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◆五年前 サデナエ平原、衝突の後2

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◆ ~五年前~ サデナエ平原 衝突の後 2



 獣人族の勇者、ダルクレイ。
 噂では同じ魔人側の兵の中でも『黒雷のダルクレイ』と呼ばれ、勇名を馳せているらしい。

 だが、魔人族よりも俺達のほうが畏怖しているだろう。
 奴が出てきた戦場で人間が勝利を得たことは一度たりともなかった。
 まさしく百戦百勝。奴と出会った将はまず間違いなく首を刎ねられる。
 剣技の巧みさは言うに及ばず戦術眼も確か。突撃すれば向かうところ敵はなく、奴の奇襲に気付ける者はいない。
 だがその一方で投降した兵に対して無体な扱いをしたことはなく、村落を略奪したことも一度たりとも無かった。
 誇り高い武人であり魔人ながら天晴《あっぱれ》、というのが前線での彼の評価だった。

 だがそれはあくまで前線でのことだ。
 連邦の軍の上層部やミスラト教総本山の高級司祭は苦々しく思っていた。敵ながら天晴《あっぱれ》などという意見が公然と交わされることは軍にとって規律の問題があり、またミスラト教において魔人が褒め称えられるなど信仰心の問題でもある。俺はダルクレイを退かせたものの、教主達の本音としては「あの場で仕留めることができれば」という落胆が混ざっていたと思う。事実、この件で皮肉やあてこすりを目の前で言われたこともあった。

 俺はそれを甘んじて受け入れた。
 あれでダルクレイに勝ったなどと、一度たりとも思ったことはない。

 むしろこの件ではレネスの方が怒っていた。

「勇者様が命を張っていたから安穏としていられるのに! 不満があるなら助力を惜しまず前線に出れば良いのです!」

 と言って、ミスラト教総本山の上層部を公然と非難した。
 俺としてはレネスをなだめる方が大変だったかもしれない。
 ただ俺も、ミスラト教関係者に対して少しずつ胡散臭いものを感じ始めていた。

 ただ、俺の実力不足については事実だった。
 強くあらねば、という思いを抱きながら戦場を駆けた。

 だがこの戦場でダルクレイと再び相まみえることはなく、魔人達の部隊は平原から引き下がった。
 こちらの軍は「勇者との戦いで不利を悟ったのだ」と言う意見が出された。
 あるいは兵糧が尽きて戦闘継続ができないのだろうという意見もあった。

 俺は、向こうが諦めて撤退したなどとは一切思っていなかった。
 今は下がったとしても、牙を研ぎ、また俺達を恐怖の底に陥れるだろう。

 サデナエ平原での小競り合いが終わり、魔人達との戦争が小康状態となった。俺達はミスラト教総本山へ戻り戦果の報告を終えると、再び旅に出ることを司祭達に告げた。司祭達は驚いたが、賛同も多かった。ダルクレイ自身は高潔ではあったが、かといって刃向かう者に容赦するような甘い奴ではない。次にぶつかるときに俺の力が弱ければ大惨事になるだろう。鍛えねばならなかった。より強い敵を倒すことでも、封印された凶悪な魔道具でも、何でも良い。力が欲しい。

 俺の感情の吐露は、俺に批判的だった人間にも好意的に受け取られた。だがどうすれば良いかについては結論が出なかった。勇者を召喚する術については知っていても、勇者が強大な力をさらに鍛え上げるとなると確実な話は一つも無かった。

「ドワーフの錬鉄王の手元には先代の勇者が纏った鎧があると耳にしました」
「言い伝えではありますが、ジラン大砂宮を過去の勇者が探索したとか……」
「ネルザス大森林の深部にはエルフの魔術の奥義が眠っていると聞きます」

 司祭達も聞きかじり程度の話しか無く、そのどれもが雲を掴むような話だった。

 ならば、試すしか無い。

 そして俺は総本山を出て、新たな旅へと出立した。
 魔人達の動きが再び活発化する前に、なんとしても己を鍛えて更なる力を身につけなければならない。強敵と巡り会い倒すことでも良い、更なる武器や魔法を身につけるでも良い。だがどちらにせよ辛い旅になることはわかっていた。一人で行こうと思った。

「……着いてこなくて良いんだぞ」

 レネスは俺が何も言わなくとも、二人分の馬と旅装を準備してくれていた。
 ここに残るよう引き留めても頑として言うことを聞かなかった。
 確かにこの子は俺の伴をする使命を持っている。
 だが、俺のように命や人生と引き換えに請け負った仕事ではないはずだ。

「私だって強くなってお役に立ちたいんです」
「でも……」
「勇者様は確かにお強くなりました。足手纏いに思われるかも知れません。でも、まだまだ旅や冒険の仕方は私の方が先輩です!」

 えへんと胸を張るレネスは、驚くほどに心強かった。

「それに……私は、あなたの隣に居たいんです。聖女としてではなく、私として」

 レネスは、頬を赤らめながらそっと手を出しだした。
 俺は、彼女の手を取った。
 少し震えている指先。小さな、小さな、だが、気高く温かい手。
 彼女に連れて行かれるのではなく、彼女を置いていくのでは無く、手を携えて、並んで歩くことを選んだ。

「あっ……」

 俺は、手をとったまま強引に抱き寄せた。
 レネスは俺に身を預け、そして気付けば唇を重ねていた。

 この頃からだ、レネスに対して漠然とした好意ではない、はっきりと恋心を抱き始めたのは。
 彼女と一緒なら、なんでもできると思った。
 そして事実、様々な冒険に挑んだ。
 腕利きの冒険者でも至難と言われる迷宮を踏破し、あるいは倒せまいと恐れられた、永く人を苦しめてきた竜や鬼を屠り、実力と名声を上げていった。
 そして時を同じくして、ダルクレイも様々な冒険に挑みその名を高めていった。俺が様々な場所を旅しながらも、奴の名は頻繁に耳にした。

 人族の勇者ハルトの名と、魔人の勇者ダルクレイ。
 再度の激突はいつ訪れるのだろうか。

 そして、その勝敗は――

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