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”芥川 月の誕生”
【異常性の開花】
しおりを挟む冬紀はーーーー虐待されていた。
前提条件を書いておくと、冬重にも被害者の冬紀にも、その認識はなかった。
だが、異常だったことに間違いはない。
冬紀が幼い頃に、すでに『空術』の修行が始まっていた。
小学校には途中までしか行かせず、最低限の学力を身につけた彼女を、地獄の生活に引き込んだのは紛れもなく父冬重。
井戸の・・・・・・底。
突き落とされ、蓋を閉められながら言われた。
『上がってきなさい。泣き叫んでも、助けを求めても、だぁれも助けてくれませんよ!』
そうは言われても、丸一日は泣いた。
出してと叫んだ。
しかし、冬重は来ない。
自力で這い上がった。
爪は剥がれ、肉が見え、血が滴り落ちながら・・・・・・
貞子のごとく、井戸から這い出ると、家に戻った。
ボロボロの彼女を迎えたのは、食事をしながら野球を見ている父親だった。
『遅い。次は二四時間以内に』
嗚呼・・・・・・この人は自分を助けてはくれないんだ。
小さいながらに悟った。
それからも苛烈な拷問のような修行が続いた。
しかも・・・・・・だ。
この冬重の行動、きちんとした理屈があればまだしも、なんと思いつきで行うのだから恐ろしい。
『即身仏って面白いことを昔の人は考えつきましたねぇ! そうだ! 土の中の箱に入れて放置したら、精神力が身につくんじゃないですかぁ!?!?』
そして、実の娘を埋める。
狭い暗所ーーーー
薄い空気ーーーー
少女は半狂乱になり、箱の中で暴れたが、遂には三日後に掘り起こされた。
『悟り開けたかと思ったけど、狂っただけですかねぇ・・・・・・失敗失敗!! ヒャハハハ!』
眩い陽光の中、薄れゆく意識の彼方で、嗤う父の声がしたーーーー
そんな過去を知ってしまったからには、芥川も同情をせざるを得ない。
ポツリポツリと呟く彼女を、背後から強く抱きしめた。
「辛かったでしょう・・・・・・寂しかったでしょう・・・・・・」
「・・・・・・」
彼女の体は小刻みに震えていた。
「もう大丈夫・・・・・・私がいる。二度と辛い思いは・・・・・・!?」
彼女は・・・・・・
笑っていた・・・・・・
「今にしてみれば、イイ思い出よ。パパは私のことを本当に心の底から愛してくれていたの」
「そんな・・・・・・だって・・・・・・」
「フフフ・・・・・・あなたの驚く顔・・・・・・可愛い・・・・・・」
唇が交わされた。
その時、芥川も目をつむり、諦めた。
嗚呼・・・・・・もうこの子も・・・・・・あの父親も・・・・・・救うことはできないのであろう。
自分にできることは・・・・・・何もない・・・・・・と。
そして、目の前の甘美な夜に、身を委ねたのだ。
何倍も簡単で、ラクで、幸せに感じる。
愛する彼女の、壮絶な過去を、見て見ぬフリをした。
それが・・・・・・後悔に繋がるとも知らずに・・・・・・
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