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◇現在 名も無き開拓村、いつもの夜
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◇ ~現在~ 名も無き開拓村 いつもの夜
「ただいまー」
木造の我が家の玄関を開ける。
寄り合いもダンジョンの探索も特に問題なく終わった。
あまり顔色が良くなかったのでパーティの仲間に心配されたが、銀鎧地虫を倒すにはさほど問題も無い。魔力もあまり消費せずに済んだ。
「おっかえりー」
間延びした声が帰ってきた。
その声の主は、あられもない体勢でだらっとソファーに寝そべりながら本を読んでいた。
「マイスイートハニー」
「なあに、ダーリン」
「ご飯は?」
「……おこめ、切らしちゃった……芋はあるかな」
「蒸すでも茹でるでもいいんだが、火の通ってない芋はご飯と呼べるのか?」
「『スチーム』使う?」
『スチーム』とは、レネスの編み出した横着魔法の一つだ。
籠で覆った食材に高温の水蒸気を放ち、一瞬で蒸し料理を作ってしまう。
「まあそんなこったろうと思って買ってきたけどな……」
寄り合いの場所にした酒場で、持ち帰りの料理を頼んでおいて良かった。
肉と野菜を煮込んだスープとパンだ。
零れないように壺に蓋をして持ってきてしまった。後で壺を洗って返しに行かねば。
「わーい! 旦那様だいすきぃ!」
「まったく……ま、とりあえず準備しようぜ」
俺はどかりと椅子に座る。
「あ、まって、いま空気冷やすね」
レネスは人差し指をあげて、『クールウインド』と唱えた。
すると、窓から優しい涼風が部屋の中に入り込む。
室温を下げるというためだけの横着魔法だ。
「おっと、すまんな」
「いやあ料理や買い物のめんどうさに比べれば全然」
「そっちの方も頑張ってくれ」
また同時に、部屋に転がっている本や、映像を記録した水晶をアポートの魔法で片付けていく。
あっという間に散らかっていた部屋は片付いて綺麗になった。
「……うーん」
「どうしたの?」
「いや、何というか、便利だなぁって……」
「色々と魔法作っちゃったからねぇ。もう私が横着魔法の第一人者だよ」
「横着魔法っていうより、もうちょっと……家事魔法とか、良い名前にしないか?」
「まあそれでも良いんだけど……やっぱり魔法の系統ってさぁ、使う人の哲学とか思想があるんだよ」
「お、珍しく真面目な話だな」
「ふふん!」
レネスは無い胸をえへんと張る。
「魔法というのはね、他人のために使っちゃ駄目なの」
「ふむ」
「いくらありあまる魔力を持ってても、他人の言いなりになって魔法を使ってたら他人を勘違いさせちゃう。これは私が使える力なんだぞって」
その言葉はいかにも自慢げで、まるで壇上で演説する政治家か宗教家のような口ぶりだった。だがその背後にある物は、思想哲学の根幹は、俺もレネスも共有する物だった。
「そういうのはどんなに良いことしてるように見えても、悪いことなんだよ。だから魔法は自分のために使うし、他人に頼まれたときも自分が納得して、対価をもらったときしか使わない。だから横着魔法って名前で良いの」
「そうだな……」
もう他人に良いように扱われるのはまっぴらごめんだ。
俺達は、俺達の平和と幸せを守る。
思いを一つにして、同じ飯を食べる。
それは何よりも幸せなことだった。
そして、晩ご飯を平らげたあたりでレネスが魔法を使い、手を一切使わずに食器を洗い始めた。
「俺のためには使ってくれてるじゃないか?」
「そりゃあ家族だもんね!」
レネスは嬉しそうに言った。
「そうだな、家族だからな」
「……ところで、旦那様」
「なんだい奥様」
「二人って、家族にしては少なくない?」
レネスの目が、猫科動物のように爛々と光った。
「……ま、まあ少ないかも知れないな」
じり、と後ずさりする。
だが、同じ距離だけを詰められる。
「まっ、待って! 無理無理! 今日は無理!」
「無理っていうのは嘘つきの言葉だよ」
少女にあるまじき笑顔を浮かべてレネスは俺の後ろに回った。
魔法も剣も熟達したレネスは、単純な腕力瞬発力は俺に劣るとしても虚を衝く手際は冴え渡っている。
「つーかまーえたー!」
「助けてええええ!」
俺の慟哭を聞く物は誰も居なかった。
……かに思えて、控えめなノックが聞こえてきた。
「……はぁ、誰かなぁこんな時間に」
レネスがあからさまに溜息をつく。
俺もややホッとしつつも、日も沈んだ時間の来客なんてのはちょっと怪しいなと思わざるをえない。
「どちらさま?」
俺はやや警戒しながら玄関を開ける。
これといって攻撃的な魔力は感じない。
ごく普通の人間には違いないと思いながらも、万が一だけには備えて剣を腰に差していた。
レネスは引きこもり気質を発揮して、全力で警戒態勢だ。
何も言わずに聖なる短剣を構えている。
自宅を警備するという心構えは強い子だ。俺の知る限り最強の自宅警備女子だ。
「すっ、すみません……隣村のケネルと申します……」
「ん? ああ、ケネルさん、どうもこんばんは」
見覚えのある顔だ。
あまり話したことは無いが、隣の開拓村の農夫だったはずだ。
川の水の管理の相談で隣村に行ったときに見たことがある。
すでに結婚もしていて、年頃の娘も居たな。
それを考えると三十を過ぎたあたりだろうか。
「……で、こんな時間に何のご用で?」
「そ、その……ハルトさんとレネスさんに折り入ってお願いが……」
「お願い?」
