【実録!! ~裏社会の瞳~】

KAI

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『抗争』

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 ヤクザを語る上で、事件は避けて通れない話題だ。



 しかし、井手氏の所属していたN西組はY口組系列の直参組織で規模も大きかった。枝組織、いわゆる下部組織や関係組織では起こり得たが、実際に井手組員が拳銃をかまえたり、日本刀を磨いたりすることなどはなく、案外平和な日々が続いていた。



 車を拭き、組長を乗せ、キャバレーに到着後ひたすら待つ。



 その繰り返しだった。



 むしろ、下っ端組織の抗争程度でビクビクしていては舐められる。



 そんなマインドが働いていたのだろう。組長の飲みに行くペースも増していき、どこからでもかかってこい、という格の違いを見せつけていたのであった。



 そうすると、運転手兼ボディーガードの井手も大忙し。



 前のように仲間内で飲み食べに行くこともままならなかった。



 ようやく、久々の休みの日。



 しかし残念ながら雨が降っていて、コウモリ傘が必要だった。



「えらい疲れたわ~」



 飲み屋の一角で、井手は友人と酒を飲んでいた。



 その人物はカタギだったが、筆者である私のように井手からヤクザの世界を聞くのを楽しみにしているような特異な人物だった。



「組長さんそんなに飲みに行くン?」



 キラキラとした好奇心の塊のような目を向けられると、渡世を生きる井手も悪い気はしなかった。



「おう。親父はともかく『飲んで遊んで』が自分の役割みたく思うとるからなぁ」


「やっぱしヤクザの親分さんはそうでなくちゃ!」


「いやいや・・・・・・思ってるよりも実際は地味やで?」


「そうは言っても、いい服着ていい車乗って運転手させて、いい女のいる店に何軒も飲みに行く・・・・・・俺みたいなサラリーマンには羨ましい限りやわ」



 ゴクゴク・・・・・・



「プハー!! 俺も来世があったらヤクザの親分になりたいわぁ」


「外から見たらそう思うかもしれんけどなぁ・・・・・・危ないことも多いし」



 すると、友人はグイッと顔を近づけてきた。



「なになに? 今もとか持ってるの?」


「んなワケあるかいボケ。せやけど、今も四次団体が抗争中や。ワシはラッキーやが、アイツらからしたら生きた心地がせんやろ」


「ほえ~! 何人も死んでるの?」


「質問の多いやっちゃのぉ! そんな簡単に人死にが出たらサツがうるさいやろ。膠着こうちゃく状態が一ヶ月も続いてる」


「・・・・・・なあ」



 井手は嫌な予感がした。



のお願いや」


「お前の一生は何回あるんや・・・・・・」


「頼む! その抗争中の事務所、近くまで案内してくれんか!?」


「はぁ!? わざわざ危ない場所に行く言うンか!?」


「興味があんねん!! この通り!!」


「できんこともないけど・・・・・・」


「せや!! この店の勘定!! 全部俺が払うから!!」


「・・・・・・そこまで言うなら」



 ガブガブ・・・・・・



 ゴブゴブ・・・・・・



 数時間後ーーーー



 深夜の二時。雨はあがっていた。



「ほんでぇ~ここら辺がぁ~」



 でろんでろんに酔っ払った二人のいい大人が、手に傘を持ちながら、繁華街から少し離れた小道を行く。



 こじんまりとした、二階建ての事務所が見えてきた。



 光りがこぼれてきているが、かすかな隙間だけ。



 なぜならば、粗雑なバリケードで封鎖されているからである。



 タンス・靴箱・書類入れ・ソファに至るまで、あらゆる家具でバリケードを築き上げ、侵入者や弾丸を防ごうと努力したことが分かる。



「ここが、絶賛抗争中の○○組や」


「へぇ~!!」


「こらこら。声がおっきいで。見張り番は敏感やから静かにな」



 だが、いつもは止める井手までスタスタと近づいていったのは、相当酔っ払っていたからであろう。正常な思考能力が失われていた。



「何で抗争に?」


「詳しくは知らんが、シノギ邪魔されたとかなんとか・・・・・・」



 スタスタ。



「で、この中に・・・・・・」



 指をさすように、コウモリ傘の尖端を事務所に向けた。



 その時だーーーー



 ダダダッッー!!



「ワレぇ!!」


「殺される前に殺したるど!!」


「おんどれゴラァ!!」



 三人ほどの若い衆が、血走った目で事務所の扉から射出された。そして井手とその友人に飛びかかったのである。



 手にはドスや牛刀が・・・・・・



「な、なんじゃオドレら!?」


「ひ、ヒィイイ!!」



 友人の股ぐらは濡れていた。



「ちょちょちょ、待てや!! ワシや!!」



 そうは言っても、街灯など少ない時代。



 井手の顔を目視するのは難しかった。



「ワシや!! N西の井手や!!」


「へ!?」


「ホンマや!! 顔をよく見ンかい!!」



 襲ってきた側のはずにもかかわらず、若衆たちは息を切らして武器を持ちながら、井手の顔をまじまじと見た。



「ホンマや・・・・・・N西さんとこの・・・・・・」


「す、すんまへん!!」



 上部組織の者に、下部組織の人間が噛みついたのだ。普通、謝罪だけでは済まされない。



 がーーーー



「その・・・・・・が」


「あぁ?」


が、に見えてもうて・・・・・・そんでヤれる前にヤったれと・・・・・・」


「・・・・・・」



 酔いも覚めてしまい、井手は自分の愚かな行動を悔いた。



 目の前で俯いている若衆らは、どうやら二・三日満足に眠っていないらしい。目の下に隈ができ、げっそりと頬もこけている。傘を実銃に見間違えるほどの、極限状態だった。



『抗争』



 テレビでは腐るほど見聞きしてきた言葉の、その最前線はこれほどまでに緊迫感に包まれているのか・・・・・・井手は軽率な自分を殴りたくなった。



「悪いことしたな。ワシの方こそすまん。当番、ご苦労さんやな」


「井手はん・・・・・・」


「体張って、親、守ったれよ?」


「へ、へいっ!!」



 丁寧にお詫びをして、若い衆らは事務所へ消えていった。



「さ、帰ろか」



 物見遊山で来てとんでもない目に遭ったが、これで友人の好奇心も満たされたはず。



 そう思って振り返ると、じょぼじょぼと小水をこぼしながら、腰の抜けている友がいた。



「おい。大丈夫か?」


「・・・・・・お、俺・・・・・・もうどんなことがあっても事務所には近づかんわ」


「ああ。その方がええ」



 ここからが悲しいかな、この日を境に友人からの連絡は減り、そして疎遠になってしまった。数十年経った今となっては生死すらも分からない。



「アレでよかったンや。しょせん。いつかは違える友情やったンや」



 少し哀しい目をしながら、井手は茶を啜り、嘆息をつくのであった。


 

 完
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