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”記憶に残る一日篇”
【宇嶋大先生と身守りの会】
しおりを挟む東京都某所ーーーー
ビルばかりが目立つこの場所で、唯一、平屋の日本家屋のような道場がある。
芥川道場よりも大きく、そして古い。
戦前に建てられ、空襲を逃れた数少ない歴史ある建物なのだ。
『宇嶋流 身守りの会 本部道場』
門構えからして、威厳を感じる。
芥川は丹波に斬り裂かれた作務衣を着替えて、またもや作務衣に袖を通し、ココにやってきた。
ガララッッ・・・・・・
「お邪魔します」
引き戸を開けると、道場の両脇に生徒たちがずらりと並んでいる。
正座をして、ジッと集中しているのであった。
道場中央には、袴姿の男と上下ジャージを着た短い木刀を持った男が二人。
「ーーーーでありますので、このように武器を持った暴漢に襲われた際、注目すべきなのは相手の視線です。武器に目が行きがちですが、視線を外さないようにしましょう」
「「「はいっ!」」」
「上から振り下ろされるケースが最も多いかと思います。その場合、逃げるのではなく逆に相手の体に密着するように動き・・・・・・」
袴の男性がジャージに接着する。
そして、振り上げられている腕を触る。
握るのではない。
触るのである。
「力で無理矢理してはいけません。体の捌き方を思い出して下さい。腕をそのまま相手の背中にくっつける意識で・・・・・・」
ぐいっ!
バタン!
「「「おおっ!」」」
倒れたジャージ男の腕を、手首・肩の順番で抑えて、極める。
「これで無力化できます」
パチパチ!!
パチパチ!!
「では、二人ひと組でやってみてください。初心者の方は、ゆっくりでいいので形を正確に」
「「「はい!」」」
稽古が始まった。
今までのは演武・・・・・・想定した動きをやる約束組手。
一見実践的ではないが・・・・・・甘く見てるとえらい目に遭う。
さて、ここまで来たのは見学のためではない。
「もし・・・・・・」
「ああ、芥川さん!」
先ほど演武を見せた袴の男性が、礼儀正しく頭を下げて出迎える。
「ようこそおいで下さいました」
「いいえ、こちらこそ演武中にお邪魔してしまいまして」
「大先生は応接間にご案内するように、と仰っておりました。ささ、どうぞ」
案内されるまま、道場を横切り、奥のドアから応接間に通された。
応接間は茶室になっており、畳に囲炉裏・・・・・・日光が差し込んでくる障子・・・・・・嗚呼、やはり日本家屋はイイ。
心が落ち着く。
芥川は背筋を伸ばして待っていた。
生徒たちがいそいそとお茶の準備をしている最中も、シュンシュンとお湯が沸いている間も、決して視線は逸らさない。
掛け軸がひとつ、かけてあった。
『護 身』
その見事な筆文字から、目が離せない。
「見事じゃろ?」
芥川はニヤリと笑い、声のする方向へ体を正面にした。
「お元気そうでなによりです。宇嶋先生」
キィ・・・・・・
キィ・・・・・・
弟子に車椅子を押してもらっている、老人がいたーーーー
頭髪はほとんど残っておらず、蓄えたアゴヒゲは仙人のように真っ白。
着物からわずかに確認できる手足は痩せ細り、シワが深く、血管が浮き出ている。
顔もシワだらけだが、目だけは違った。
爛々と輝き、目だけで好々爺だと思わせてくれる。
「気遣いは感謝するが、余計なお世話じゃよ芥川」
「それは失礼しました」
車椅子から下りるときも、弟子が脇を抱えて、座布団に座らせた。
座布団が・・・・・・大きく感じる。
要するに、この老人がそれほど小さいのだった。
身長は一六〇センチもない。体重に至っては四〇キロほど・・・・・・?
座布団にあぐらをかくと、さらに小さく見える。ちょこんと、まるで燭台の上に置かれた細いろうそくのよう。しかも、火なんてつけてしまったら、一瞬で燃え尽きてしまいそうなほどに頼りない。
が・・・・・・その印象をがらりと変えてしまうほどの実力を持っている。
「いささか・・・・・・痩せましたか?」
「ふふ・・・・・・脱力に最近は凝っていての。体重を落として軽くなれば、近道できるかと思いついたんじゃ」
「先生らしい・・・・・・」
「カッカッカ! わざわざ遠回りするほど寿命も残ってないのでな! カッカッカ!」
宇嶋 太郎・・・・・・達人。八八歳・・・・・・今言えるのはこのくらいだ。
「それで・・・・・・私をお呼びになったのは、どのような?」
「うむ・・・・・・」
「怒られるのかと、ヒヤヒヤしております」
「怒こりゃせんが、お主・・・・・・山崎から聞いたが少女を養っておるそうな?」
「はい・・・・・・運命の出逢いでして」
「うるさく聞き出すつもりは毛頭ない。じゃが・・・・・・銭勘定はどうなっとる?」
「うっ・・・・・・」
芥川は急に汗をかき始め、目を逸らした。
「まあ・・・・・・なんとかやりくりして・・・・・・」
「長生きしているとな、ウソを見破ることなぞ造作もない」
「・・・・・・はい。正直、キツいです」
「まったく考え無しじゃの」
「はい・・・・・・」
「そもそも四四歳にもなって、定職にも就かず・・・・・・おっと、年寄りの悪い癖が出るところじゃった」
「いえ、事実なので・・・・・・」
「嫌みを言うために来てもらったのではない・・・・・・お主にな、ちと頼みがあるんじゃ」
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