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◆五年前 サデナエ平原、衝突の後 // ◇現在 名も無き開拓村、ダルクレイの来訪2

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◆ ~五年前~ サデナエ平原、衝突の後




 誰もが呆然としていた。

 聖剣と聖剣のぶつかり合いの余波は、まさに嵐のような勢いで周囲を吹き飛ばした。
 幸いにも死んだ者は居なかったようだが、ここまで膨大な魔力のぶつかり合いを見たことがある者は誰一人としていなかった。ある者はこれで魔人達に勝てると意気軒昂に叫び、ある者はここまで凄まじい戦いに着いていけるのかと迷い、ある者はただひたすら神の名を呟いて自分が生き長らえていることを感謝していた。

 俺の胸中は、そのどれとも違っていた。

「お主の名は」

 息も絶え絶えのダルクレイが、そう問いかけた。

「ハルトだ」

 満身創痍の俺は、吐き捨てるように告げた。

「人の勇者ハルトよ……貴様の名前、覚えたぞ」
「こっちの台詞だ、ダルクレイ」
「ひとまず勝負は預けよう。だが次に相まみえるときこそ、お前の最期だと知れい……退却!」

 黒豹の男は俺と同程度に傷ついていながら、それでも自分の足で立ち上がって引き上げていった。俺は駆け寄ってきたレネスに支えられてようやく立っている。それこそが俺とダルクレイの差であった。

「勇者様……」

 レネスが、心配げに呟いた。
 回復魔法を使って俺の負った傷を治している。
 もっとも傷は治っても体力や魔力は時間を置かなければ回復しない。
 俺達も、ダルクレイ率いる魔人達も、これ以上の戦闘は無理だ。

「レネス」
「はい」
「俺はもっと、強くなる」
「……はい」
「ついてきてくれるか?」
「もちろんです、勇者様。ですが……」

 レネスは微笑み、懐から布を取り出した。
 どこか血で汚れてしまっただろうか、と思っていたらレネスは俺の鼻先を布でぐいっと拭った。

「泥がはねています。勝ったのですから、お顔は綺麗にしなければ」

 ふふっとレネスが微笑んだ。
 珍しいことに、彼女の髪はひどく乱れていた。
 さっきの戦いの余波によるものだろう。服も土埃で汚してしまった。
 そっと手櫛で直す。

「いけません、殿方が女性の髪をさわるなど。めっ、ですよ!」
「あっ……ごめんな」
「でも今は、特別に許して差し上げます」
「そっか……」

 そのとき、爽やかな風がびゅうと吹いた。
 整えようとした髪がまた乱れてしまい、俺もレネスもおかしくなって吹き出した。

「しかし……勝ったって言えるのか? むしろ見逃されたような……」
「そうかもしれません。それでも屈強な魔人達を下がらせたんです。なにより……」

 レネスは、味方の騎士達の方へ手を伸ばした。

「あなたが彼らを守り、生き残りました」

 味方の騎士達は傷つきはしていても、死者や深手を負った者はいなかった。
 俺は深い安堵の息をついた。
 勇者だなんだともてはやされてはいたものの、本当に俺にできるのか不安だった。レネスは励ましてくれるし、ゴブリン退治を始めとして色々と訓練は積んだ。だがそれでも、本番で通用するのかは常に不安だった。まだまだ強くならなければいけないのはわかっている。だがそれでも、初陣で皆が無事だったことは嬉しかった。それを気付かせてくれたレネスを、心底ありがたいと思った。
 一騎打ちを見守ったまま呆然としていた騎士達だったが、俺の視線に気付いてすぐに我に返り俺達のところへ駆け寄ってきた。

「勇者殿! ご無事ですか!」
「凄まじい戦いでした……!」
「こっちは大丈夫だ。みんなも無事か」
「ええ、誰一人かけておりません」

 隊長格の騎士が応えた。

「ダルクレイは魔人の中でも最強格。あれには数多くの猛者が屠られました……。今まで散った戦士たちも浮かばれましょう。教主様もきっとお喜びに……」
「いや、まだだ」
「まだ、とは?」

 俺の言葉に、騎士は不思議そうな顔をした。

「あいつは再び、俺を殺しにやって来る」
「それは……」
「それは明日かもしれないし、一月先かもしれない。あるいは年をまたいて、まったく別の戦場で出会うかもしれない。だがわかる。いつか絶対に俺はあいつと戦う日が来る……どちらかが死ぬまで」

