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”記憶に残る一日篇”
【宇嶋の計らい】
しおりを挟む「ちと頼みがあるのじゃ」
「頼み?」
「うむ。知っての通りワシの『身守りの会』も大きくなり、門下生も増えた。警視庁にも指導に行っておる・・・・・・が、この老体には厳しくなってきての」
「何を仰いますやら・・・・・・まだまだ現役でしょう?」
「世辞を言うでない。せめてこの本部道場の稽古くらい教えたいのじゃが、指導員が足らなくてのぉ・・・・・・お主、やってみないか?」
「・・・・・・ほう」
「無論、タダでというワケじゃない・・・・・・日給三万円でどうじゃ? 週三回一日二時間」
なんという好条件に好待遇・・・・・・
だが、芥川は笑い出した。
「クックック・・・・・・先生ぃ・・・・・・わざわざ上手い話しを作らずとも、経済的な援助をしたいというのならそう言ってくれればいいのに・・・・・・」
「・・・・・・人生ロスタイムのお主が野垂れ死ぬのは別に構わん。しかし、前途ある少女の生活がかかっているのであれば、話しは変わってくる」
「・・・・・・」
「不自由させたくないんじゃろう? 幸せにしたいんじゃろう?」
「・・・・・・はい」
「ならば、せめて金を稼がんかい甲斐性無し。いくら愛情があっても一文無しじゃ、冷や飯を食わせることになるぞ?」
「・・・・・・それはそうなんですが・・・・・・」
「ま、武術バカのお主のことじゃ。片時も『武』から離れたくないとか思っているのじゃろう? だったら、ここで教えればいい。教えるということは、自分の復習にもなることじゃ」
超難関大学を出た芸能人が言った言葉だ。
『教えることで、自分の理解度も高まる』
より上を目指すのであれば、育成する側になる。
一分の隙もなく、理解し噛み砕いて伝達する。
これにより、人間の脳は一層『知る』ことができる。
「・・・・・・受けます」
「おや・・・・・・もっと悩むかと思ったが」
「武を教えてさらにお金も貰える・・・・・・私にとってこれ以上ない条件です」
「本心は?」
「・・・・・・実はもう口座に八二円しかなくて・・・・・・財布に入っている諭吉さんが最後の頼みの綱なんです・・・・・・ハハハ」
「・・・・・・本当にお主という男は『武』がなければまるでダメな男じゃのぉ」
「面目ないです」
とーーーー
「しかしな、指導員になるからにはテストが必要じゃ。それに合格してもらわなければいけない」
「てすと・・・・・・とは?」
「なぁ~に・・・・・・簡単じゃ!!」
シュバッッ!!
ビシッ!
今まで好々爺だった宇嶋が、何かを放った。
側にいたお付きの弟子が、後日こう語っている。
「いえね? そりゃあ漫画とかでよくあるパターンだと思いましたよ。ほら、投げたチリ紙をキャッチできるのか・・・・・・とか」
でも・・・・・・
「大先生のあんなに速い動きを見たのも初めてでしたし・・・・・・なにより、客人の芥川さんが見事にキャッチをしたのも凄いなぁ・・・・・・って思ってました・・・・・・あの人の手を見るまでは」
芥川が指で挟んでいる物ーーーー
それは鋭い鋼製の、棒手裏剣だった・・・・・・
尖端が、眼球の水晶体の寸前で止まっているが、芥川は瞬きもしていない。
「見事じゃ・・・・・・」
「まったく・・・・・・お人が悪い・・・・・・」
「義眼の方を狙ったんじゃから気を遣った方じゃよ・・・・・・カッカッカ!」
「ククク・・・・・・お返しします」
芥川が手裏剣をビシッと指で弾き、宇嶋向けて発射した。
「よっと!」
宇嶋は指一本で受け流したかと思うと、それを指の上でくるくる回す芸当を魅せた。
「カッカッカ! どうじゃ?」
「流石です」
異次元の技比べに、付き人の弟子は固唾を飲んで見守るしかできなかった。
「合格じゃ」
手裏剣を懐へ隠すと、宇嶋は茶を飲みながら言った。
「ありがとうございます」
「そうじゃのぉ・・・・・・まずは少年部の指導からお願いしてもよいか?」
宇嶋はニッコリとした。
まるで全ての罪を許すキリストのごとき、慈愛に満ちた笑みだった。
「子供はすごい・・・・・・真綿のように、教えたことをするすると飲み込み上達していくぞ」
「私も、子供たちから何か学べそうですね」
「その通りじゃ。それに・・・・・・やはり子供たちは可愛らしいからの♪」
「フフフ・・・・・・」
「稽古なんてやめにして、一緒におやつでも食べていたいくらいじゃ」
「子供たちに、立派な『武』を教えてみせます」
「疑ったりなどしておらん。事情があったらそちらを優先してもらって構わん。まあ気楽に副業じゃと思ってやってくれ」
「はい。承知しました」
芥川が深く礼をした・・・・・・
「ん?」
「はい?」
宇嶋が鼻を鳴らしている。
「血?」
「あ~ハハハ・・・・・・バレましたか」
作務衣を解き、脇腹を見せた。
丹波に刺された傷が生々しく残っている。
「おや・・・・・・そんな状態で呼び出してしもうて悪かった」
「いえいえ。かすり傷です」
「なら、もう堅い話しはやめじゃ! あぐらをかいてラクにせい。そして、老人の話し相手にでもなってくれ」
「では、お言葉に甘えて」
こうして、アラフィフ一歩手前でようやくまともな職に出会った芥川は、宇嶋の計らいで気兼ねのないゆったりとした午後の時間を過ごすことができたのであった。
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