俺がそう言うと、ケネルは切実な顔をして叫んだ。
「ゴブリンが出たんです……どうか助けてください!」
「ただいまー」
木造の我が家の玄関を開ける。
寄り合いもダンジョンの探索も特に問題なく終わった。
あまり顔色が良くなかったのでパーティの仲間に心配されたが、銀鎧地虫を倒すにはさほど問題も無い。魔力もあまり消費せずに済んだ。
「おっかえりー」
間延びした声が帰ってきた。
その声の主は、あられもない体勢でだらっとソファーに寝そべりながら本を読んでいた。
「マイスイートハニー」
「なあに、ダーリン」
「ご飯は?」
「……おこめ、切らしちゃった……芋はあるかな」
「蒸すでも茹でるでもいいんだが、火の通ってない芋はご飯と呼べるのか?」
「『スチーム』使う?」
『スチーム』とは、レネスの編み出した横着魔法の一つだ。
籠で覆った食材に高温の水蒸気を放ち、一瞬で蒸し料理を作ってしまう。
「まあそんなこったろうと思って買ってきたけどな……」
寄り合いの場所にした酒場で、持ち帰りの料理を頼んでおいて良かった。
肉と野菜を煮込んだスープとパンだ。
零れないように壺に蓋をして持ってきてしまった。後で壺を洗って返しに行かねば。
「わーい! 旦那様だいすきぃ!」
「まったく……ま、とりあえず準備しようぜ」
俺はどかりと椅子に座る。
「あ、まって、いま空気冷やすね」
レネスは人差し指をあげて、『クールウインド』と唱えた。
すると、窓から優しい涼風が部屋の中に入り込む。
室温を下げるというためだけの横着魔法だ。
「おっと、すまんな」
「いやあ料理や買い物のめんどうさに比べれば全然」
「そっちの方も頑張ってくれ」
また同時に、部屋に転がっている本や、映像を記録した水晶をアポートの魔法で片付けていく。
あっという間に散らかっていた部屋は片付いて綺麗になった。
「……うーん」
「どうしたの?」
「いや、何というか、便利だなぁって……」
「色々と魔法作っちゃったからねぇ。もう私が横着魔法の第一人者だよ」
「横着魔法っていうより、もうちょっと……家事魔法とか、良い名前にしないか?」
「まあそれでも良いんだけど……やっぱり魔法の系統ってさぁ、使う人の哲学とか思想があるんだよ」
「お、珍しく真面目な話だな」
「ふふん!」
レネスは無い胸をえへんと張る。
「魔法というのはね、他人のために使っちゃ駄目なの」
「ふむ」
「いくらありあまる魔力を持ってても、他人の言いなりになって魔法を使ってたら他人を勘違いさせちゃう。これは私が使える力なんだぞって」
その言葉はいかにも自慢げで、まるで壇上で演説する政治家か宗教家のような口ぶりだった。だがその背後にある物は、思想哲学の根幹は、俺もレネスも共有する物だった。
「そういうのはどんなに良いことしてるように見えても、悪いことなんだよ。だから魔法は自分のために使うし、他人に頼まれたときも自分が納得して、対価をもらったときしか使わない。だから横着魔法って名前で良いの」
「そうだな……」
もう他人に良いように扱われるのはまっぴらごめんだ。
俺達は、俺達の平和と幸せを守る。
思いを一つにして、同じ飯を食べる。
それは何よりも幸せなことだった。
そして、晩ご飯を平らげたあたりでレネスが魔法を使い、手を一切使わずに食器を洗い始めた。
「俺のためには使ってくれてるじゃないか?」
「そりゃあ家族だもんね!」
レネスは嬉しそうに言った。
「そうだな、家族だからな」
「……ところで、旦那様」
「なんだい奥様」
「二人って、家族にしては少なくない?」
レネスの目が、猫科動物のように爛々と光った。
「……ま、まあ少ないかも知れないな」
じり、と後ずさりする。
だが、同じ距離だけを詰められる。
「まっ、待って! 無理無理! 今日は無理!」
「無理っていうのは嘘つきの言葉だよ」
少女にあるまじき笑顔を浮かべてレネスは俺の後ろに回った。
魔法も剣も熟達したレネスは、単純な腕力瞬発力は俺に劣るとしても虚を衝く手際は冴え渡っている。
「つーかまーえたー!」
「助けてええええ!」
俺の慟哭を聞く物は誰も居なかった。
……かに思えて、控えめなノックが聞こえてきた。
「……はぁ、誰かなぁこんな時間に」
レネスがあからさまに溜息をつく。
俺もややホッとしつつも、日も沈んだ時間の来客なんてのはちょっと怪しいなと思わざるをえない。
「どちらさま?」
俺はやや警戒しながら玄関を開ける。
これといって攻撃的な魔力は感じない。
ごく普通の人間には違いないと思いながらも、万が一だけには備えて剣を腰に差していた。
レネスは引きこもり気質を発揮して、全力で警戒態勢だ。
何も言わずに聖なる短剣を構えている。
自宅を警備するという心構えは強い子だ。俺の知る限り最強の自宅警備女子だ。
「すっ、すみません……隣村のケネルと申します……」
「ん? ああ、ケネルさん、どうもこんばんは」
見覚えのある顔だ。
あまり話したことは無いが、隣の開拓村の農夫だったはずだ。
川の水の管理の相談で隣村に行ったときに見たことがある。
すでに結婚もしていて、年頃の娘も居たな。
それを考えると三十を過ぎたあたりだろうか。
「……で、こんな時間に何のご用で?」
「そ、その……ハルトさんとレネスさんに折り入ってお願いが……」
「お願い?」
俺がそう言うと、ケネルは切実な顔をして叫んだ。
「ゴブリンが出たんです……どうか助けてください!」
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