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二章「結婚の儀」

三十七話「巫女姫の覚悟」後編

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「みうて」御子が床に下ろして貰って、とてとてと巫女姫に寄ってくる。頭を左右に揺らしながら、不安定に歩む姿が愛らしい。

 自分達の事は「まー」「もー」としか呼んでくれない、と愚痴る世話係達が、苦笑して見守っている。言いにくいんだから仕方ないわよね。

 巫女姫に抱き上げて貰ってご機嫌な御子が、私に手を伸ばす。その顎を擽ると、きゃっきゃと笑った。御子はこうされるのが大好きだ。

 暫く御子に癒されてから、巫女姫が話を再開した。
「やはりイーストフィールドが心配です。神官長は大丈夫かもしれませんが」巫女姫がニヤリとしか言えない笑みを浮かべた。神官長って、随分アクの強い人みたいね……?

「国を抜ける時に、国土の疲弊を実感しました。そして、サウスフィールドへ入って、精霊の加護の素晴らしさと、その大切さを痛感しています。でも」巫女姫は唇を噛んだ。

「私は精霊の声を聞けない巫女です。精霊の託宣があったという神官長の言葉だけを根拠に、神殿で保護されていました。自分がすべき事が分かりません」自嘲するように笑う。

 出会った時の取り繕った仮面はすっかり剥がれた。人間的な巫女姫が私は好きだわ。それがネガティブな思いや表現であっても。

「今イーストフィールドに戻っても、何も出来ないし、何より危険だ」マジョラムが静かな声で答える。光の精霊が、さっきまでの巫女姫の言葉も伝えてくれたんだろう。

「イーストフィールドの王族は自失していて役に立たず、大臣達はセントラルの言うなりだ。貴女と御子はセントラルに送られるだろう。これは伝えるか迷っていたが」マジョラムがモーヴ神官と目を合わせて頷く。

「貴女は父上が加護を失った後に授かったお子だ。聖女は普通は、命の守護者の補助がなければ子を望めないが、加護のない守護者との間には、聖女となる子を授かることがある」巫女姫は真っ青になった。

「父上はお子を望み、サウスフィールドの女王に謝罪された上で、加護を失う行動をされた。あの年は酷い飢饉だった。あの穀物で多くの命が救われ、彼らは今でも父上に感謝している」

 マジョラムは巫女姫の前に跪き、彼女を見上げる。
「お父様は、私と領民の為に加護を捨て、命を縮められたのですか?」巫女姫は、か細く震える声で尋ねた。

「貴女が無事に生まれるとは限らなかった。父上が、それを選んだんだ。母上と私は補助を申し入れたが、聞き届けられなかった」息を呑む音が響く。

「命の守護者の補助は、単婚制の国では受け入れにくい。土地柄と教育もあって、仕方がない面もある」マジョラムのため息は深い。

「しかし、光属性への拘りや王族の関与を強制されなければ、違う方法が選べた筈だ。ご両親は国と王族に殺されたのだと、私は思っている」マジョラムは鋭い目で言い切った。

「私は貴女の母上の命の守護者だ。母上を守れず本当に申し訳ない。父上と母上が何より望まれた貴女と光の御子を、今度こそお守りしなくてはならない。私を信じて頂けるだろうか」

 巫女姫の手に、震えるマジョラムの手が触れる。抱かれた御子の頭に涙が落ち、御子が巫女姫を見上げた。
「みうて」不安そうな御子に巫女姫が微笑みかけ、マジョラムの手を握り返した。

「私は色々と誤解していました。でも、皆さんやスパティフィラムと話し、御子と接して目が覚めました」静かな声にも決意が滲む。

「両親に命を掛けて生んで貰い、神殿で慈しんで育てられ、ヴェロニカ様方や貴方達のお陰で御子様に会えた。イーストフィールドの聖女候補者として、私が義務を果たせるよう導いて下さい」

 微笑む巫女姫と御子、マジョラムを中心に、強い光と力の輪が広がった。巫女姫の手を取るマジョラムの頬にも涙が溢れ、モーヴ神官が側に跪いて彼を抱きしめる。

「巫女姫は今、イーストフィールドの国土と光の御子との絆を結びました。彼の国だけの聖女候補になったんですよ」イオナンタの囁きに振り返る。

「お帰りなさい」口付けを交わして抱き合う私達を巫女姫と周囲が見つめていた。
「どうかした?」イオに抱きしめられたまま首を傾げると、みんなが首を振る。

「私達が皆さんの様に愛し合えれば良かったのに、と思うと羨ましい」マジョラムが笑う。

「人それぞれですよ。貴方を一途に愛してきた人もいるのですから」イオの言葉にマジョラムとモーヴが真っ赤になった。

「お義母さん泣いてるの?」義母が涙ぐんでいるのに驚いた。
「安心したの」義母は笑って、側に寄る私を抱きしめて耳元で囁く。

「ラディアータは潔癖だったから。本当は貴女には、今の暮らしは不本意じゃないかとの不安が消えなかったの。幸せだと実感できて良かった」

 肩掛けが首を擽る感触に微笑む。義母は誰かを心配すると、その人の事を想いながら色々な物を作る。肩掛け、膝掛けなど、義母が渡してくれた全ての物に、深い愛情が籠っている。

「それに最近、涙脆いの。きっと年のせいね」美しい義母が優しく笑った。
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