死が二人を分かつまで

KAI

文字の大きさ
上 下
67 / 300
”記憶に残る一日篇”

【宇嶋の計らい】

しおりを挟む


「ちと頼みがあるのじゃ」


「頼み?」


「うむ。知っての通りワシの『』も大きくなり、門下生も増えた。警視庁にも指導に行っておる・・・・・・が、この老体には厳しくなってきての」


「何を仰いますやら・・・・・・まだまだ現役でしょう?」


「世辞を言うでない。せめてこの本部道場の稽古くらい教えたいのじゃが、指導員が足らなくてのぉ・・・・・・お主、やってみないか?」


「・・・・・・ほう」


「無論、タダでというワケじゃない・・・・・・日給でどうじゃ? 週一日



 なんという好条件に好待遇・・・・・・



 だが、芥川は笑い出した。



「クックック・・・・・・先生ぃ・・・・・・わざわざ上手い話しを作らずとも、経済的な援助をしたいというのならそう言ってくれればいいのに・・・・・・」


「・・・・・・人生ロスタイムのお主が野垂れ死ぬのは別に構わん。しかし、前途ある少女の生活がかかっているのであれば、話しは変わってくる」


「・・・・・・」


「不自由させたくないんじゃろう? 幸せにしたいんじゃろう?」


「・・・・・・はい」


「ならば、せめて金を稼がんかい甲斐性無し。いくら愛情があっても一文無しじゃ、冷や飯を食わせることになるぞ?」


「・・・・・・それはそうなんですが・・・・・・」


「ま、武術バカのお主のことじゃ。片時も『武』から離れたくないとか思っているのじゃろう? だったら、ここで教えればいい。教えるということは、自分の復習にもなることじゃ」



 超難関大学を出た芸能人が言った言葉だ。



『教えることで、自分の理解度も高まる』



 より上を目指すのであれば、育成する側になる。



 一分の隙もなく、理解し噛み砕いて伝達する。



 これにより、人間の脳は一層『』ことができる。



「・・・・・・受けます」


「おや・・・・・・もっと悩むかと思ったが」


「武を教えてさらにお金も貰える・・・・・・私にとってこれ以上ない条件です」


「本心は?」


「・・・・・・実はもう口座に八二円しかなくて・・・・・・財布に入っている諭吉さんが最後の頼みの綱なんです・・・・・・ハハハ」


「・・・・・・本当にお主という男は『武』がなければまるでダメな男じゃのぉ」


「面目ないです」



 とーーーー



「しかしな、指導員になるからにはが必要じゃ。それに合格してもらわなければいけない」


「てすと・・・・・・とは?」


「なぁ~に・・・・・・簡単じゃ!!」



 シュバッッ!!



 ビシッ!



 今まで好々爺だった宇嶋が、何かを放った。



 側にいたお付きの弟子が、後日こう語っている。



「いえね? そりゃあ漫画とかでよくあるパターンだと思いましたよ。ほら、投げたチリ紙をキャッチできるのか・・・・・・とか」



 でも・・・・・・



「大先生のあんなに速い動きを見たのも初めてでしたし・・・・・・なにより、客人の芥川さんが見事にキャッチをしたのも凄いなぁ・・・・・・って思ってました・・・・・・あの人の手を見るまでは」



 芥川が指で挟んでいる物ーーーー



 それは鋭い鋼製の、棒手裏剣だった・・・・・・



 尖端が、眼球の水晶体の寸前で止まっているが、芥川は瞬きもしていない。



「見事じゃ・・・・・・」


「まったく・・・・・・お人が悪い・・・・・・」


「義眼の方を狙ったんじゃから気を遣った方じゃよ・・・・・・カッカッカ!」


「ククク・・・・・・お返しします」



 芥川が手裏剣をビシッと指で弾き、宇嶋向けて発射した。



「よっと!」



 宇嶋は指一本で受け流したかと思うと、それを指の上でくるくる回す芸当を魅せた。



「カッカッカ! どうじゃ?」


「流石です」



 異次元の技比べに、付き人の弟子は固唾を飲んで見守るしかできなかった。



「合格じゃ」



 手裏剣を懐へ隠すと、宇嶋は茶を飲みながら言った。



「ありがとうございます」


「そうじゃのぉ・・・・・・まずは少年部の指導からお願いしてもよいか?」



 宇嶋はニッコリとした。



 まるで全ての罪を許すキリストのごとき、慈愛に満ちた笑みだった。



「子供はすごい・・・・・・真綿のように、教えたことをするすると飲み込み上達していくぞ」


「私も、子供たちから何か学べそうですね」


「その通りじゃ。それに・・・・・・やはり子供たちは可愛らしいからの♪」


「フフフ・・・・・・」


「稽古なんてやめにして、一緒におやつでも食べていたいくらいじゃ」


「子供たちに、立派な『武』を教えてみせます」


「疑ったりなどしておらん。事情があったらそちらを優先してもらって構わん。まあ気楽に副業じゃと思ってやってくれ」


「はい。承知しました」



 芥川が深く礼をした・・・・・・



「ん?」


「はい?」



 宇嶋が鼻を鳴らしている。



「血?」


「あ~ハハハ・・・・・・バレましたか」



 作務衣を解き、脇腹を見せた。



 丹波に刺された傷が生々しく残っている。



「おや・・・・・・そんな状態で呼び出してしもうて悪かった」


「いえいえ。かすり傷です」


「なら、もう堅い話しはやめじゃ! あぐらをかいてラクにせい。そして、老人の話し相手にでもなってくれ」


「では、お言葉に甘えて」



 こうして、アラフィフ一歩手前でようやくまともな職に出会った芥川は、宇嶋の計らいで気兼ねのないゆったりとした午後の時間を過ごすことができたのであった。



しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

メトロポリス社へようこそ! ~「役立たずだ」とクビにされたおっさんの就職先は大企業の宇宙船を守る護衛官でした~

アンジェロ岩井
SF
「えっ、クビですか?」 中企業アナハイニム社の事務課に勤める大津修也(おおつしゅうや)は会社の都合によってクビを切られてしまう。 ろくなスキルも身に付けていない修也にとって再転職は絶望的だと思われたが、大企業『メトロポリス』からの使者が現れた。 『メトロポリス』からの使者によれば自身の商品を宇宙の植民星に運ぶ際に宇宙生物に襲われるという事態が幾度も発生しており、そのための護衛役として会社の顧問役である人工頭脳『マリア』が護衛役を務める適任者として選び出したのだという。 宇宙生物との戦いに用いるロトワングというパワードスーツには適性があり、その適性が見出されたのが大津修也だ。 大津にとっては他に就職の選択肢がなかったので『メトロポリス』からの選択肢を受けざるを得なかった。 『メトロポリス』の宇宙船に乗り込み、宇宙生物との戦いに明け暮れる中で、彼は護衛アンドロイドであるシュウジとサヤカと共に過ごし、絆を育んでいくうちに地球上にてアンドロイドが使用人としての扱いしか受けていないことを思い出す。 修也は戦いの中でアンドロイドと人間が対等な関係を築き、共存を行うことができればいいと考えたが、『メトロポリス』では修也とは対照的に人類との共存ではなく支配という名目で動き出そうとしていた。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...