いところを突かれた。
 レネスの今の生活習慣は俺が与えた物によって支えられているところが多い。向こうの世界にどんな娯楽があったとか、どんな飯を食べていたとか、そういう話を聞かせていたらレネスは地球の文化に憧れ、しかもそれを幾つか実現させてしまっているのだ。

「ふふん! 私はハルトに調教されたようなものだからね!」
「誤解受ける発言を胸を張って言わないでくれ」

 レネスは俺のツッコミなど無視して、棚に置いてある水晶玉を自分の手で引き寄せた。

「お、なんか新作があるのか?」
「今のダルクレイにぴったりの奴がね。感謝しなさいよ」

 音や映像を記録した水晶玉などは、俺がテレビや動画の話を聞いてレネスが作った魔道具である。レネスは千里眼の魔法と水晶玉を組み合わせ、離れた場所から音楽や演劇を鑑賞しそれを記録するというノウハウを確立した。彼女はそれを、当然のごとく自分の娯楽のために活用している。凄まじい才能の無駄遣いだ。

「山の方の集落はけっこう文化的で、音楽とか踊りとか得意なのよ。祭りの日なんかはよく乱痴気騒ぎしてるわ……だからついこっそり保存しといたのよね」
「それ覗きじゃ無いか……?」
「屋内じゃないから大丈夫。私の千里眼じゃ外から見えるものしか見えないし」

 レネスは俺の疑問や懸念をするっとかわして、水晶玉を撫でて呪文を呟く。
 そして水晶玉が光を放ち始めた。
 その光は家の壁にぶつかり、やがて様々な色や形を作り始めた。
 ……まあ、ぶっちゃけた話がプロジェクターのような感じだ。
 ついでに水晶玉から音が鳴り響く。これはスピーカーも兼ねていた。

「へぇ……」

 獣人達が太鼓や笛を鳴らし、陽気に踊っている。
 ダルクレイとは違って普通の猫よりの獣人で穏やかそうな見た目だ。日本の猫で言うなら三毛猫や茶トラ猫が多い。他にも犬やウサギなどの獣人も混ざっていて、ぱっと見る限りでは軋轢などもなさそうだ。
 彼らの奏でている音楽は日本の盆踊りなどよりはリズミカルだが、ジャズやラテン音楽ほどの激しさは無い。朴訥でどこか懐かしさを感じる音楽だ。

 そして踊る獣人達はみな楽しげだ。
 獣人の顔つきを細かく見分けるのはただの人間である俺には難しいが、それでも彼らが笑顔であるということはわかる。

「なあ、ダルクレイ、こういうところともっと交流を結ぶのも……」

 良いんじゃないか、と言おうとしてダルクレイの横顔を見て驚いた。
 フレーメン反応のごとき間抜け顔をしていた。

「……ど、どうした、ダルクレイ?」
「可憐だ」
「は?」
「なあ、ハルト! いますぐそこに行こう! な!」
「いやいや、落ち着けって。相当遠いぞ? このへんの人里とはほとんど交流も無いし……まあ俺達ならテレポートで行けることは行けるんだが」
「頼む! 一生のお願いだ!」
「ええぇ……こんなタイミングで一生のお願い使っちゃうのか……?」
「頼むよぉ! あの水晶玉に映ってた女の子、惚れたんだよ!」
「一目惚れか……うーん……」

 むくつけき豹頭の男が俺の腰にしがみついて懇願する姿はちょっとどうかと思う。
 でも考えてみれば、こいつも可哀想な奴なのだ。
 この村にはダルクレイの同種族も少ないことを考えると、こうも追い詰められるのも仕方ないのかもしれん。

「仕方ないな……レネス、悪い頼む」

 俺がレネスに頼むと、レネスは露骨に渋い顔をした。

「えぇー、またぁ? お金取るよ?」
「テレポートの料金か? 払う払う」
「それと女の子の紹介料と結婚が成約したときの成功報酬も」
「お前本当にあこぎになったな……まあ良いよ」

 ダルクレイが実に微妙な顔をしつつも財布を開いた。

「へへ、毎度ありぃ……それじゃあ行ってみようか!」



「今回はご縁が無かったということで……」
「畜生おおおおおぉ!!!」

 テレポートで向かった獣人の集落は、それはそれは玩具箱をひっくり返したような騒ぎになった。
 俺とレネスはそこの獣人達に面識があった。一年前この島に村を築くことになり、俺とレネスで島の様々な地域を調査したときに挨拶をしたのだ。獣人達にとって俺とレネスは、「よくわからないが海の方に住む人間達」くらいの認識で、攻め込んでくる侵略者でなければどうでもよい、程度の存在だ。たまに山菜や果物が欲しくて米や魚と交換しにいく程度のつながりはあったが、それも別に強固なものではない。

 だが今回は、ダルクレイを伴っていた。

 ダルクレイは彼らと同じ獣人だ。それも、屈強な豹人の中でも最高峰の武人である。彼の堂々たる姿を見れば、集落に住む戦士や狩人が束になって掛かっても敵うまいと一目でわかる。しかも女の子目当てではしゃいでいるために、自分の持つ闘気や覇気といったものを隠しそこねていた。

 天下に並ぶ人なしと謳われた豪傑が、「一目惚れしました」と言ってやってきたのだ。

 人妻に対して。

 そう、水晶玉で見た猫頭の女の子は人妻だった。
 人妻を貰い受けたいと言われた家はまさに恐慌状態だ。女の子――ミリイという茶トラの猫人は、断ったら何をされるかわからないから夫と離縁して出て行くと涙ながらに告げる。だがその夫――ケインという黒猫の猫人は、命に代えてもミリイを守ってみせると言う。村長は言う通りにするから無体な真似だけは辞めてくれと土下座をする。他の村人は逃げるべきか恭順すべきか戦うべきか、出口の出ない堂々巡りの議論をしている。

 このあたりで「嫁探しは無理だな」と俺達全員諦めた。そりゃまあ獣人の集落の弱気につけこんで嫁をかっさらうことはできるだろうが、俺もレネスもダルクレイも、そんな悪事をするつもりはさらさらない。嫁を奪いに来たわけでもなければ無理強いするつもりもないと説明して、ようやく村人達に納得してもらえた。

 だがそれでも「友誼(ゆうぎ)の証にせめてこの子をもらってくれ」「だから村に狼藉はしないでくれ」と幼女を押しつけようとする村人が出る始末だった。結婚適齢期の女性はほとんど結婚しており、未婚の子は10歳を過ぎたくらいの子供しか居なかったのだ。そんな子を押しつけられそうになったあたりでレネスにテレポートを唱えてもらって、再び俺達の家に逃げ帰ってきたのだった。

「でもダルクレイがロリ趣味じゃなくて良かった」

 ちびっこでもいいや、などと言って女の子を連れ帰ったら正直友達の縁を切るところだ。

「うるせーばーか! 負け越し勇者! 性依存症!」
「なんだと童貞野郎!」

 こんなくだらない流れで俺とダルクレイはまた喧嘩に発展してしまった。
 今現在はお互いに実力が拮抗しているので引き分けだったが、ダルクレイには結婚と言う名の勝利を手にして欲しいと切に思った。
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