 剣を交わしたときに気付いてしまった。
 あいつは俺と対極の存在なのだ。
 お互いが生きている限り、あいつとはいずれ決着を付けねばならない。

「戦場って怖いところなんだろうなって思ってたし、実際は想像より怖かったよ。だけど俺はあいつと戦う」

 不思議な気持ちだった。これが敵愾心かと言われると少し違う気がする。恨みでも無い。魔人であるということは人間に対しては悪辣に振る舞うこともあるだろう、だが俺個人としてはダルクレイに思うところは無い。
 だがそれでも、俺はあいつと剣を交える。
 そのときまでに、恥じることのない実力を身につけよう。

「今度こそは、逃げない」

 引いたのはあちらだ。
 だが俺達は実質、見逃されて逃げるも同じだった。
 だから今度こそ、決着を付けよう。
 俺は、好敵手を見いだしたのだ。





◇ ~現在~ 名も無き開拓村 ダルクレイの来訪2



「いやもう戦争なんてやってらんねえよなぁ?」
「二度とやりたくねえわ」
「ほんとほんと、しんどいばっかでさー。ジルも軍人とか騎士とか目指すのやめときなよ?」

 俺とレネスがダルクレイの言葉にうんうんと頷く。

「あの、わたし奴隷ですけど……そもそも、このへんに軍も騎士団もいないですし……」
「それもそうか」

 俺達の居る島――といっても日本で言えば北海道よりも広いのだが――は、魔人達の住む西大陸にも、俺達が居たカテラネル大陸にも属していない未開拓領域だ。もっともここを最初に発見したのは光明神勢力――カテラネルに属する国の船乗りであり、そこからやってきた開拓移民達が山や森を切り開いて村を作り出した。

 その開拓移民がやってきたのも二十年前くらい前のことで、歴史など無いに等しい。島の中心部、森林や高山地帯には原住民の獣人がいるのだが、開拓村は沿岸から平野部の徒歩圏内に集中していて交流は全く無かった。原住民の存在を知らない開拓民の方が多いだろう。開拓を奨励した国も戦争のどさくさで騎士団や徴税官を派遣することもできず、今では国から放棄されているような島だ。

「で、でも、脱走兵って……聖魔戦争の兵隊さんだったんですか?」
「ん? そこは知ってるのか」

 俺が尋ねると、ジルはこくりと頷く。

「昔、この島に来た船乗りの人がでっかい戦争をしてるって噂話してたんで……」
「うん、まあでっかい戦争って理解で良い。俺達は兵隊みたいなもんだったんだが、国に使い潰されそうになったから似たような境遇の連中と手を組んで逃げてきたんだよ。別に悪いこたぁしてない」
「はぁ……そうですか……」
「納得は難しいか?」

 いきなり俺達が脱走兵だと言われても怖いだろう。
 普通、脱走兵なんて賊と変わらないのだ。
 俺達のように鍬を振るって土地を耕している方がおかしい。

「あ、いや、村長が、「この島に移民してきた人の昔の話は根掘り葉掘り聞くな」ってよく言ってたんで……興味はあるけど、聞き過ぎても悪いのかなって思っちゃいまして……」
「あ、そっちか」

 良識のある村長さんで助かる。ちょっと牧歌的すぎる気もするが、開拓者であることを選んだ人間には訳ありの人間も少なくないのだろう。「他人をあまり詮索をするべきではない」という良識を持っている人間が隣人であることは素直にありがたい。

「話が長くなるから詳しいところは後で話すとして、色々事情があってこの島で普通に暮らしたいってだけなんだ。ちょっとくらい腕っ節に自信はあるが、それで悪さをするつもりもない。そのへんは信じてほしい」
「わかりました」

 ジルは素直に頷いた。
 より詳しく説明する必要はあるだろうが、今はこのくらいで良いだろう。

「ダルクレイもすまんな」
「オッケーオッケー、俺みたいに見るからに魔人って顔の奴は少ねえしな……傷つくけど。傷つくけど」
「すっ、すみません!」

 ジルが慌てたように頭を下げる。
 ダルクレイが拗ねてるのもフリなのだが、ジルにとっては冗談ではなかろう。

「こら、ウチの奴隷で遊ぶな。ところで今日は何の用なんだ?」
「……それがな」

 ダルクレイの声が、一段低くなった。
 黒くふさふさとした耳もしょげかえっている。

「もったいぶるなよ」
「……また、駄目だった」
「駄目って、ああ……」

 また失敗したのか……。

「お見合い、また駄目だった……婚活百連敗だ……」
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